25話 愚かな考え オーエンSIDE
「オーエン殿下。シャルロット様がお会いしたいと、来ていらっしゃいますが……」
側近の報告に、ピクリと眉を動かしペンを止める。
(またか。あの性悪女め!)
「追い返せ! 会う気はないし、もう私に取り次ぐな!」
「かしこまりました」
側近に背を向けたまま吐き捨てるようにそう言うと、ペンを置き大きくため息を吐く。
(本当に恥知らずな女だ。化けの皮が剥がれたというのに、それでも私に会いに来るとは!)
あれからシャルロットの男性関係を調べたところ、五人の男と関係をもっていたことがわかった。検査の結果、妊娠は事実だったが父親が誰かわからない。
(本人は私の子だと言い張っているが、そんなの嘘だ! 私は彼女と最後まではしていない)
やはり私の運命の相手は、スカーレットだったのだ! もともと私は知性的な女性が好きだ。不吉な黒髪は嫌いだったが、彼女との婚約に乗り気ではあったのだ。
シャルロットにもそう言ったのに、「じゃあなぜ、わたくしと関係を持ったのか」とゴチャゴチャうるさい。妹と親密になったのはただ「スカーレットに嫉妬してもらいたかった」からなのに。
忙しいスカーレットの身代わり。ただそれだけ。あの姉妹は声が似ているから、目をつむればスカーレットが私に甘えているようで楽しかった。
まあ、たしかにシャルロットの豊満な体を楽しみはしたが、中身に興味はない。だいたい父親の侯爵が手を付けていいと言ったから、私も遠慮なく遊んだんだ。
(それを今さら、妻にしろとは。あんな頭空っぽの女にこの国の妃が務まるはずないだろう)
だいたい不正を働いた侯爵は信用ならない。きっとシャルロットなら自分の言いなりになるから、私の妃にしたいのだろう。陛下もこの機会に退位してくださればいいのに。
(きっとスカーレットと私なら、すぐにでも国を治めることができたはずだ。彼女は聖女として国民に人気があるし、私だって能力はある)
それなのに、スカーレットは隣国カリエントの王子と婚約してしまった。
「シモンめ……!」
きっと純粋なスカーレットは、シモンに言いくるめられたのだろう。もともと権力欲がある女ではない。世間知らずな彼女は、まんまと悪い男に騙されてしまったのだ。
「クソッ! なぜあの時、シモンの婚約者のことを思い出さなかったんだ!」
今思い返してみても、悔しい。あの時は混乱していて、シモンにはカリエントに婚約者がいるということをすっかり忘れていた。認めるのは癪だが、ヤツの威圧感で頭が真っ白になって気づかなかった。
(どうにかスカーレットを取り戻す方法はないだろうか……)
彼らが国を去ってからすぐに婚約者の存在を思い出した私は、すぐにスカーレットに手紙を出した。まだ書類上は私の婚約者であること、シモンには婚約者がいるのだから二重婚約にあたること。
(そのうえ寛大にも、勝手に国を出たことを許してやると伝えたのに!)
返事を書いてきたのは、シモンだった。きっとスカーレットに手紙も見せていないのだろう。
「スカーレットの貴族籍が抜けているので、書類は自動的に無効になっている」「婚約者はいない」と短い手紙をよこし、その上すぐにカリエントの国中に婚約の発表をしたらしい。
きっとこの国でしていたみたいに、スカーレットを聖女に仕立て上げたのだろう。そうすれば王族の人気は高まるからな。
「きっとカリエントで肩身が狭い思いをしているのだろうな。かわいそうに」
スカーレットのあの不吉な黒髪。そしてもともといたシモンの婚約者を追い出す形で結婚となると、かなり憎まれているはずだ。
「かわいそうなスカーレットだ。早く私が救ってあげなくては……」
まだ二人は結婚はしていない。なにやら魔術で婚約契約をしたらしいが、そんなの嘘だろう。魔力がない我が国を騙すには、魔術は言い訳にちょうどいい。
苦々しい気持ちで二人のことを考えていると、ふとある案が頭に浮かんだ。
(そうだ! 直接スカーレットを迎えにいこう!)
いい思いつきだ。きっと今頃スカーレットは周囲に認められず虐められ、この国に帰りたくなっているはず。迎えに行けば、さぞや喜ぶだろう。
私は久しぶりに心が浮き立ち、早速予定を立てようと立ち上がる。すると同時に部屋の扉が乱暴に開き、宰相があわてて入ってきた。
「で、殿下! 城に民衆が集まってきて、暴動が起こっております!」
「なんだと! なにが起きたんだ!」
(騎士団はなにをしているのだ。いや、その騎士たちも戸惑うほど、民衆が集まっているということか?)
「それが『聖女様をなぜ追い出したんだ! オーエン殿下をひっ捕らえろ!』と叫んでいるのです。殿下、万が一のことがありますので奥の部屋に行きましょう!」
「私を狙っているのか!?」
にわかに信じられない気持ちでいると、サッと護衛が私のまわりを囲んだ。そして宰相に押されるように、執務室を追い出される。無事奥の部屋に着いたが、まったく意味がわからない。なぜ民衆たちが私に対して怒りを向けるのか。
すると青ざめた宰相が、言いにくそうに説明し始めた。
「スカーレット様の聖女の力が、国民の間で噂になっているのです。それだけならまだしも、オーエン殿下が彼女を虐待した後、妹に心変わりし、国から追い出したという話が広まっておりまして……」
「私は虐待などしていないぞ!」
「わかっております。しかしスカーレット様はだいぶお痩せになっておられて、痣がたくさんあったそうです。直接見た者が王宮内にもいますから、それで一気に噂が広まって止めようがないのです」
「クソッ! ふざけるな! それなら王宮内で噂を広めたやつを捕まえろ!」
怒りで口汚い言葉が勝手に出てくる。スカーレットが痩せていたのは覚えているが、私が暴力をふるったことは一度もない。たしかに妹のシャルロットに心変わりした様に見えたかもしれないが、それは誤解だ!
私は近くにあった花瓶を叩きつけ、宰相に向かって叫んだ。
「早くこの騒ぎを止めろ! 私は無実なんだ!」
「そ、そうは言いましても! 国民は聖女を求めていますから、スカーレット様が姿を見せないかぎりは納得しないでしょう」
オドオドとした宰相の態度に苛立っていたが、その言葉に霧が晴れたようにパアッと気持ちが明るくなっていく。
「ならちょうどいい! 私がカリエントまでスカーレットを迎えに行こう! それなら解決するし、彼女にすべて誤解だと説明させればいい」
(この騒ぎを知ったら彼女は喜んで帰ってくるぞ。なにせ聖女の真似事が好きだからな。これこそ神の導きだ!)
興奮した私がそう言うと、なぜか宰相は気まずそうにしている。そしてモジモジと言いにくそうな顔で口を開いた。
「そ、それが、今朝カリエントから書簡が届きまして。スカーレット様への面会目的での入国を禁じるとのことです」
「なんだと! まさかシモンか!」
あいつには陛下の不正という弱みを握られている。それにスカーレットとの間で起こった内情を暴露されたら、それこそ国民の怒りが爆発してしまうだろう。
「シモンめ。徹底的に私の邪魔をするつもりか!」
私は目についた物を手当り次第投げつけ、怒りを発散させる。もともと私はあの男が大嫌いだった。大国カリエントという、我が国より影響力が強い王子というだけじゃない。
人目を引く容姿。男らしい体格。令嬢たちは夜会に彼が現れれば、列を作るように話しかけるのだ。そのうえスカーレットにまで目をつけ、さらっていくとは!
(どうせあいつも彼女を聖女として利用するつもりなんだ。私とは違う!)
私は別に彼女が聖女じゃなくても良かった。知性的だし顔立ちもいい。妃教育も文句も言わず従い、従順だ。欠点の黒髪だって私なら見逃してやった。
(そもそもあの婚約破棄だって、侯爵がそそのかしたのだ!)
スカーレットがあまりにも私に関心がないので、その文句を侯爵に言った時だ。別に本気で怒っているわけじゃない。どうせ私たちが結婚することは決定している。
しかし何気なく言ったその言葉に、彼はニヤリと笑ってこう言った。
「それなら娘に婚約破棄をすると、言ってみてください。きっとスカーレットは殿下にすがってきますよ」
最初はそんな馬鹿げたことをと断ったが、侯爵が熱心に「娘は忙しくて殿下の気持ちに気づいていない」だの「子供の頃から困ったことが起こらないとわからない性分だ」と言うので、つい耳を傾けてしまった。
(たしかに浮気のような態度くらいでは、スカーレットは本気だとは思わないのだろう。いつも冷静な彼女を驚かせ、私との結婚がどれほど大事なのか思い知ればいい)
しかしその考えはあまりにも浅はかだった。そんな私の行動の隙をシモンは狙っていて、スカーレットを奪われた。残ったのは男遊びをするシャルロットだけ。
社交界でこの醜聞が広まったせいで、どの貴族たちも自分の娘を私と関わらせようとしない。いい笑い者だ。
「クソ!」
(私はあの親子に騙されたのだ! 私は悪くない! 悪いのはあの二人だ! それなのになぜ私が悪者になっているのだ!)
壊す物すらもうこの部屋にはなく、私は力任せに椅子を蹴り倒した。ハアハアと息を荒げ、肩を震わせていると、背後から震える宰相の声が聞こえてきた。
「あ、あの、で、殿下、新しい聖女を作るというのはどうでしょうか? 彼らは聖女が国を去ったことで、恐ろしいことが起こると不安なのです。きっと新たに聖女が現れたら安心するでしょう」
「なに……?」
ゆらりと体を起こし振り返ると、宰相はビクリと肩を震わせた。まるでネズミのようにチョロチョロとその場で足踏みをし、私の反応を待っている。
(そうか、悪者はシャルロットに代わってもらえばいい……)
彼女を聖女にして、この暴動を抑えよう。きっとあの女なら嬉々として受け入れるはずだ。
「宰相、陛下に面会の申し込みをしてくれ。それにシャルロットと侯爵も呼べ。今すぐにだ!」
結界があるかなんて知らない。スカーレットの怪我を癒す力が本物かなんてわからないが、必要なら金で人を雇って嘘の噂を流せばいい。
それに偽物だと知られたところで、「侯爵家が王家を騙した」と言えばいいじゃないか。
「あの親子に罰を与えねばな……」
私は乱れた髪を整えそう呟くと、ニヤリと笑った。




