3話 どこまでも欲しがる妹
「あぁん。オーエン様……!」
「ああ……! シャルロット! すごく気持ちがいいよ……」
――こっちは、気持ちが悪いのですけど。
自分の婚約者が他の女性と浮気している声もそうだけど、身内である妹の嬌声も聞きたくはない。しかし二人はかなり体の関係が進んでいたようだ。
――もしかして子を作って、強引に結婚するつもりなのかしら?
隣にいるシモン様も同意見だったようだ。小さく「これは止めたほうがいいだろう」と言って、ドンドンドンと激しく扉をノックした。中からはシャルロットの叫び声と、殿下の驚く声が聞こえてくる。
きっと誰かが来てもごまかせるように、寝室にまでは入れていないのだろう。しかし中途半端に手前の部屋で始めたために、二人の声は丸聞こえだった。
「だ、誰だ! 人払いはしたはずだ! あっちへ行け!」
「私です。カリエントのシモンです」
「えっ! シモン殿下!」
カリエント国は我が国よりも大国だ。さすがにオーエン様もシモン様の訪問を、ないがしろにできないと判断したらしい。扉の奥でドタバタと騒がしい音がした後、殿下がそろそろと顔を出した。
「シモン殿下、いったいこんなところまで、どうしたのですか?」
乱れた髪に、作り笑顔。しかしそんな表情もシモン様の隣に立つ私を見て一変した。
「なんだ、スカーレット! もしかしておまえがシモン様をここにお連れしたのか? なぜ別の部屋でもてなさない? 本当におまえは口ばかりで無作法な――」
「いいえ、私がスカーレット様に強引にここに連れてきてもらったのです。いち早くあなたの許可が欲しくて」
「はっ? え? 私の許可ですか?」
シモン様に否定されるとは思わなかったのだろう。オーエン様はキョロキョロと私とシモン様を見比べては不思議そうな顔をしている。
「ええ。スカーレット様はあなたの婚約者ですよね。ならばダンスを申し込むのに、あなたの許可が必要だと思って、ここに来たのですが……。お邪魔してしまったようですね」
にっこりと微笑むシモン様は、先ほど私に見せていた少年っぽさが消えていた。優雅で上品。それでいて堂々とした男らしさ。年はさほど変わらないはずなのに、目の前のオーエン様と比べると大人の魅力にあふれていた。
「あ……いえ、あの、スカーレットはもう……」
「おや、そうですか。では、私が彼女をダンスに誘って今夜のパートナーにすることをお許しくださいますか?」
「は、はあ……」
シモン様の登場に頭が冷えたのかもしれない。もしくはさっきの宰相様の言葉が、今頃頭に浮かんだのか。いずれにせよオーエン様の言葉は歯切れが悪く、おどおどとしている。
「そうですか! ならばスカーレット様、今宵はあなたを独り占めさせてください」
少し芝居がかっているけど、きっとオーエン様は気づかないだろう。私は差し出された手に自分の手を重ねると、再びパーティー会場に戻ろうとした。その時だった。
「お待ちくださいませ! シモン様!」
強引に私とシモン様の間に割って入ってきた女性。それはやはり、妹のシャルロットだった。
「えっと、あなたは……?」
「わたくしは、こちらのスカーレット・モーガンの妹、シャルロットと申します」
その挨拶に私は心の中でガックリと肩を落とす。私の家も侯爵家でこの国では高位貴族ではあるけれど、シモン様は隣国の公爵家の貴族だ。(本当は王族だけど)
――自分よりも高位貴族に話しかけてはならないのに……
この場合、殿下からシモン様を紹介してもらうのを待つのがマナーだ。しかもシモン様とシャルロットは初対面なはず。それなのにこんな態度を取られて、さすがにオーエン殿下も青ざめていた。
「シャ、シャルロット! シモン様に気軽に話しかけてはならないよ。彼は――」
「ええ! さっき聞いたわ! シモン様はカリエント国の王子だったのですね!」
――そうだった。さっきオーエン様が「シモン殿下」と呼んでしまっていた!
きっと突然現れたシモン様に動揺していたのだろう。そしてそれを部屋の中でシャルロットが聞いていたのだ。そして。
――また欲しくなったのね。
妹の欲しがる条件が揃っている。私が彼女より良いものを、手にしようとするのが嫌なのだ。奪って自分のものにしたくなる。もちろんオーエン様もシモン様もものではないけれど、妹にしてみたら一緒だ。
しかも私より「もっと良いもの」がいいのだから、隣の大国カリエントの王子となればオーエン様から乗り換えたいと思うのは当然な流れなのだろう。そして自分は受け取って当然。相手も喜んで差し出すと思っている。
実際そうだったのだから、そう思うのもしょうがないのかもしれない。
――もしかしたら、それを狙ってシモン様はここに来たのかも。自分が王子だとわかれば妹がオーエン殿下から離れる。そうしたら私の婚約破棄がなくなると思って、手伝ってくれたのかしら?
ちらりとシャルロットを見ると、その作戦は上手くいきそうだった。シモン様の顔を見て、妹はぽうっと頬を赤く染めている。彼女のこんな顔は初めて見た。オーエン様と一緒の時は媚びるような顔だけど、今のシャルロットはシモン様に吸い寄せられるように見つめて目が離せないといった様子だ。
「シャルロット! これ以上シモン様に近づいては駄目だ! 無礼にあたる」
その違いを感じ取ったのだろう。あせったオーエン様は、さもマナーを教えているというフリをしながら、あわててシャルロットの手を引っ張った。しかし妹はその手をパシッとはねのける。
「オーエン様、わたくしはお姉様の妹です。婚約者の妹に優しくしてくださるのは嬉しいですが、節度をわきまえてくださらないと困ります!」
「な、なにを……!」
ハクハクと口を開け、オーエン様はなにが起こったのかわからないようだ。しかしそんな様子も気にせずシャルロットはシモン様の腕にふれ話しかけた。
「シモン様! お姉様のパートナーはオーエン様です。今宵のシモン様のお相手は、わたくしがいたしますわ」
にっこりと微笑み、自分の胸をシモン様の二の腕に押し付けている。きっとこれでオーエン様を落としたのだろう。自信満々の顔でうっとりとシモン様の顔を見上げると、「さ、行きましょう」と促している。
――これで二人は会場に戻るのかしら。でもこの後始末を私がするのは疲れるわ。オーエン様のお守りなんて嫌よ。
そんなことを考えてうんざりした瞬間、シモン様の聞いたことがないような冷たい声が静かな廊下に響いた。




