26話 新しい聖女 シャルロットSIDE
「お父様! ようやくこれで私も王妃になれますわ!」
「ああ、そうだな。スカーレットのせいでどうなることかと思ったが、オーエン殿下もおまえの魅力に抗えなかったのだろう」
「ふふ。当然です」
聖女任命の話し合いを終え、私はお父様と久しぶりに心穏やかな時間を過ごしていた。
「それにしても突然呼び出された時は何事かと思ったが、シャルロットが聖女の役目をもらうとはな」
「ええ。わたくしも驚きましたが、お姉様ができたのですもの。わたくしならもっと上手にやれるわ」
「ああ、そうだ。おまえなら皆が羨むような聖女になれるぞ」
二人で顔を見合わせにんまり笑うと、私はお茶を一口飲んだ。美味しい。このところオーエン様に冷たくされて、お茶すら満足に味わっていなかった。
(まったく! あの女のせいで私は社交界の笑い者よ。淫乱だの男好きだのと嫌な噂ばかり! 本当にみんな意地悪!)
それでもこれで元通りだわ。ううん、それ以上ね。オーエン殿下と結婚すれば、あざ笑っていた人達は私に頭を下げることになる。
「ふふ。楽しみだわ」
私はもう一度お茶を口にすると、ふうっと安堵のため息をついた。
(でも唯一の不満は、しばらく教会に住めと言われたことね。お姉様、ううん、スカーレットがいなくなったことで、馬鹿な民衆達が騒ぎ出したから、それを止めなくちゃいけないみたい)
聖女として最初の仕事らしい。でもこの騒ぎをうまく治めれば、オーエン様は私と結婚すると言っていた。どうせ私が聖女だと宣言したら、みんな喜んでくれるだろう。怒りなんてすぐ治まるわ。
そんなことを考えていると、支度を終えた侍女が私を呼びに来た。
「シャルロット様、馬車の準備が整いました」
「わかったわ。じゃあお父様、聖女の務めを果たしてきます」
「ああ、おまえならできるよ。自慢の娘だ」
優しいお父様に挨拶をし、私は馬車に乗り込んだ。馬車は聖女専用のものがあるらしく、内装も豪華だった。国が用意したものだからか、侯爵家の馬車より高価で、私は一人になったとたんチッと舌打ちをする。
(本当にあの女は生意気ね。たかが教会で祈る役目だけで、こんな特別扱いされてたなんて)
ここ最近はスカーレットが聖女の力で怪我を治したとうるさかったけど、きっとシモン様の仕業ね。あの人はずる賢いから、嘘の噂を流したんだわ。
カタカタと揺れる馬車の中、私はあの二人のことを思い出す。ベッタリとくっついて、さも相思相愛のように見せかけていたけれど、あんなの演技に決まってる。
スカーレットはシモン様に愛されてるとでも思っているのかしら? それなら本当の馬鹿ね。聖女として利用されるだけなのに。
幼い頃から私はスカーレットが大嫌いだった。だってお母様がずっと「スカーレットは悪女の血をひいている」と言っていたから、そうなんだと思う。お母様はスカーレットの母親にお父様を取られたと、いつも恨み言を言っていた。
「あの女が死んだのは天罰よ! だからあの女の娘のスカーレットが聖女なんて嘘なの。そんなのあるわけない。きっとお父様が陛下に取り入るために、あの子を利用しているのよ」
実際にお父様が本当に愛しているのは、私たち親子だった。当然よね。あの薄気味悪い黒髪に、痩せこけた魅力のない体。オーエン様だって婚約者のスカーレットより、私を選んだもの。
(聖女も私が奪ったし、これでお母様も大喜びするわ!)
私はフフンと鼻で笑うと、馬車を降りた。教会には一度も来たことはなかったけど、平民も訪れるせいか、臭い匂いがする。
(なにこの匂い! こんな所に住めというの? もう王宮に帰りたいわ!)
とたんに気持ちが悪くなった私は、ハンカチで口元を押さえ、急ぎ足で歩きだす。すると突然、後ろからグイッと誰かに服を引っ張られた。
「聖女様! この怪我を治してください!」
「あなた、新しい聖女よね? うちの息子の熱が下がらないの! 助けて!」
「おい! 俺のほうが先に待ってたんだぞ! 俺の娘を治してもらうのが先だ!」
「なによ! 私の息子のほうが重病なのよ!」
馬車から一歩踏み出したとたん、私を襲ったのはたくさんの人達の怒声だった。興奮してお互いを罵り合い、私に病を治してもらおうと揉み合っている。
(なに? この薄汚い人たち。貴族に対する言葉遣いもなってないし、まともなドレスも買えないのかしら。こんな人達の相手をしないといけないなんて、本当に聖女は損な役回りね)
殿下は早速、私という新しい聖女が誕生したことを発表したみたいだ。きっと王宮に集まっていた人達に、教会に行けと伝えたのだろう。どうりで馬車の準備に時間がかかっていると思った。
(オーエン様ひどいわ! 私にこんな汚い平民の相手をさせるなんて!)
それでもやらないといけない。これも私が王妃になるためだもの。
私は我も我もと差し出してくる手を払い除けたい気持ちをぐっとこらえる。そしてにっこりと微笑み、集まった者たちに話しかけた。
「わかりましたわ。ではこれから教会で神に祈りを捧げてまいります」
これだけ言えば十分よね。そう思ってさっさと教会に入ろうとすると、周囲の者たちはキョトンとした顔をしている。そして私の前に立ちはだかり、文句を言い始めた。
「待ってください。スカーレット様は怪我に手を当てて治したんですよ?」
「そうよ! 聖女様の体が光って、骨折が治ったのよ!」
「それにスカーレット様はもっと優しかったぞ。彼女ならすぐに治してくれたはずだ!」
「あなたはここで治せないのですか?」
集まった者達から次々と不満の言葉が出てきて、私は思わずキッと彼らを睨みつける。
(私とあの女を比べないでほしいわ! これじゃまるで私が偽物扱いじゃないの!)
私は今まで感じたことがない、心の底から突き上げてくるような怒りを感じる。スカーレットと比べられるのは本当にイライラするわ。
あの女だって別に能力があったわけじゃない! 周りの人達が彼女を利用して、良い噂を流しただけなのに! 馬鹿な平民達はそれを信じ切っているのだわ。
(どちらが立場が上かわからせてあげるわ!)
私は目の前にいる子供を抱えた女を睨みつける。しょせん平民だ。貴族の私に真正面から見られたら、すぐにオドオドとし始めた。
「あなた、わたくしはいずれオーエン殿下の妃になる者ですよ。平民の分際で、聖女のわたくしに文句を言うのですか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
私の言葉に目を丸くして驚いた女は、あわてて後ろに下がっていく。他の者も同じだ。私がチラリと目線を動かすと、すぐさま道を開け逃げていく。
(平民相手に馬鹿馬鹿しい。早くこうすれば良かった)
私はフンと鼻を鳴らし、彼らに背を向けた。
「わたくしが教会で祈ることで、結界ができるのです。すぐに病も治りますし、あらゆる災害から国を守りますわ。ではわたくしは忙しいので」
「あっ! 聖女様!」
彼らの私を止める声が聞こえたけど、どうでもいいわ。病気がなんだっていうの? この国は気候も良くて、病気にもかからない平和な国。私だって熱にかかったこともないもの。
それに平民の一人や二人、死んだってどうってことないじゃない。馬鹿馬鹿しい。後ろからは「聖女様!」と呼ぶ声が聞こえるけど、私は一度も振り返ることはなかった。
そのまま急いで教会に入ると、そこに待っていたのは司教だった。でっぷりと太って、顔も油ぎっていて気持ち悪い。そのうえ私にスカーレットへの文句を言ってきたり、これからのことを命令してくるじゃないの。
(なんなのかしら? 教会なんて嘘つきの集まりじゃない。聖女なんていないのに、王家からお金を貰っているのよね。オーエン様が文句を言ってたから覚えてるわ)
きっとスカーレットは彼らに下手に出てたのだろう。そんなことをするから、平民や教会がつけあがるのよ。私は心底馬鹿にした表情で司教様を見ると、フンと鼻を鳴らした。
「わたくしはスカーレットじゃありませんわ! 正統な侯爵家の娘で、オーエン殿下の妃になるのですよ。口の聞き方がなってません!」
私の言葉に司教はパクパクと口を開けている。しばらくは顔を真っ赤にしなにか言いたそうにしていたけれど、態度を変えない私を見てあきらめたようだ。近くにいる者に怒鳴り散らすと、どこかに行ってしまった。
「あ、あの、新しい聖女様。お部屋にご案内します」
「わたくしにふさわしいお部屋じゃなかったら、陛下に言いつけますわ。一番豪華な部屋にしなさい。わかったわね」
「ひっ! は、はい!」
怪我をした男が、私をチラチラと見ながら部屋に案内する。最上級の客室らしいけど、王宮の部屋とは比べ物にならない。私が男をジロリと睨むと、「ほ、本当にここが一番良いお部屋です!」と言って逃げてしまった。
「そうだわ! オーエン様に手紙を書かなくちゃ!」
教会での待遇よりも、早く王宮に帰れるよう頑張ったほうがましね。
私は早速、聖女として民衆の暴動を収めたことを報告するため、手紙を書き始めた。他にも殿下にはお願いごとがある。シモン様がしたように、私が有能だというふうに噂を流してもらわなくては。
「お腹にいるあなたの子が、会いたがっております。愛を込めて。これでいいわね!」
すぐに手紙を出し、私はそのまま優雅にお茶をすることにした。ここでやることなんて、ひとつもない。ただ聖女として教会にいれば、みんな安心するはずだわ。
(あとはオーエン様が私を迎えにくるのを待っていよう)
私はそう考えて、砂糖をたっぷり入れた甘いお茶を飲んだ。
それなのに。オーエン様からは手紙の返事がまったく来ない。聞けばもう教会に人が集まっている様子はないというのに、なぜなのかしら? 苛立った私がもう一度手紙を送るけれど、やはり殿下からの返事はもちろん、言付けさえもなかった。




