1話 馬鹿げた婚約破棄
「シャルロット、君は本当にスカーレットと違って美しいな。それにこの豊満な体……」
「あん……。オーエン様、人が来てしまいますわ」
人が来てるどころじゃありませんわ、オーエン様。あなたの婚約者であるわたくしが、しっかりと浮気現場を見ております。しかし二人はそんなことに気づくわけもなく、熱い口づけをし、殿下の手は妹のシャルロットの胸を揉みしだいている。
「はあ……これ以上は駄目かい?」
「だってぇ、オーエン様にはお姉様がいらっしゃるのですよ。もしわたくしとの関係が噂になったら、オーエン様にご迷惑がかかってしまいます。そんなことシャルロットは耐えられません!」
「ああ……シャルロット。本当に君は私のことを愛してくれているのだな。スカーレットとは正反対だ。彼女はいつも国のことばかりで私を支えようとする気持ちがない。なぜ君が私の婚約者じゃないのか!」
「オーエン様! わたくしもなぜお姉様があなたを大切にしないのか悲しいのです……!」
「ああ! シャルロット!」
二人はまた人目もはばからず、熱い口づけを再開する。
――オーエン様は馬鹿なのだろうか? 王宮の中とはいえ、こんな騎士や侍女が見守っている東屋で婚約者の妹と熱い抱擁をするなんて。
きっとお喋りな侍女あたりが、今日のことを噂するだろう。明日には王宮中の噂になり、あさってには貴族のお茶会の良い話題だ。
妹がわかっていないわけがない。あの子は昔からそうだった。
「お父様! なぜお姉様だけにドレスを作るのですか? わたくしにも作ってください!」
――それはわたくしのデビュタントだからよ
しかし父は妹に私以上に多く、新しいドレスを与えた。
「お父様! なぜお姉様だけ侍女が多いのですか? わたくしにはお世話する価値がないと言うのですか?」
――それはわたくしが聖女の力を認定され、教会の方がついているだけよ
それでもやっぱり父は、私以上に多くの侍女を用意した。そのせいでやることがない侍女が仕事もなく、ただ妹にはべるだけになって滑稽だ。
何度言っても二言目には「ずるい」「ひどいわ」「わたくしにも、ください」と、そればかり。いい加減聞き飽きた私は、シャルロットに甘い父に意見するのも止めた。
そして今妹が一番欲しいものが、「王太子オーエン様」なのだろう。
――違うわね。王太子妃、そして王妃になりたいのだわ
しかしそんなこと、侯爵の父に頼んでも今さらできるわけがない。わたくしは十歳の時に、国を守る魔力を持った聖女に選ばれた。そのうえその頃から厳しい王妃教育が始まり、七年後の今ようやく終わろうとしているのだ。
王妃としてのマナーからこの国の歴史。複数の外国語。あらゆることを詰め込まれ、今ここに立っている。
――いつも疲れ果てて、誰かに笑顔を見せる余裕なんてないのに……
それでも今はまだ殿下も十七歳。妹のような豊満で妖艶な体に夢中になっているだけだろう。しばらくしたら、彼も国を背負う者として正気に戻るはず。
そう思っていたのだけど、どうやら違ったみたい。
「スカーレット! 君との婚約は解消する! 私を真に愛し、支えてくれる国母となるのは、君の妹のシャルロットがふさわしい!」
「お姉様、ごめんなさい。わたくし、お姉様が殿下に淋しい思いをさせているのに耐えられなかったの」
よりによって二人は、大勢の貴族が集まる夜会で婚約破棄の宣言をしたのだった。
「なにをおっしゃっているのですか? 王族との婚約は、一人の意見では破棄できませんわ」
「まだそんなことを言っているのか! いいか? 君が私をないがしろにし、侮辱したのだ! これは王家への反逆罪と言ってもいい!」
「なにを馬鹿げたことを! わたくしは殿下を侮辱したことはありません! それどころかあなたの役に立とうと、王妃教育や聖女としての務めを――」
「ああ! またそれか! なにかと言えば『殿下のため』『聖女として』だ。君はそれしか言えないのか?」
吐き捨てるようにそう言うと、殿下は妹の肩を抱いた。すぐさまシャルロットに極上の笑みを向け、私のほうを振り返る。
「本来なら君を国外追放にしたっていいんだ。だがな、君の妹のシャルロットがそれだけは止めてくれというから、許してやったのだ。そんな妹の優しさもわからず、恥ずかしくないのか!」
殿下の隣にいるシャルロットの今日の装いは、可憐な令嬢といった様子だ。胸の谷間がはっきり見えるいつものドレスは封印し、いかにも清楚で殿下に守ってもらって当然という顔をしている。
そんなシャルロットは肌ツヤも良く、金色の巻き髪がまばゆいほどに光り輝いている。胸元に光る宝石は、殿下が贈ったか、はたまた父親か。私が見たことないほどの大きさで、これまた当たり前のように身に着けていた。
反対に私はドレスや髪型だけは綺麗に整えられているけれど、詰め込みの王妃教育で今日も寝不足だ。化粧で隠しても目立つ、目の下のクマ。国の結界に連日魔力を吸い取られているので、肌もボロボロ、髪の毛もバサバサだ。
もちろんあんな大きな宝石など持っていない。母の形見のガーネットだけが胸元に光っていた。
しかも私の髪の毛は、魔力のせいで真っ黒だ。もともとシャルロットとは母親が違う。体の弱かった母は、私を産んですぐに死んでしまった。母は綺麗なプラチナブロンドだったらしいけど、私の髪は生まれつき魔力を吸って黒くなっているらしい。
――ああ、そうそう。殿下は私のこの髪が大嫌いでしたよね。この国で不吉だと言われている黒鳥とそっくりで、気味が悪いと妹と笑っておりました。
今も妹は笑わないように必死でこらえている。隣にいる殿下は気づかないようだけど。それでもこの場を収めるには、話をするしかない。私は悔しい思いを必死に取り繕い、殿下に問いかけた。
「では、国の結界はどうするのですか? わたくしを国外追放したらこの国は――」
「フン! 本当におまえは傲慢な女だ! 自分がこの国を支えている、自分なしではこの国は終わりだと思っているのだろう」
――そこまで言うつもりはないけれど。そう教えてきたのは、他でもない王家じゃないの。結界が無くなると魔獣たちが入ってきて大変なことになると教えたのは、王家の教育係なのですが?
殿下は妹と遊び呆けて、そんなことも忘れてしまったのかしら? そんな事を考えていると、殿下にも伝わってしまったようだ。憎しみをこめた瞳にカッと怒りの炎が灯り、私にシャンパンをかけた。
「その目だ! その目が気に食わないのだ! いつも私を馬鹿にして侮辱する! もうおまえの話は聞きたくない! 衛兵! この者をすぐに捕らえ、国外に追放しろ!」
この言葉にさすがに周囲も戸惑い、今までクスクスと笑って見ていた貴族たちも、いっせいにあわて始めた。




