4話 シャルロットの妊娠
「無礼者! 手を離せ! 私がカリエントの王族と知ってなお、その態度はなんなのだ!」
「きゃあ!」
突然のシモン様の叱責に、シャルロットは腰を抜かし床に座り込む。彼女にとってこんな怒られ方は生まれて初めてだ。父親からも甘やかされてきたのだ。わけがわからないと言った様子でカタカタと震えている。
「シモン様、私の妹が申し訳ございません」
私は妹とシモン様の間に入り、頭を下げ謝罪する。
もっと早くに妹を止めるべきだった。何かの作戦だろうかと見守ってしまった自分が恥ずかしい。しかしシモン様は頭を下げる私の手を取り、自分の胸に引き寄せた。
「すまない。大きな声を出したので驚かせてしまったね。スカーレット様、許してくれるだろうか?」
「えっ……? そ、それはもちろんです。許すもなにもないですわ」
――いったいこれは? 作戦よね?
今の私はふんわりと包みこまれるように、シモン様に抱きしめられている。よくわからないけど、突き飛ばすわけにもいかない。許すと伝え、されるがままでいると、彼はにっこり笑って体を離した。
「では、スカーレット様。行きましょう」
シモン様が再び私をエスコートしようと手を差し出した。すると今度は、黙って見ていたオーエン様が声を荒げた。
「待ってください! まだスカーレットは私の婚約者です。勝手に連れ出されては困ります」
悔し紛れの言葉なのだろうか。あまりにも身勝手なその言葉に、私は呆れ返ってオーエン様を見つめる。
「そうだろう? スカーレット」
「それはそうですが……」
ニヤリと笑うオーエン様は、ただ私がシモン様に救われるのが嫌なだけだ。そう考えるとシャルロットとオーエン様は似た二人なのだろう。二人とも私の幸せよりも、自分なのだ。
――どうしたらいいかしら。ここでオーエン様の言葉に従えば婚約破棄はなかったことになりそうだけど、でもそこまでして王妃になりたいわけじゃない。かといって、王妃でもないのに聖女としてこき使われ、妹に頭を下げて生きるのも嫌だわ……
そんな押し黙った私に救いの手を差し出してくれたのは、またしてもシモン様だった。
「オーエン様、しかしあなたは先ほど彼女に婚約破棄を伝えたのでしょう。それにあなた達の睦言の声が廊下にまで聞こえていましたよ。それでよくスカーレット様を婚約者だと言えますね」
さっきまでの出来事をずばりと言われ、オーエン様はタジタジになっている。
「う……! そ、それは……! しかし彼女とは最後までは……」
「ほう。それでは一人の未婚の女性と淫らなことをしたのは認めるのですね」
「あ、いや、そういうわけでは……」
――本当に気持ち悪い。
シモン様の問いかけにオロオロするばかりで、しまいにはオーエン様は黙ってしまった。いっぽうシャルロットは普段隠している私への憎しみを隠そうともせず、睨み始めている。そして信じられないことを口にした。
「実はわたくし、オーエン様の子を身籠っているかもしれませんの」
「えっ! シャルロット! それは本当のことなの?」
問い詰める私をフフンと鼻で笑い、シャルロットはオーエン様にピッタリとくっつき腕を絡める。しかし父親だと言われたオーエン様は呆然とした顔で妹を見ていた。
「本当よ。だって今月から月のものがきてないもの。それにさっきだって――」
「ま、待ってくれ! その、私たちはそういったことまでは」
「でも子どもができてもおかしくない事はしていましたわ。責任を取ると言ってくれたではないですか? あれは嘘でしたの?」
シャルロットはオーエン様を責めるようにそう言うと、プンと頬をふくらませる。その様子からシモン様を狙うのは止め、またオーエン様狙いになったのだろう。妹の変わり身の早さには、うんざりさせられる。
――それにしても妊娠しているというのは本当かしら? 今を凌ぐための嘘? それとも本当に……?
さすがに側妃といえど、王家に姉妹で嫁ぐことはできない。そんなことをしたら我がモーガン侯爵家が王家を乗っ取ろうとしていると反対されるだろう。
「それならばどちらも王家に嫁ぐのか? しかし姉妹揃ってなど聞いたことがないが……」
意外にもこの問題に口を挟んだのは、シモン様だった。
「この国では結界に魔力を注ぐ聖女は、王家に嫁ぎ王妃として大切にされると聞いた。聖女は百年に一度誕生する稀有な存在なのだろう? そのスカーレットを差し置いて、妹が王妃になれるとは思えないが」
その通りだ。私だってそれが決まっているから、つらい王妃教育を受けさせられたのだ。するとそれを聞いたシャルロットが子供のように声をあげ、泣き始めた。
「ひ、ひどいですわ! わたくしの子供を、いいえ! もうお腹の中にいる王子を殺せと言うのですか? うわああん」
「そ、そんなことは誰も言っていないぞ。それにまだ子ができたとは……」
「できております! わたくしに何をしたか、お忘れなのですか?」
「い、いいや、それは忘れていないが……しかし……」
もっと喜ぶかと思いきや、オーエン殿下は妹を慰めるだけで結婚しようとは言わない。チラチラと私を見ては助けてほしそうにしている。
――あんなに大勢がいる場で恥をかかせておいて、今さらなんなの?
すると騒ぎを聞きつけたのだろう。宰相様が私たちのもとに駆けつけてきた。
「オーエン様、スカーレット様。陛下と王妃様がお二人から話を聞きたいとおっしゃっております」
顔を赤くし息を荒げているところを見ると、急を要する事態のはず。私が急いで返事をすると、なぜか妹のシャルロットまでついて来ようとした。
「シャルロット、あなたは呼ばれていないわ。侯爵家に帰りなさい。さっきの話はまた後で、お父様を交えてしましょう」
「いいえ! この際ですからわたくしも宣言しますわ! だってわたくしはオーエン様の子を身籠っているのですから!」
「な、なんですと!」
宰相様が目を丸くして驚き、青ざめている。オーエン様は先ほどから何も話さず、同じくらい顔色が悪い。
結局、宰相様の判断で、シャルロットも一緒に行くことになった。
「スカーレット様、ではまた後日」
「シモン様、今日はいろいろとお騒がせして申し訳ございませんでした」
そう私が謝ると、シモン様はクスッと笑い、耳元で「今度詳しく聞かせろよ」と言って去って行った。その様子をオーエン様は苦々しい顔で見ている。
――対抗意識でもあるのかしら? そんなことより、今は陛下になんて言ったらいいのかしら。頭が痛いわ。
しかし案内された部屋に行くと、もっと頭が痛くなる事態になっていた。そこには陛下や王妃様だけでなく、私の父も来ていたからだ。




