7話 妹との入れ替わり
「それには良い案があります。わたくしは本日から体調が悪いという理由で、ヴェールをかぶります。陛下はわたくしが痩せてしまい顔色が悪いのでそうしていると、社交界に広めてください」
「ほう、それでどうするのだ?」
「シャルロットが王宮で同じヴェールをかぶれば、周囲はわたくしだと思うでしょう。顔を隠して教会に行けば、計画も隠しやすくて好都合ですわ」
私のその返事に陛下は「ほう」と感嘆の声をあげ、満足そうに笑った。私が王族側についたと考えたのだろう。
「なるほど、こっそり入れ替わるということか」
「はい」
「やはり、スカーレットは聡明だな」
「ありがとうございます」
(急いで考えた案だけど、かえって良かったかも……。ツヤツヤな顔で教会に行ったらすぐに嘘だってわかっちゃうし)
「それならすぐに二人分のヴェールを用意させましょう」
お妃様が外で待つ侍女に指示を出し、私とシャルロット用のヴェールを持ってこさせる。魔力を含んだ私の黒髪が目立たないように、黒いヴェールだ。シャルロットが小声で「こんな不吉な色、嫌だわ」と呟いたが、無視してご機嫌を取ることにした。ここで彼女にぐずられたら面倒だもの。
「さあ、シャルロット。ヴェールをかぶってみましょう。あなたのその美しい髪が隠れてしまうのは残念だけど、王太子妃になるために必要なことよ。大丈夫。婚約発表の場では豪華に着飾れるわ」
にっこりほほ笑んでそう言うと、シャルロットは渋々ヴェールをかぶった。前の部分だけはレースになっているから、薄っすらと周囲の状況は見える。髪の毛は後ろでまとめれば大丈夫だろう。シャルロットも「意外と見えるわ」と言って不満はないようだ。
「ふむ。こうやって二人が並ぶとわからないものだな」
「そうですか? それなら良かったです」
「わたくしはお姉様とは違いますわ!」
私たちの姿が似ているという陛下の言葉が不愉快だったのか、妹のシャルロットが珍しく声を荒げた。父が宥めるように妹の肩にふれると、あわてて謝っている。しかしそのやり取りも陛下には面白く映っているらしい。ハハッと声を出し笑うと、顎をさすって私たちを見比べていた。
「顔を見ているとそうは思わなかったが、やはり姉妹だな。特に二人は声が似ている。なあ、オーエン。そう思わないか?」
「えっ! は、はあ……そう、かもしれません」
突然話をふられたオーエン様は、戸惑った顔で私たち姉妹を交互に見ている。王妃様も「たしかに似てるわね」と言っているけれど、シャルロットは「そうでしょうか?」と不満げだ。
(まあ、いいわ。これで私とシャルロットの入れ替わりが完了した。あとは教会にも手を打たなくちゃ……)
「では、陛下。わたくしは早速今晩から、叔母様の家で過ごしたいと思います」
「ああ、暗い夜道だ。気をつけて行くがいい」
国王夫妻に挨拶をし、一応他の三人にも言葉をかけて部屋を出ることにした。とはいっても父とシャルロットは婚約発表に着るドレスのことばかり話していて、私の挨拶など聞こうともしない。仕方がないのでオーエン様にも軽く挨拶をし、そのまま部屋を出て行った。
(よし! とりあえずうまくいったわ! 先に早馬を出して叔母様に連絡しなきゃ!)
まだ夜会は盛り上がっている最中だろう。人の出入りが始まらないうちに王宮を出ておきたい。私は無作法だけどほんの少しドレスを持ち上げ、早足で行こうとした。その時だった。
背後でカチャリと扉が開いた音がした。父が文句でも言いに来たのかと思って振り返ったが、意外にもそこにいたのはオーエン様だった。
「スカーレット!」
オーエン様は勢いよく私に近づき肩を乱暴につかむと、自分のほうを向かせた。薄暗いヴェールの中からでも、彼がニヤリと笑ったのがわかり、全身がぞわりと総毛立つ。
「オーエン様、どうし――」
「君が涙を流すほど、私のことを愛していたとは思わなかったよ」
「え……?」
一瞬なんのことかわからなかった。ぽかんと口を開け、さっきまでの会話を思い出してようやく気づいた。
(しまったわ。陛下への泣き落としのつもりだったけど、オーエン様からしてみれば私が彼に失恋したように見えたんだ)
その場しのぎの嘘だったのだけど、オーエン様が気にして追いかけてくるとは思わなかった。不本意だけど、しょうがない。私は話の流れに付き合うことにし、そっと下を向いた。
「……さきほどは取り乱してしまって、申し訳ございません」
(あれは抵抗しなかった未来の私が流す涙よ。二度とあなた達の前で泣くことはないわ……)
それにしても何を言いに、わざわざ追って来たのかしら。「残念だったな」とでも言いにきたのかと思ったけど、そういう雰囲気でもなさそうだわ。早く王宮を出たい私が、掴まれている肩を振り払うように身をよじる。すると急にオーエン様が私を自分の胸に引き寄せ、抱きしめてきた。
「あ、あの……オーエン様? 」
とっさに胸の前で腕を交差させ密着するのを防いだけど、オーエン様は私の体を逃さないように抱きしめている。そのままぐいぐいと壁に押し付けてくるので、逃げることができない。そして私の耳元に顔を寄せ、なにか囁いた。
「……やろう」
「え? 今、なんと?」
ぼそりと言ったその言葉の意味を探ろうとするけど、顔を動かすことすらできない。オーエン様の息が首筋にかかるほど近いのだ。私が少しでも動かせば、彼の顔と私の顔が触れ合ってしまう。
(こんなところ見られたら最悪だわ! 私が誘っただの言われるに決まってる!)
あわてて腕に力をこめ、オーエン様の胸を押し返す。すると彼は伸ばした私の腕をつかみ、壁に貼り付けにした。ジンジンと痛むほど手首をつかみ、オーエン様が私を見ている。そしてニヤリと笑うと、今度はハッキリと先ほど言った言葉を口にした。
「抱いてやろうと言っているのだ」
「……は?」
(今、なんて言ったの? 抱いて……?)
オーエン様の足が私の両足の間に入り込み、腰をピッタリと押し付けられる。もがこうと動くと彼も同時に腰を動かし、あまりの気持ち悪さに体が固まっていく。
「陛下は公にはできないが、君たち姉妹二人を娶れと言っているのだ。私も気が向いたら、君を抱いてやってもいい」
舌なめずりをするような音と、荒い息が耳の奥に響き頭がクラクラしてくる。目の前が真っ白で、わなわなと震える体を抑えることができない。
(息を、息をしなさい! スカーレット!)
今までこんなにも怒ったことはない。さっきの婚約破棄や妹の影として生きろと言われた時だって、呆れる気持ちのほうが強かったのだ。
(ううん。むしろそれらが今、全部積み重なった怒りなのかも。ここまで侮辱されるとは思わなかったわ……)
それでも今は我慢しなくては。頭に血がのぼったような怒りを抑え込むように深く息を吸うと、私は悲しげな声を出した。
「まあ……そんなこと言わないでくださいませ。シャルロットが泣いてしまいますわ。わたくしはオーエン様に、なにも望みません。望む立場ではありませんから」
ヴェールをかぶっていて良かった。あちらからは私の顔が見えない。ここまで言葉と顔の表情が違うことはないだろう。私はありったけの憎しみをこめてオーエン様を睨んでいる。しかしそれに気づかない彼は、フッと笑って私の体から離れた。
「ふん。謙虚なことだな。だが王宮の奥で男を知らずに一生を過ごすのは、かわいそうだ。俺が情けをかけてやるから、楽しみに待っているがいい」
そう言うと、オーエン様はシャルロットたちがいる部屋に戻っていった。私は彼の背中を見つめ、一礼をする。
(さようなら、オーエン様。私を怒らせた代償はきっちり払ってもらいますわ)
誓いのようなその言葉は、まだ彼には届かない。それでも必ずあなたを、いいえ、この国で私を利用した人たちを跪かせてみせるわ。
くるりと背を向け、王宮の長い廊下を歩いていく。途中で会う侍女たちは何事かとヴェールをかぶった私を見ているけど、説明する気にもならない。思い返せば侍女たちだって私のことを笑っていたのだ。
(ここに私を大切に思ってくれる味方なんていなかったんだわ……)
私は最後にカツンと大きく靴音を鳴らし、王宮から叔母の屋敷に向かう馬車に乗り込んだ。




