29話 断罪の舞台
「あの方がスカーレット様を馬鹿にしていた元婚約者ですか。シモンに比べればひ弱そうな方ですわね」
逃げるように私の前から去って行ったオーエン様を見て、カリナさんはフンと鼻で笑った。私の侍女として一緒に来た彼女だけど、存在感がすごくて彼女のほうが聖女に見えるかもしれない。
「あの驚きようは面白かったな。それにしても、あの態度。やはりスカーレットとまだやり直せると思っていたみたいだ」
「本当ですわね。スカーレット様をうっとり見つめて、いやらしいったらありませんわ! でも二人の結婚を知った時の顔! シモンが先手を打って、異例の速さで結婚したかいがありました」
二人の話す声は周囲に丸聞こえで、近くにいる王宮の騎士や侍女たちは困った顔をしている。もちろんそれはシモン様たちもわかっているというか、わざと聞かせているので止めようがない。
「本当に愚かな王子だこと。ああいう自分が正義だと信じ切った人には何を言っても無駄ですわね」
「ああ、今度無理やり即位するらしいが、どうなることだろうな」
オーエン殿下から「シャリモンドに戻ってきてほしい」という手紙を受け取ってからというもの、二人の怒りは最高潮になっていた。
(まあ、かなり身勝手な手紙でしたものね……)
結界が壊れたことで嵐の被害が大きかったこの国は、そうとう荒れたらしい。怪我だけじゃなく劣悪な環境で病気も蔓延し、それでも何も対処しない王家に一気に不満が押し寄せたのだろう。
一人では対処できなくなったオーエン様からの手紙は、とても不愉快なものだった。
「君の聖女としての能力を認めてあげる」
「母国を救うのが聖女の務め」
「君は優しいからシャルロットに気を使っているのだろうが、彼女は父親と一緒に牢屋に入れた」
「二人で素晴らしい国を作り上げていこう」
一緒に読んでいたカリナさんが、手紙を破り捨てようとしたくらいだ。早く返事をと急かす言葉もあったけれど、まるで自分だけは悪くない、といった内容で返事をする気にもなれなかった。
(まあ、その間ゆっくりドレスを選びましたけど……)
シモン様の助言で婚姻の儀だけを先にすませ、私は無事に彼の妃になった。カリエント国の王太子妃となったお祝いは、この問題が解決してから国で盛大にすることになっている。今頃、カリエントではお祭りの準備で大忙しだ。
「ランディは大丈夫? つらくない?」
シモン様の後ろで教会の服を身にまとったランディをチラリと見ると、少し不安そうな顔をしていた。彼は私の治癒の力を覚醒させるきっかけになった人だ。私への忠誠心が強く、献身的に働くので今回一緒に連れてきている。
「はい! 大丈夫です。ただここまで荒れていることに驚いてしまって……」
「そうよね……」
私もランディの言葉に素直にうなずく。それほど昔のシャリモンドを知っている私たちにとって、今の状況は悲しいものだった。
この国に来る道中、視察がてら馬車から国の様子を見たのだけど、それはもう酷かった。あんなに素晴らしかった小麦畑も、美しい牧草地も流されていた。道端には家を無くしたのかボロボロの服で座り込む人々も多く、馬車の中にまで悪臭が入ってくるほどだった。
(王家や司教様は別として、罪のないシャリモンドの国民は救ってあげたい……)
改めてそう決意して王宮に来たのだけど、あのオーエン様の脳天気な顔にはガッカリさせられたわ。睨みつけると怯えて逃げていったけど、まだ昔の私だと思っているようね。
(これから国民の前で断罪されるとも知らずに……)
私を馬鹿にし虐げてきた人達の罪が、大勢の人の前で晒される。その瞬間がもうそこまで来ている。そう思うと、私の顔も自然と笑顔になっていった。
私もだいぶ悪女ぶりが板についてきたわね。彼らが苦しむのになんの罪悪感もないし、むしろ楽しみだもの。
「いい笑顔だな」
その言葉に思わず振り返ると、シモン様がニヤリと笑って私を見つめていた。そして自分の胸に私を引き寄せ、楽しそうにこれから起こる出来事を待っている。
(本当にシモン様には感謝しかないわ。こんな私を愛してくれているなんて……)
普通なら怖がられてしまうだろうこんな復讐心も、シモン様は受け入れてくれる。私は彼の胸でほうっと息を吐くと、緊張がほぐれていくのがわかった。
「さあ、スカーレット。君の復讐の舞台が整ったようだぞ」
嬉しそうにそう話すシモン様の声に、顔を上げた。目の前には四人の男と、一人の女。この国の陛下とオーエン殿下。教会の司教様と、私の元父親の侯爵。そして妹のシャルロット。
それぞれが私に対して、いろんな表情を浮かべている。憎々しげに見る顔。オドオドとした表情。
私はそれを目を背けることなく、じっと見つめていた。
「お久しぶりですね。皆さん」
にっこり笑ってそう言うと、まず反応したのは元父親である侯爵だった。
「ほ、本当におまえはスカーレットなのか?」
にわかには信じがたいといった様子で、侯爵は私の姿をじろじろと不躾に見ている。隣にいるシャルロットも目を丸くして驚いているが、正直言って私のほうが驚きだ。
二人ともボロボロの服を着て、体も薄汚れているのに気にもしていない。もしかしてオーエン殿下はこの二人のことをすっかり忘れ、ずっと牢屋に放っておいたのではないだろうか。
(シモン様の考えでは妹はオーエン様にそそのかされて聖女になったのだろうと言っていたけど、きっとその通りね。それで国民を騙せれば利用したまま、偽物だと知られたら王家を謀ったとして牢屋に入れるつもりだったのでしょう……)
自分だって王族としての自覚などなかったのに、シャルロットの男遊びを知ったとたん冷酷になるなんて。そのうえ悪びれもせず、オーエン殿下は二人に注意し始めている。
「カリエントの王太子妃に勝手に話しかけてはならない! おまえ達は罪人なのだぞ!」
オーエン殿下は二人を叱ると、なぜか得意げな顔をしていた。
(あらあら、これからあなたも罪人の仲間入りしてもらうのですけど……)
彼がそんな表情をすればするほど、私や後ろにいるシモン様たちの気持ちは白けていく。でも、まあいいわ。仲間割れをしていると、それだけお互いの保身に走るものだ。私はオーエン殿下の態度を止めることはせず、優しく微笑みかけた。
「オーエン殿下。そろそろ始めましょうか。広場にはもう私を待っている国民が押し寄せているようですから」
遠くで何人もの人が、私の名を呼んでいる。今日私がここに姿を現すことを知った者達が「聖女スカーレット」を求めて、広場に大勢集まっているのだ。
「あ、ああ。そうですね。始めましょう」
オーエン殿下が騎士達に合図をすると、彼らは父とシャルロットを舞台のほうに引きずるように連れていく。もうこういった扱いにも慣れているのだろう。こちらをチラチラと見てはいるけれど、さほど抵抗せずに歩いて行った。
残ったのは司教様と陛下だ。しかし二人はまだ納得していない顔で私を睨んでいる。特に司教様はなぜここに連れてこられたのか、わけがわからないのだろう。
「なんなんだ、これは! わしはなぜここに連れて来られたのだ!」
陛下たちのように罪を暴いてから去ったわけじゃないので、司教様は私に対して以前のように馴れ馴れしい。私は止めようとするオーエン様を手で制し、司教様の前に立った。
「お久しぶりですね、司教様。本日はシャリモンドで被害にあった国民を癒やすためにやってきました。司教様にはぜひわたくしの立会人になってもらいたいのです」
「立会人だと?」
思ってもみなかった私の提案に、司教様は驚いている。同時にホッと安心したようで、すぐにニヤニヤと笑い始めた。
「なるほど。スカーレットの聖女の力はわしが育てたようなものだからな。そうか! では今日はおまえの聖女としての力を存分に見せてもらおうとするか!」
そう言うと司教様は満足そうにガハハと笑い、舞台のほうに歩いて行った。私はそれを見届けると、くるりとドレスをひるがえし陛下のほうに向き合った。
「それでは陛下。お約束どおり、民衆の前で私にしたことを告白し謝罪してもらいますよ」
にっこり笑って陛下にそう告げると、彼はうつむいていた顔を上げ私を睨んだ。
「……してからだ」
「なんですか?」
「私が謝罪するのは、おまえが本物の聖女だと証明されてからだ!」
私を指差し大声で叫ぶ陛下の目は、赤く血走っている。ろくに寝ていないのだろう。息子に裏切られ地位を奪われたのだ。興奮しきった彼はオーエン様が止めるのを振り切り、私に飛びかかってくる。
「この偽の聖女を語る悪女め! おまえこそがこの国を荒廃させた元凶だ! おまえが大人しく従っていればよかったのだ!」
「危ない! スカーレット!」
オーエン様の叫び声が聞こえたけれど、私はその場から一歩も動かなかった。カリエントから連れてきた護衛騎士も、背後にいるシモン様も襲いかかってくる陛下の動きを止めない。
「おまえらはこの悪女に騙され――うわああ!」
ピリッとした痺れが体に走るとともに、私に殴りかかろうとした陛下は跳ね飛ばされてしまった。婚約の契約は結婚したことでさらに強力になるとは聞いていたけれど、ここまでとは。
(まあ、自業自得だけど……)
私は「はあ……」と大きくため息を吐くと、遠くで騎士達に介抱されている陛下のもとに歩いていく。さぞかし意気消沈しているだろうと思ったけど、あまり状況がわかっていないようだ。私と目が合うと、再びジロリと睨み「この偽聖女が……!」とうなるように言っている。
私は手負いの獣のような陛下に向かって、そっと手を差し伸べる。そして優しく微笑みながら、話しかけた。
「では陛下、民衆の前で私が偽聖女だと伝えてみてはどうでしょうか? そして今までの不満や苦労をわかってもらえばいいと思いますわ」
その言葉に最初は疑うような眼差しを送っていた陛下だったが、彼の心を後押しするようにニコリと笑うと、フンと鼻を鳴らして立ち上がった。
「よかろう。おまえがどれだけ国民を騙してきたか、見てもらおうじゃないか」
ニヤリと笑いそう言う陛下を、オーエン様は呆れた顔で見ている。きっと殿下は私の能力を少しずつ信じてきているのだろう。それでも父親の愚行を止めることなく、むしろこの機会に徹底的に追い払おうとしているようだ。
「では陛下。あちらに行きましょう」
そう言って王族の二人は、被害にあった国民が待つ舞台へと歩いていく。
「ではわたくし達も参りましょう」
後ろに立っているシモン様たちにそう呼びかけると、みんなやる気に満ちた顔をしていた。
「ああ、準備は整っている」
「ランディも緊張しないように頑張るのですよ!」
「カリナ様、その言葉で緊張します……」
私たちは無策で来たわけじゃない。しっかりと彼らを追い詰めるために準備は万全だ。シモン様なんてどこでそんな情報をと思うほど、しっかりと作戦を立てたようだ。
「さあ、復讐の時間ですわ!」
私がとびっきりの悪女顔でニヤリと笑うと、皆も同じように笑っていた。




