30話 断罪の始まり
「聖女様!」
「スカーレット様!」
広場には興奮ぎみに私の名を呼ぶ人々で溢れかえっている。そんななか、私を国から追い出したと言われている彼らが姿を現したらどうなるか。その結果は言うまでもない。
「オーエン殿下じゃないか!」
「陛下もいるぞ! 引っ込め!」
「あれは司教じゃない? あの人もスカーレット様を虐めたらしいわよ!」
最初にオーエン様が舞台に上がっていくと、予想どおり集まった人々からは罵声が飛び交い始める。そしてその後に陛下、司教様と続くとさらに民衆の怒りはふくれあがり、舞台に向かって物を投げる者も出始めた。
「な、なんだ! この騒ぎは! 騎士団長は何をしている!」
どうしてこんなに国民が怒り狂っているのかわからない陛下の指示は、誰も聞きやしない。それどころか司教様ですら呆れた顔をしていた。
(司教様は教会を襲撃されているから、少しはわかっているみたいね)
シモン様の情報によると、結局教会の彼の私室まで襲われたらしい。教会も今では家を無くした人達の避難所になっていて、司教様は王宮に逃げ込んだという。
私はそんな騒ぎを横目に、優雅に階段を登っていく。シモン様にエスコートされながら舞台の中央に向かうと、私の姿に気づいた人達が「わああ」と歓声を上げ始めた。
「スカーレット様だ!」
「聖女様!」
「でも髪が黒くないぞ。あれは本当に聖女様か?」
「お顔は同じよ。でも前より顔色が良いわ。やっぱりこの国ではひどい扱いを受けてたのね!」
あっという間に怒号は喜びの声に変わり、民衆の興奮は最高潮になった。それでも私がサッと片手をあげると、一気に場が静まり返る。
そのまままた一歩前に出て、私は悲しげな表情で話し始めた。
「皆さん。スカーレットです。わたくし、母国シャリモンドが嵐の被害にあったと聞き、心配で駆けつけて参りました」
広場中がドッと拍手と歓声で湧き、私はその中心でにっこりと微笑んだ。それでも実際に集まった人を見ると、みんな服も汚れ怪我をしている様子だ。
(もう少し待っていてくださいね……)
私のそのたった一言で、泣き始める女性もいる。それほど彼らにとってこの嵐はつらかったのだろう。私がその女性に向かって微笑みかけると、隣にいた夫らしき男性が必死の形相で叫びだした。
「せ、聖女様! 聖女様はこの国に戻ってきてくれたのですよね! ずっとシャリモンドにいるんですよね?」
その言葉に周囲の期待の目が私に降り注ぐ。涙目で訴えかける彼らの願いに応えられないのはとても悲しいけれど、私は皆に見えるように首を横に振った。
「ごめんなさい。わたくしはもうこの国を追い出され、カリエントの王太子妃となりました。私の生きる場所はカリエントであり、シャリモンドではないのです」
「そ、そんな……!」
私の返事に「ああ……」と落胆の声が広場に響き始める。しかしすぐにその悲しい気持ちは、王族への怒りへと変わっていった。
「オーエン殿下のせいだ! この浮気者! おまえがスカーレット様の妹を妊娠させたのは知ってるんだ! そのうえスカーレット様にも手を出そうとしたと聞いたぞ!」
「陛下もだ! 聖女様は王家が守らないといけないのに! 王宮に閉じ込めて逃げ出さないようにするところだったらしい!」
「教会の連中もそうだ! 自分たちばかり良い生活をして、スカーレット様はボロボロだったらしいぞ!」
普段なら王族に対してのこのような暴言は許されない。すぐに騎士が捕縛してもおかしくないけれど、オーエン殿下はオロオロするばかりで動けないようだ。
真っ青な顔で「な、なぜ知られているんだ」とぶつぶつ呟いている。陛下も司教様も苦々しい顔をして、後ろに下がっていく。
(これも作戦どおりね。数日前にシモン様が今までのことを噂として流したようだけど、オーエン様達は気づかなかったようね)
民衆達はそれぞれ聞いたことを確かめ合うように、さらに噂を叫び続ける。
「しかも王家はスカーレット様に謝ってないんだと!」
「俺は聖女様のこともニセモノ扱いして馬鹿にしたって聞いたぞ!」
「それは本当のことなんですか! スカーレット様!」
あちらこちらから「本当のことを教えて下さい」という声が聞こえ、私は意を決した表情をして前を見つめる。
「……もうここまで知られていたら、隠すのもかえっておかしいですわね。ええ、皆さんが聞いたとおりですわ。わたくしは婚約者のオーエン殿下に裏切られ、そして陛下にはニセモノの聖女だと笑われました」
「やっぱり!」
「なんてひどい!」
再び集まった者たちから罵声が王族に向けられる。すると今まで黙って聞いていた陛下が、ツカツカとこちらに向かってこようとした。しかしその瞬間。
「スカーレット、過去を話すのはつらかっただろう。ここからは私が話そう」
近くにいたシモン様がそっと肩を抱き寄せ、優しく微笑んだ。もちろんこれも作戦どおりだ。彼いわく「スカーレット本人がずっと説明すると、それを陛下や司教が否定してきて言い合いになるだけだから」という理由からだ。
(本当にシモン様は先手を打つのがうまいわ。今だって陛下はシモン様が出てきたとたん、足を止めたもの)
もちろん前回シモン様に追求されたこともあるけれど、陛下は女性を下に見ている。私なら言いくるめられると思っているのだ。
私はシモン様の指示に従い、うなずくと、彼は前に出て、よく通る声で話し始めた。
「私はカリエント国、第一王子のシモンだ。そして聖女スカーレットの夫でもある。今日はスカーレットが君たちを救いたいというたっての希望で一緒に来たが、私はシャリモンドの王族に約束を守ってもらうための立会人として来た」
突然のシモン様の発言に、目の前の民衆たちはざわざわと話し出す。そしてそれが静まった頃、シモン様は周囲を圧倒するような声で宣言する。
「シャリモンド国の王族と教会、そしてスカーレットの家族が彼女にした罪はまだある。そして今回スカーレットがこの国に戻るには約束があったのだ。王族はその約束を破ろうとしている!」
「なに!」
「なんてことだ!」
その言葉は集まっている人々の怒りを煽っていき、再び怒号が飛び交い始める。背後からは「ひっ!」という司教様の声が聞こえ、怯えているのがわかった。
そしてオーエン様は青白い顔で立ちつくし、陛下はギリギリと歯を食いしばるようにこっちを睨んでいる。それでも私は睨み返す余裕すらあった。シモン様が一緒だ。怖くない。
そしてシモン様はそんな陛下たちを鼻で笑うと、大きな声で話し始めた。
「まずは私が見たこの国の現状をお伝えしよう」
そう言うと、彼はニヤリと笑った。
「この国が嵐などの災害に無縁であることを知った私は、少し前から滞在して調べさせてもらった」
ゆっくりとシャリモンドの国民に話しかけるシモン様は、まるでこの国の王様だ。時折彼と目が合った女性が顔を赤らめ、ぼうっとしてしまっている。
「その結果、やはりこの国を覆っている結界のおかげだということがわかったのだ。しかし魔力を持たないシャリモンドの陛下や司教には結界が見えない。ゆえに結界のことも、それを維持するために魔力を注いでいたスカーレットのこともあざ笑っていた」
突然名前を出された司教様は「ひっ」と小さく声を上げ、睨んでくる国民に対してブンブンと首を振っている。反対に陛下は「くだらない」とぶつぶつ呟いて、まだ結界について信じていない様子だ。
シモン様は二人の様子をチラリと確認すると、また話を続ける。
「見えないものを信じろというのは難しいものだ。気持ちはわかる。しかしそれならば、なぜ一国の王が災害が起きた時の準備をしないのか。しかも未だに自分たちは贅沢な暮らしをし、荒れた土地もほったらかしだ」
その言葉に集まった者達は何回もうなずき、ギロリと王族たちを睨みだす。なぜなら、彼ら貴族たちは場違いなほど上質な服を着ていた。反面、豊かだった国民の服装は、流れた土地や壊れた家屋を修復するのに精一杯で薄汚れている。
「このことについては、カリエントに移住した者に聞いたほうが早いだろう。ランディ、ここに」
「はい」
緊張した面持ちのランディが、シモン様の隣についた。そしてすうっと息を吸うと、民衆に向かって話し出す。
「俺は一月前までシャリモンドで暮らしていたランディだ! スカーレット様に折れた骨を治してもらい、そのまま仕えている。そのうえで母国シャリモンドとカリエントの違いを話すので、しっかり聞いてほしい!」
見知っている者もいるようで、みんな興味深そうにランディの話を待っている。
「先日カリエントにも嵐はやってきたが、なんとシャリモンドとは違い被害はなかった。しかも嵐で家が壊れたり怪我をしても、すぐに騎士が来てくれるんだ。もし壊れても王家からお金までもらえる。そのうえ王族であるシモン殿下自らが町に様子を見に来てくれ、不便がないか声をかけて回るのだ」
真剣な表情のランディの説明は、聞いている人達にもしっかり伝わっているようだ。その他にも土地の地盤を調べたり、学者が嵐の予測をすることなどを話すと、皆いっせいに騒ぎ始めた。
「信じられない! カリエントではそんなにしてくれるの?」
「俺たちなんてお金どころか、話だって聞いてもらえないのに!」
「もう嵐が去ってからだいぶ経つのに、王族どころか騎士だって来ないわ!」
あちらこちらから不満の声が聞こえ、オーエン様は気まずそうにうつむいている。ランディはそんな殿下の顔を苦々しい顔で見ながら、また後ろに下がっていった。
「これでわかってくれただろうか。シャリモンドの王族や教会は、聖女スカーレット一人に国の安全を任せていた。それなのに彼女を馬鹿にし、裏切り、最後には国から追い出したのだ!」
シモン様が声高らかにそう叫ぶと、民衆達はいっせいに王族への罵倒を始める。しかしそれと同時に、あわてふためいたオーエン殿下がこちらに駆け寄ってきた。
「ま、待て! それは違う! 陛下は王宮にスカーレットを保護しようと――」
「ああ、それはお優しいことだ。ワガママな妹の教育を聖女にやらせ、君は姉妹両方を妻にしようとしていたからな」
「そ、それは! ち、ちが……!」
「違わないな。傷ついた彼女に、おまえはなんと言ったか覚えていないのか?」
シモン様に知られていると予想もしていなかったのだろう。一瞬ポカンとしたあと、オーエン様の顔はみるみる青くなっていく。
「君はスカーレットにこう言ったんだ。『私も気が向いたら、君を抱いてやろう』とね」
その言葉に広場の女性たちからたくさんの悲鳴がもれた。オーエン様はシモン様を止めようとするけれど、体格が違いすぎる。シモン様は殿下をするりと避けると、また話を続けた。
「ああ、君はこうも言っていたね。『王宮の奥で男を知らずに一生を過ごすのは、かわいそうだ。情けをかけてやるから、楽しみに待っているがいい』だったかな?」
「ち、違う。そんなこと、そんなこと私は言っていない! そうだ! 証人がいないじゃないか! これは嘘だ! 皆、信じないでくれ!」
オーエン様のそんな言い訳は、誰にも通用しなかった。それどころか、今ではシャリモンドの騎士や侍女たちまで冷ややかな目で見ている。
(あらあら、みんな『殿下なら言いそうなことだ』という表情ね。それはそうよね。王宮でのいろんな出来事を見てきた彼らだもの。今さらだわ)
そんなことを考えていると、ふと後ろから視線を感じた。ヒリヒリと痛むようなその視線を送っているのは、妹のシャルロットだ。さっきのオーエン殿下の発言を初めて聞いて、苛立っているのだろう。口元を歪ませ、普段なら誰にも見せないような醜悪な顔で私を睨んでいる。
(女性として自分のほうが優れているということが誇りだものね。それが彼女の男遊びをひどくさせていた原因にも思えるけど……)
「なんでも欲しがったら駄目だということよ……」
そう小さく呟くと、私はまたシモン様を見上げた。彼は私の肩を抱き寄せると、少し苦しそうな表情を作って話し始める。
「スカーレットはこの国で、本当につらい思いをしている。元婚約者のオーエン殿下や王族だけじゃない。実の家族からもひどい扱いを受けていたのだ」
そう言うと、今度は父親である侯爵がビクリと肩を震わせた。




