第一歩
辛く長い訓練を終えた新人騎士たちが、王宮の庭に勢揃いしている。今日、国王陛下にお言葉を賜り、騎士としての第一歩を踏みだすのだ。その中に、緑色の制服を着た女性騎士の私もいる。
「おい、平民のチビ!早く並べ!」
そう叫んだのは騎士学校の同期でどこだかの伯爵家の三男、アルト。金髪碧眼、体格も良く、赤い制服が良く似合う。最初は「いかにも騎士らしくてかっこいいな」と思っていたのだが、これが何ともいけ好かない。とにかく訓練中から「チビには無理だろう」だの「女だからって甘えるな」だの「平民は貴族の三倍努力して一人前」だのと散々私に罵声を浴びせてきた男だ。まあ、その度に負けん気を出して訓練で良い成績を出してやったのだけど。
徒弟制度みたいな騎士の養成システムなんて、今は昔。現在ではほとんどの騎士が、騎士学校の卒業生だ。学校では貴族も平民も一緒に剣術、棒術、馬術、水泳などの授業を受ける。何年か前、この騎士学校は女性にも開かれるようになり、今では女性騎士も増えてきた。けれど平民出身の女性騎士はまだ珍しく、最初のうちは同期たちから物珍しそうな目で見られたものだ。だからこの二年間、「所詮平民、所詮女」と言われないよう、私は人一倍の努力を重ねてきた。
アルトを睨んで「私にはマーガレットという名前があるのよ、アルト」と言うと、「似合わない名だ」と返される。騎士だもの、可憐な花の名は確かに似合わない。「うるさいわね、ほっといて」と言いつつも、その点はアルトに同意するしかない。背伸びして身長の下限を何とか突破した小柄な私だけれど、訓練のおかげで体には筋肉がきっちりついていて、女性らしいとは言い難い。
「相変わらず仲がいいわね」と声をかけてきたのは宿舎でルームメイトだったロベリア。圧倒的に数が少ない女子生徒同士、喜びも悩みも共有してきた。彼女は弓術が得意で、成績優秀者として表彰されたほどだ。よく私の弓術の自主練習に付き合ってくれて、弓がド下手な私は彼女のおかげで及第したと言っても過言ではないので、足を向けて寝られない。ちなみに私は剣術、アルトはほとんど全ての科目で表彰されている。「やめてよ、ロベリア」と言うと、アルトも同意した。
「あら、アルトはメグのことをいちいち気にかけてるんだもの。メグだっていちいち反応して。どう見たって仲良いでしょ?」と笑う。メグというのは、私、マーガレットの愛称だ。彼女は綺麗な青い髪をさらりと手で流しながら、紺色の制服の騎士たちが並ぶ諜報部の列に加わった。
「じゃあな、ピンクの髪のチビ」と、アルトは近衛隊の列へ向かう。百人ほどいる同期の中で、近衛隊に配属されたのは二人だけ。新人で近衛なんて、成績優秀でしかもコネもないと難しい狭き門。こちらをみて得意げな表情をするアルトを睨みながら、私は配属先の王都治安部隊で目覚ましい手柄をあげてやると決意を新たにした。
新人騎士たちはそれぞれの配属先…近衛隊、陸軍、諜報部、王都や主要都市の治安部隊に分かれて整列する。しばらくすると、国王陛下がお出ましになった。長い訓練に耐えたことにお褒めの言葉をくださり、そして、これからも陛下と国と国民に忠誠を尽くすことを求めると述べられた。お声には威厳があり、自然と背筋が伸びる。お言葉を聞きながら、本当に騎士になったのだと実感する。
幼い頃から、ずっと騎士に憧れてきた。絵本に出てくる騎士を見て「かっこいいなぁ」と思ったのが始まりだったか。まだそのころは騎士になりたいとまでは思わなかったけれど、学校帰りに身代金目的で誘拐されそうになったところを治安部隊の皆さんに助けてもらい、あまりのかっこよさと優しさに、自分も騎士になると決意したのだった。
ここロミテイ王国内でも有数の貿易商である父、そしてその跡を継ぐべく修行中の兄と弟、もちろん母も、私が騎士になることには猛反対した。豪商の娘としての何不自由ない暮らしを捨てて、男社会の、汗臭い、命の危険をも伴う仕事に就きたいという私が理解できなかったのだ。
「メグ、騎士になるのは諦めておくれ。お前は背も低いし、幼いころは身体も弱かった」
「でも、水泳を習ったりお兄様と家で剣術の稽古をしたりして身体は強くなりました。騎士になりたい一心で」
「それはそうだが…このまま家にいれば、何不自由ない暮らしができる。結婚だって、裕福な商家の跡取りから打診がいくらでも」
「結婚してのんびり暮らすなんて興味ありません。そんなことよりも私は人助けできる仕事がしたいんです」
「メグ、お願いだから。もし本当にメグが騎士になったら、心配で心配で、夜もおちおち寝られないよ」
結局私は、隣の家に住む幼馴染に頼んでこっそり騎士学校の願書を手に入れ、内緒で受験して首尾よく合格し、あまりの熱意に家族が折れるかたちで学校に通い始めたのだった。そして二年間、厳しい訓練、制限時間内に急いで摂る食事、入浴も洗濯も着替えも自分一人でやり、宿舎の中の異常に少ない女性用トイレに苦しめられる学校生活に耐えてきた。
国王陛下のお言葉が終わり、王都治安部隊の詰所へ移動して、上司や先輩たちと顔を合わせる。私に騎士学校の願書を届けてくれた幼馴染・リロイも、三年前に学校を卒業して、王都治安部隊の隊員になっている。
王都治安部隊は、王都で起きた犯罪の捜査や犯罪抑止を担う。隊長は幼い私を誘拐から救ってくれたヘクトル様。まだ治安部隊にいたとは驚きだ。リロイによると、一旦近衛隊に異動したけれど、国民により近いところで働きたいという本人の希望で、治安部隊に戻ってきたらしい。もちろんあの時より年はとっているけれど、優しそうな雰囲気は変わらない。怖がっている幼い私に優しく微笑んで安心させてくれた憧れの騎士。彼のもとで働けるなんて光栄だ。
点呼を受け、班にわかれる。私はリロイと同じ班に所属することになった。他にメンバーは三人。厳しそうな顔をした班長のネイト様は男爵。年齢は三十代半ばといったところ。女性の部下を持つのは初めてらしい。そしてがたいのいい、日焼けした人の良さそうな顔のロナルド様は三十歳そこそこくらいの伯爵家の次男。眼鏡をかけて細身で色白のリロイとは対照的だ。そして後方支援担当で長めの髪をひとつにまとめているシュミール様。リロイより少し年上くらいだろうか。異常にフレンドリーな男性だ。
「うちの班に可愛い子が入ってきてくれて嬉しいよ。ピンクの髪って珍しいし女の子っぽいね!これ地毛?そうなの?可愛い!もううちの班は男臭すぎて狂いそうだったから本当に嬉しい」といきなりハグされる。父が扱っている、決して安くはない舶来物の香水が鼻をくすぐる。規定通りの騎士の制服を着てはいるが、片耳にキラリとイヤリング、腕にはブレスレット。後方支援担当で現場にはあまり出ないから許されるのだろう。
「シュミール様、メグが固まってます」
「リロイ、新人ちゃんのことメグって呼んでるの?可愛い愛称だね!僕もメグって呼ぶね」
そう言ってもう一度シュミール様が私をハグした時、「シュミール、いいかげんにしろ」とネイト様が睨み、シュミール様はようやく離れた。ロナルド様が「ごめんな、新人さん」と代わりに謝ってくれるので、「いえ、平気です」と短く返す。今日から彼らが私の一番身近な仲間。命を預けあう存在となる。
「今は抱えている事件がないから、詰所で待機しながら訓練だ。出動要請があればすぐに現場に出るから、心の準備はしておけ」
「はい!」




