8話 叔母の家を訪ねる者
早馬で先に状況を知らせていたせいか、屋敷に着くとすぐに扉から叔母様が出てきた。私はバサリとヴェールを取って、心配そうに見つめる叔母様に駆け寄る。
「叔母様! 突然すみません。わたくし……」
「いいのよ。いずれこういう日が来ると思っていたの。いいえ! そうしなくてはいけないと、ずっと思ってたわ。だからあなたが王宮から出てきて嬉しいのよ。さあ、入ってちょうだい」
幼い頃に死んでしまった母の妹である叔母様は、私の背中を優しくさすり屋敷に招き入れてくれた。中に入ってみると胃に優しそうな温かい食事が用意してあり、すべてお見通しといったところだ。
「さあ、まずは腹ごしらえをしないと、何もできないわよ。今日はとりあえず食事をすませたら、ゆっくり体を休めなさい。これからのことは、明日決めましょう」
「叔母様……ありがとうございます」
久しぶりに会う叔母様からしてみれば、私のやつれた様子は一目瞭然なはずだ。それでも彼女は驚いた顔や心配な表情を見せず、とにかく体を休めろと勧めてくる。
(もしかしたら考えている以上に、私ってゲッソリしてるのかも……)
見慣れすぎていると当たり前になって、現状がわからなくなるものだ。それに料理をしっかり見たのも久しぶりかもしれない。今までは時間がなくて、とりあえず出されたものを体に流し込むだけの日々だった気がする。
目の前にはホコホコと湯気が立つ黄金色のスープに、柔らかい白パン。飲み込みやすいように小さく切ったチキンの横には、茹でた野菜がたっぷり添えてあった。その野菜には、私の好きなハーブが入ったソースがかかっている。
(このソース、匂いがきつくて残るから、王宮では禁止されてたのよね……)
でも誰も私の不満なんて気にしない。叔母様だけが、こうやって私の好物を用意してくれるのだ。改めて私の置かれていた環境を思うと、悲しくなってくる。
「明日もスカーレットが好きな食事を用意しますからね」
じっと見つめるだけでなかなか食べようとしない私の背中に、叔母様の温かい手が優しくふれる。
(そうだわ! これからの私はもう次期王妃ではない! 聖女でもない普通の令嬢になるんだから、人生を楽しまなきゃ!)
「……ありがとうございます! ではいただきますね!」
一口スープを飲むと、それが全身に行き渡るように温かさが広がってくる。
「美味しい……。すごく美味しいです。叔母様!」
「そう、良かったわ。おかわりもあるから、いっぱい食べて体調を整えましょうね」
「はい!」
叔母様の言うとおり、しっかり食べて体力を取り戻さなくちゃ。それが私が幸せになるため、そしてあの人たちを跪かせるために、大切なことなんだから!
私は全部平らげるどころか、おかわりまでして、久しぶりの食事を堪能した。その後も叔母に勧められるまま、ゆっくりとお風呂につからせてもらう。こんなに時間をかけてお風呂に入るのはいつぶりだろう。
薔薇の香りがする湯船で脚を伸ばし、ふうっと息を吐く。王宮で縮こまっていた自分を解き放つように、少し行儀悪く体を伸ばすと、湯船から出た自分のふくらはぎを見てギョッとしてしまった。
(な、なにこれ! 青あざがいっぱいできてる!)
驚いて湯船から立ち上がり確認すると、体のあちこちに青あざができていた。
(魔力の使いすぎだわ……。それに体重もかなり落ちてる。太ももは細すぎるし、脇腹なんて骨が浮いて見えてるじゃない……)
魔力を使いすぎると、ちょっとぶつけただけでも青い痕が残ってしまう。まだ魔力のコントロールができない子供の頃にはよくできていたけど、大人になってからは滅多にならなかった。
「体はこんなに悲鳴を上げてたのね……」
それなのに王宮では誰も助けてくれなかった。それどころかそんな私を利用し続けようとしていたんだ。落ち着いて考えれば考えるほど、王宮や教会の私の扱いは酷かったと気付かされる。
(本当に私も馬鹿だったわ! 自分を犠牲にしすぎよ!)
時には夜中まで妃教育の復習をした日もあった。教育係に厳しく言われ、泣いた夜も数え切れないほどあった。でもこれからは違う。自由の身なんだ。私は温かいベッドの中で、明日から仕掛ける復讐に思いを馳せながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
◇
(でも復讐……とはいっても、わりと無計画なのよね……まだ時間はあるにしても、逃げる場所はどうしようかしら?)
考えてもみなかった婚約破棄や妹の影になるという軟禁状態を突然聞かされて、とりあえず王宮から出てきたけれど、その先の策はぼんやりとしている。
「まずは教会に行かなくちゃね……」
朝食を終え部屋に戻って次の行動を考え込んでいると、コンコンと扉をノックする音が部屋に響いた。
「スカーレット、あなたにお客様が来ているわ。でもね、初めて聞くお名前でどうしたらいいかわからないの」
「え……? 私にお客様ですか?」
この叔母様の屋敷でお世話になると伝えたのは、あの場にいた者だけだ。それに叔母様が知らない名前なら、社交界の人じゃないということになる。もしかして教会の関係者が知ってここに来たのだろうか? すると叔母様は予想外の人物の名を口にした。
「それがね『シモン』だといえば、わかるとしか言わないのよ。身なりは立派だけど家名を言わないのが気になって……」
「シ、シモン様?」
「あら、やっぱり知ってる方だったの?」
「はい! 叔母様、すみません! お部屋に通してもらえますか?」
カリエント王国のシモン様。たしかに昨夜の話し合いの前までは一緒にいたけれど、なぜ私がここにいると知っているのかしら。私が叔母様にお願いし応接部屋に行くと、彼はすでに優雅な姿でお茶を飲んでいた。
「やあ! スカーレット! 昨夜は大変だったね!」
「シ、シモン様。どうしてこちらに?」
ここに来たということは、昨日の話し合いの結果を知っているということだ。ならば彼にとって、私に利用価値などない。未来の王太子妃でも王妃にもならない。聖女の地位も取り上げられ、幽霊のような存在になるのだ。
(それを知って、なぜここに?)
呆然と立ち尽くし、彼の真意を探ろうと見つめる。それなのにシモン様はそんな私の様子がおかしいらしい。プッと吹き出すと、私の方に近寄ってきた。
そのままポンと私の肩にふれると、顔が近づく。昨日のオーエン様と同じくらい近づいているのに、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「あはは! そんなの決まってるだろう? 君をカリエントの王妃にするためだよ」
「は、はあああ?」
シモン様の突拍子もないその言葉に、長年の王妃教育など吹っ飛び、私は大声を出して驚いていた。




