2話 隣国の王子シモン
「殿下、お待ちください! スカーレット様はモーガン侯爵家のご令嬢です。勝手に国外追放などしては大問題になります」
あわてふためきオーエン殿下を止めるのは、この国の宰相だった。今夜の夜会はオーエン殿下主催だったため、陛下と王妃様は顔を見せない。主催といっても私が指示を出し、準備したものなんですけど。
それすらも誰かがしているだろうと思ってなにも感じていないオーエン様は、割って入ってきた宰相をジロリと睨んでいる。
「宰相! なにを言う。スカーレットは私を愚弄したのだぞ!」
「い、いいえ……そのようなことは。それに婚約を破棄することは、殿下の一存では……」
コソコソと周囲に聞こえないよう配慮しているつもりらしいが、皆が聞き耳を立てている。だいたいこの夜会だって、未来の王太子夫妻である私たちの技量を試されている場なのだ。
――結局大恥をかいて大失敗でしたけど。本当にこの場をどうすればいいのか、私にもわかりませんわ。
するとそんな殺伐とした場に、殿下の名を呼ぶ甘ったるい声が響いた。妹のシャルロットだ。
「あのぅ、オーエン様。わたくし、もう疲れてしまいました。お部屋に戻りませんか?」
妹のその提案に私だけじゃなく、宰相もそして周囲の人も言葉を失っている。婚約者でもない、しかもその家族である未婚の女性が部屋に誘うなどあってはならないことだ。
――王宮では見逃されていたから、わからなくなっているのかしら? さすがにこれは注意しないと!
しかし私がシャルロットに近づこうとすると、先にオーエン殿下が妹をかばうように立ちはだかった。
「スカーレット! 今宵のおまえの愚行はシャルロットに免じて不問にする! とにかく婚約者はおまえではなく、シャルロットだ。さあ、愛しの姫。部屋に戻ろう」
「で、殿下! お待ちを! 今日の主催は殿下なのですぞ!」
「うるさい! 私はもう挨拶を終えた。あとは好きにすれば良いだろう」
オーエン様の頭には、もうシャルロットとの睦み合いしかないのだろう。宰相様のことを手で追い払う仕草をし、招待客に背を向け私室に戻ろうとしている。
――もうここまで見られたら、取り繕いようがないわ
諦めた私は招待客に向かって騒がせたことを謝罪し、宮廷楽団に演奏をお願いする。恥ずかしいことに殿下が最初に挨拶をしてすぐにあの様な騒ぎを起こしてしまったので、音楽も流れていなかった。
「宰相様、パートナーのいないわたくしがこの場にいたら、皆様楽しめないと思うのです。申し訳ないのですが、わたくしもお部屋に下がらせていただきます。なにかありましたら、すぐに動きますのでよろしいでしょうか?」
「ええ! それはもちろん!」
――きっと私が出ていったらすぐに噂が始まるわね。はあ……嫌な夜だわ。
それでもこのホールを去るまでは、令嬢らしくしておかねばならない。私は口元に微笑みを浮かべ、通り過ぎる人に軽い挨拶をして歩いていく。
そしてようやく誰もいない廊下に出た時だった。曲がり角から急に人が出てきて、私の体にぶつかった。
「シモン様!」
「おや! スカーレットじゃないか? 夜会はもう終わったか? 君の主催だからわざわざ苦手な夜会に出ようとしたのに、帰るなんてひどいぞ」
「わたくしの主催ではありませんわ。招待状は殿下の名で届いたでしょう?」
「あんなの貰った者はみんな知ってるよ。名ばかりの主催だって」
そうやって笑うのは、隣国カリエントからの客人であるシモン様だ。隣国の高位貴族として来ているが、実は彼も王族だ。カリエント国の第一王子、シモン様。
数ヶ月前からこの国に来たのだけど、精力的にいろんな場所を見ては学んでいた。そのように外を歩き回っているせいか、また騎士の訓練に参加しているからか。
彼はオーエン殿下とは違い、屈強でたくましい体型だ。王子だと知らなかったら、最初の印象は騎士団長だろう。男らしい体型がタキシードに張りを与え、きっと令嬢たちを虜にするはずだ。
日に焼けた肌に白い歯。そして艶やかな金色の髪が月の明かりでキラキラと光り、なんとも幻想的な雰囲気があった。
――異国の王子様という言葉がピッタリね。まあ、本当にそうなんだけど
「それで、泣きそうな顔をしているけど、どうしたんだい? もしかして婚約破棄でもされたかい?」
いつの間にか私も彼の姿に見惚れていたのかもしれない。突然のその言葉にいつもの令嬢の仮面が剥がれ、目を丸くして驚いてしまった。
「はは! どうしてわかったって顔だな! でも本当にあいつも馬鹿だな。こんなに可愛い顔をした婚約者をないがしろにするなんて」
「可愛くありませんわ……ボロボロです」
本当に恥ずかしいほどだ。妹だけではない。他の令嬢たちに比べても、明らかに見劣りする。こんな私が王妃だなんてそれこそ間違いなのかもしれない。
「一生懸命に頑張る姿を、可愛いと思うのは変か?」
「え……」
「そりゃあ、他の綺麗な令嬢に比べれば、スカーレットはボロボロかもしれないけど」
「なら言わないでくださいませ。自分でもわかっているのですから」
――少しは慰めてくださるのかと思ったら!
ふてくされてプイッと横を向くと、シモン様は豪快に笑って私の頭をポンとさわった。
「まだ話には続きがあるんだ。今の君はたしかにやつれてるよ? でも俺にとっては、それは頑張った証だ。俺の母親は何人も子供を産んでるが、出産した後はいつもそんな状態だった。でもな、その姿こそ俺は一番美しく感じたんだ。今の君も同じだ。頑張ったからそんな顔をしているんだろう?」
「シモン様……」
嘘でもいい。今の私には暗闇に光が見えたようで、その言葉にすがりたかった。
――彼の婚約者が羨ましいわ。こんな人となら一緒に頑張っていけるのに。
当然のことだけど、彼も王族でカリエント国には婚約者がいる。あまり話には出てこないけど、きっと美人で優しい人だろう。同じ王族の婚約者でも大違いだ。でもこれ以上深く考えるのはよしたほうがいいわね。どうせ、私がオーエン様と結婚するのは変わりないもの。
――だって私はこの国の聖女。
聖女は王族と結婚することが決まっている。王太子であるオーエン様の下に弟殿下はいるけれど、まだ八歳だ。今はああやってシャルロットに夢中になっているけれど、オーエン様が王太子の座を捨てるとは思えない。
お飾りの王妃として頑張るしかない未来を思うと苦しいけど、これもきっと私の人生なのだろう。はあ……と大きくため息をつくと、それを見たシモン様が私の頭をコツンと叩いた。
「また悩んでるな。一人で頑張りすぎだ」
「……そうかもしれません」
「だから一人で悩んで解決しようとしなくていい。今回のことは、俺からも殿下に話してみよう」
「……いいのですか?」
男同士で同じ王族だからこそ、理解し合えるかもしれない。私から言ってもきっと煙たがられておしまいね。私は素直にシモン様の助けに乗り、二人でオーエン様の私室に向かった。
しかしそんな私の考えは、甘かったみたいだ。殿下の部屋からは、妹の甘い嬌声が聞こえ、私たちは頭を抱えるしかなかった。




