31話 聖女の光
「実の家族?」
「そんなことあるのか?」
「本当ならひどすぎるわ……!」
シモン様の発言に周囲はざわざわと騒ぎ始める。他人である教会や王族が虐げていたというのはまだ理解できても、まさか家族から虐められているとは思いもよらなかったのだろう。
しかし数人の男性があることに気づき、ハッと顔をあげた。
「そういえばオーエン殿下の浮気相手は、スカーレット様の妹だ!」
「しかし妹が姉の婚約者を奪うなんて、まともな父親なら許さないだろう?」
「もしかして、それを許したのか?」
その声はすぐに周囲に届き、シモン様が話す前に私の家族の所業が広まっていく。それでもまだ父がしたことはその噂よりひどいのだ。シモン様は最初に気づいた男たちの前に行くと、にっこり笑って話しかけた。
「いいところに気づいてくれたな。しかしスカーレットにしたことは、もっと残酷だ。彼女の父親は本来の当主であるスカーレットから侯爵家を乗っ取り、あそこにいる姉の婚約者を寝取った妹のシャルロットに譲る気だったのだ。聖女であるスカーレットを、貴族から平民の孤児にさせてまでな」
シモン様が睨みながらシャルロット達を指差すと、妹は突然の展開にビクリと体を震わせた。一気に自分に敵意が向けられ、妹はオロオロと目を泳がせる。
「ち、ちが……」
しかしそこはシャルロットだ。父親が言い訳を作る前にポロポロと大粒の涙を流し、民衆に訴えかけ始めた。
「違いますわ! わたくしはただ、オーエン様に求婚されただけです! お姉様は殿下を嫌っていました! だから私とオーエン様こそが真実の愛で結ばれているのです! 侯爵家のことも、わたくしは何も知りません!」
ドレスは薄汚れているけれど、それがいっそう可憐で儚げに見える。それを理解しているのだろう。シャルロットはワアワアと大きな声で泣き始め、周囲の同情を買うつもりらしい。
「え? そうなのか? たしかにスカーレット様と殿下は政略結婚が目的らしいけど……」
「聖女様とは十歳で婚約してるしな」
「じゃあ、殿下と妹は愛し合ってしまっただけか?」
「妊娠して強行突破したってことかもしれんな」
貴族と違い自由恋愛の彼らにとって、真実の愛だと言われればそちらのほうがわかりやすいのだろう。チラホラと「それならしょうがないか」という声も出てきた。
「わたくしは本当になにも知りません! お姉様がもっとオーエン様を愛してあげていれば、わたくしだってぇ……」
ひっくひっくとしゃくり上げながら泣くシャルロットの手の隙間から、ニヤリと笑う顔が見える。すると突然オーエン様が妹の手を取り、二人で前に飛び出してきた。
「そうだ! 私たちは浮気などではない! スカーレットはいつも私に冷たく、むしろ浮気をしていたのは彼女のほうだ! シモン殿下とすぐ婚約するなどおかしいと思わないか? 二人は私を裏切り通じ合っていたのだ!」
目をギラギラさせオーエン様はそう言うと、ニヤリと笑った。どうやらシャルロット側について、自分の悪い噂を塗り替えるつもりらしい。妹も切り替えが早い。どうやらオーエン様が味方につけば、また王妃の座につけると思ったようで嬉しそうにしている。
(本当に調子が良い二人ね。それに自分の都合の良いことしか覚えてないから、後で大変なことになるって学習しないのかしら?)
二人の幸せそうな姿に、集まっている人達は少しずつ真実味を感じてきたらしい。今度は「お似合いの二人に見えるわ」「そうだな。無理やり結婚させられるのはつらいからな」など、二人の作戦通り同情を買っていた。
私は「はあ……」と大きくため息を吐き、シモン様に視線を送った。彼もここまで予想通りの行動をすると、かえって申し訳ない気になるのかもしれない。しばらく複雑な顔で二人を眺めていたが、すぐにどこかに合図を送った。
するとその合図をきっかけに、十人ほどの女性達が舞台に上がってきた。皆、どことなく品があり、見覚えのある顔だ。
そして先頭の女性がオーエン様とシャルロットを指差し、民衆に向かって大きな声で話し始めた。
「わ、私は、王宮の侍女をしていたキルムです! 私は何年も前から夜にこのお二人が同じ部屋に入るのを見ています!」
緊張しているのだろう。顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、ヨロヨロと後ろに下がっていく。そしてその発言に続くように、今度は別の女性たちも前に出てきた。
「私もです! 二人が庭で抱き合ってキスしているのを見ました!」
「それにシャルロット様は、他の男性とも関係を持っています!」
「お二人はそのことで大喧嘩をし、殿下は復讐のためシャルロット様を牢屋に入れています! 真実の愛なんかじゃありません!」
あわてたのはオーエン殿下だ。女性たちを止めようと前に出たが、すぐにカリエントの騎士に捕まり止めることができない。
「な、何を言って……! ち、違う! こんなやつらは王宮にはいない! 皆! 信じないでくれ!」
しかしその後も続々と王宮に勤めていた人達からの証言が集まっていき、もう先ほどの殿下達の話を信じる者はいなくなっている。むしろ堂々と国民に嘘をついたことで、呆れ返っていた。
「ち、違う……これは、その……違う……」
殿下はあっという間に自分たちの作戦が失敗に終わり、真っ青な顔でなにかモゴモゴと言っている。その隣でシャルロットは血で赤く染まるほど唇を噛み締め、悔しそうに地面を睨んでいた。
(さっさと罪を認めて謝罪してくだされば、ここまで暴露しなかったのですけど……)
もちろんこの証言もシモン様の作戦だ。最近まで王宮で働いていた職員を探し出し、証人として発言してほしいと手配したのだ。もちろんこの後、彼女たちはカリエントの王宮で働くことになっている。
「うまくいったな」
「ええ。後はあの二人だけですわ」
そう言う私の視線の先には、実の父親と陛下がいる。シモン様は彼らに向かってニヤリと笑うと、軽快な足音で近づいていった。そしてくるりと二人に背を向けると、広場に向かって話し始める。
「皆、これでわかっただろう。王族やスカーレットの家族がどれだけ自分勝手な者たちか。そしてその中でもこの二人、彼女の実の父とこの国シャリモンドの王は、二人で結託し聖女から貴族の身分を奪った!」
鋭い眼光で二人を睨みつけるシモン様は、一歩彼らに近づく。ジャリッという砂を踏んだ足音が聞こえるほど広場は静まり返り、みな固唾を呑んで見守っていた。
その静かな怒りを含んだ威圧感に父は悔しそうに一歩下がり、シモン様は追い詰めるようにさらににじり寄る。そのままあと少しで舞台から落ちてしまうのではないかと思った瞬間。
わめき散らすような叫び声が、広場に響いた。
「ふ、ふざけるな! この女はニセモノの聖女だ! 傷なんて癒せるわけなかろう! それに私は侯爵に頼まれてサインしただけで、籍を抜くかどうかは私の責任ではない!」
父を突き飛ばすように前に出てきたのは陛下だった。押された父は尻もちをつき、ゴロンと床に転がっている。
「皆の者! おまえらはこのカリエントの王子に騙されている! ……そうか、わかったぞ! この王子は我が国シャリモンドを乗っ取るつもりなのだ!」
血走った目でシモン様を指差すと、陛下はゼエゼエと肩で息をし、睨んでいる。もう自分が何を言っているのかもわからないのか「この男を捕らえよ!」と叫んでは、周囲を困惑させていた。
(他国の王子を捕まえるわけないのに。しかもシャリモンドよりも力がある国なのですから、そんなことをしたら大問題になる。それどころか戦争になってもおかしくないわ)
もうあきれた顔を隠す気にもならない。私は大きなため息を吐くと、シモン様の顔を見上げた。さぞや彼もあきれているだろうと思ったのに、意外にもニヤニヤと笑ってこの状況を楽しんでいるようだ。
ゆっくりと芝居がかったような大げさな態度で歩くと、陛下に顔を近づける。
「私がこの国を乗っ取る? 乗っ取ってどうするというのです? 国土は荒れ果て、町も壊れたこの国に利用価値があるとでも? わざわざ立て直すために奪うほど、私は暇ではありませんよ」
そう言って彼が鼻で笑うと、陛下はギリギリと歯を食いしばり悔しがっている。するとシモン様はそんな陛下を軽蔑した目で見たあと、再び民衆に向かって話しかけた。
「このとおり、陛下はスカーレットの聖女の力を信じていない。それどころか、彼女の努力をあざ笑い、意味のないことだと馬鹿にした。だから私の妻はこの国を出る時に、ある言葉を残したのだ」
一気に広場からの視線が私に集中する。この国を出たのはほんの少し前なのに、今ではずいぶん昔のことみたい。
(それだけ今の私は幸せなんだわ……)
そっとシモン様に寄り添うと、彼も私の肩を抱き寄せてくれる。視線のすみにそんな私たちを苦々しい顔で睨む陛下が見えた。
「スカーレットはこう言った。もう私の前に顔を見せないでほしいと。そして、もし自分が国を出た後に聖女の力が必要になっても、助けを求めるな。そう伝えたのだ。それはお前たち、覚えているな」
シモン様の冷たい声色に、青白い顔のオーエン様や父は激しく頭を上下に振っている。反対に陛下は認めたくないようで、うつむいてこちらを見ない。
「それならば、最後の言葉も覚えているだろう? もし聖女の力を求めるなら、自分の前に跪き、許しを請えと。陛下、その時あなたは『わかった』と答えた」
もう陛下は口を開かない。そしてその態度で、この話はすべて真実なのだと、その場にいる人々はわかったようだ。自分たちがボロボロの服でいるのは、怪我をして苦しんでいるのは、すべて王族が原因なのだと、陛下を見る瞳に映っていた。
「さあ、愛しい我が妻、スカーレット。君の出番だよ」
私はシモン様にエスコートされ、広場の真ん中に立った。遠くまで見渡すと本当にたくさんの人が来てくれている。包帯を巻いている人もいれば、顔に傷を負っている者もいる。
それは大人だけでなく、子供や赤ん坊ですらも、みな同じように傷ついていた。
(なぜ国民がこんなにつらい状態なのに、放っておけるの……)
私は後ろを振り返り、キッと陛下を睨みつける。苦しかったけれど、この国は私が必死に守ってきたものだ。国民が笑顔で安心に暮らせるよう頑張っていた。
今はもうカリエントに尽くしていく身だけれど、きちんとケジメはつけておきたい。私はすうっと息を吸うと、自分に出せる一番大きな声で宣言した。
「これからわたくしは、ここにいる全員の傷を癒やしてあげましょう」
にっこり微笑んでそう言うと、目の前の人々はぽかんとして意味がわからないといった様子だ。私は戸惑う民衆を前に、腕を上に大きく広げた。
「えっ……? ここにいる全員?」
「癒やすって傷が治るの?」
「あっ! みんな! あれを! 聖女様を見て!」
内側から温かい熱が生まれている。その熱は一気に全身を巡り、自分のまわりが金色に光り始めたのがわかった。
(ここにいる全員の痛みや苦しさが取れますように。元気で健康な体に戻りますように……!)
そう心の中で願った瞬間、広げた手の先からぶわりと光が空に飛び出していく。そしてその黄金色の光は大きな玉になり、一気に広場全体に降り注いだ。
「わああ! なんて綺麗なの!」
「すごいぞ!」
キラキラと光の粒が空から舞い降り、その場にいた人たちに届いていく。皆その美しい光景に気を取られるばかりだったが、しばらくするとあちらこちらから驚く声が聞こえてきた。
「なんだこれは! 傷が消えてる!」
「私もよ! 骨が折れていたのに動かせるわ!」
「子供の熱も下がってるぞ!」
「聖女様だ! 聖女様の癒やしの力だ!」
(良かった。こんなに大勢の治療は初めてだったけど、無事に力が届いたみたい)
目の前に広がる歓喜の表情に、私はホッと胸をなでおろした。さっきまで暗い顔だった人たちが、みんな喜びの涙を流している。
(さて、後は最後の復讐ね。これでようやく終わるわ)
私は集まった人々の嬉しそうな顔を眺め終わると、後ろを振り返った。そこには呆然とした表情のオーエン様や父、そして陛下がいた。そしてシャルロットも信じられないという表情で私を見ている。
私はそんな彼らにゆっくりと手を差し出した。
「さあ、では私の前に跪いて、謝罪してください」
悪女のようにニヤリと笑ってそう言うと、みな真っ青な顔で震えていた。




