23話 本当の誓い
「本当だわ。黒かったはずなのに……」
肩にかかる髪を一房手にとって見ると、あんなに黒かった髪がキラキラと光る「銀髪」に変わっている。
「いつの間にこんな髪色になったのかしら?」
不思議に思って首をかしげていると、シモン様がしばらく考えた後、その問いに答えてくれた。
「おそらく、本来の治癒の能力を使ったから、魔力の巡りが良くなったのだろう。君の叔母上に聞いたところによると、産まれてすぐは黒髪じゃなかったらしい」
「そうだったのですか……あっ! そ、そうだわ! 叔母様は今どこに!」
なんてことだ! 急な展開で母国シャリモンドを出ることになったので、すっかり叔母様のことを忘れていた! すぐに髪色よりも、叔母の安否のことで頭がいっぱいになる。
(まさかシャリモンドに置いてきてしまった? もしそうなら、王族や侯爵家に嫌がらせをされるかもしれないわ! 助けにいかなきゃ!)
私があわてふためいていると、シモン様は安心させるようににっこり微笑む。
「大丈夫だ。実は君より先に、カリエントに向けて出発してもらっていたんだ。しかし私たちが転移で帰国したから、先に着いてしまったな。数日で国境を越えるだろうから、連絡が来たら転移で迎えに行こう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
(良かった! あの国で私を支えてくれた唯一の人だもの。これもすべてシモン様のおかげだわ……)
本当に私一人では、シャリモンド国を脱出することはできなかっただろう。私がホッと胸をなでおろすと、話を聞いていたカリナ様が口を開いた。
「数日後に到着なら、ちょうど良かったですわ。実は本日、学者達からあと十日ほどで嵐が来ると報告がありました。森でも鳥たちが北に逃げたようですし、今回はかなり規模が大きいみたいです」
「まあ! 嵐が!」
「ええ。でも対策を取る時間はありますし、毎年のことですから心配はいりませんわ」
聞くと、この国では学者たちが天候を熱心に研究し、嵐の時期や進行方向を予測できるらしい。そのうえ地質学者が長年調査し、地盤の緩い土地への建築を許可しなかったりと対策は十分だそうだ。
「ですから、ここ五年は死者や大きな被害は出ておりません。時おり、暴風で飛んできた物で民家が壊れることはありますが、そういった被害には補助金を出しております」
「すごいですね……」
国に結界がないぶん、知識を使って災害を未然に防いでいるなんて。それに万が一被害があっても保障されるなら、国民はきっと安心して嵐に対処できるはずだ。そしてその安心感は、王家への信頼につながっていく。
(これが本来の王族のあり方よね。贅沢三昧ではなく、国民を思ってお金を使ってる)
自分が生まれ育ったシャリモンド国を考えると、比べるのもおこがましいくらいだ。カリエントの国王は、本当に素晴らしい。しみじみ「こちらに来て良かった」と考えていると、カリナ様がふふっと笑って話を続けた。
「実はこういった災害への取り組みは、シモンが提案して動いているんですよ」
「えっ! そうなんですか!」
てっきりカリエントの陛下が主導しているのかと思っていた。シモン様はまだ若い。五年前から災害が減っているということは、それよりもっと前から調査を始めないと結果が出ていないだろう。
「いったい、いつ頃からされているのですか?」
「シモンが十歳の頃ですわ。その頃お忍びでよく他国に行っていたのですが、ある国から帰国したとたん張り切りはじめたのです」
「十歳!」
私が驚いて振り返ると、シモン様はなんでもない様な顔で微笑んでいる。するとそんな態度を見てカリナ様はニヤリと笑い、シモン様をからかい始めた。
「な~にを格好つけているのです。シモンはスカーレット様が聖女として結界を守っているのを見て、自分も国のために頑張りたいと陛下にお願いしたのですよ」
「え? わたくし?」
「カ、カリナ!」
シモン様はあわててカリナ様の口をふさごうと飛びかかったけど、彼女は私を盾にするように背中に回り込む。そしてクスクス笑いながら、過去のシモン様の行動を暴露し始めた。
「実は今回留学と称してシャリモンド国に行きましたのも、スカーレット様が冷遇されているという情報をつかんだからなんですよ! それで居ても立ってもいられないシモンは、聖女救出作戦に出たのです」
「えっ! そうなのですか?」
「はい。だってシモンの初恋は、スカーレット様なんですから」
「カリナ!」
大声でカリナ様を止めるシモン様の顔は、耳まで真っ赤だ。しかもさっきの言葉を否定することもなく、そっぽを向いて黙っている。
(本当に? 本当にシモン様の初恋が私なの? でも私達、会ったことはなかったと思うのだけど……)
信じられないという気持ちでぼうっとしていると、カリナ様が私の肩にそっとふれた。
「ではわたくしは、お二人のことを両陛下に報告してきますわ。その後はお部屋の準備をしてきますので、しばらくお二人でゆっくりお過ごしくださいませ」
そう言ってカリナ様は部屋から出て行った。残ったのは、私とシモン様だけ。彼はさっきからなにも喋らず、私と目を合わせようとしない。それでもその理由はわかっている。
(少しは彼に愛されてるって、自惚れてもいいかしら……)
私はゆっくりとシモン様に近寄り、勇気を出して彼の手を握った。
「以前、シャリモンド国に来たことがあったのですか?」
握り返されたシモン様の大きな手は温かくて、私は自然と彼の肩に寄り掛かる。もっと近づきたい。もっとお互いの熱を感じたい。普段ならはしたないと否定する気持ちも、この人の前では当たり前のように思えてくるから不思議だ。
でもそれは彼も同じだったみたい。私たちの指はお互いの隙間をなくすように、ピッタリとからまっていく。
「……ああ、十歳の頃だ。身分を隠し商人として他国の視察をしていたのだが、その時に君を教会で見たんだ」
そう言って振り返ったシモン様の顔はまだほんのり赤く、照れくさそうに私を見ている。
「ちょうどシャリモンドで聖女が現れたという噂が耳に入ってね。あの国に結界があるのは知っていたが、長年聖女はいなかった。しかもシャリモンドには我が国と違って、魔力のある人はいない。だから君に興味が湧いたんだ」
話しながら手を引っ張られ、私たちは長椅子に座る。私は離れているほうが変な気持ちになって、そのまま彼の肩に頭をあずけた。
「最初は結界が見えなかったんだ。それで思った。なるほど、聖女は国民を安心させるための象徴で、作り話なんだと。それなのに君が教会に入ってしばらく経つと、空からキラキラした金色の光が降り始めた」
「王宮で話していた『結界を最初に見た時』というのは、十歳の出来事だったのですか?」
ランディという男性の怪我を治した時に、シモン様は確かにそう言っていた。てっきり今回の留学で来た時の話だと思っていたのだけど、違ったみたいだ。彼はその指摘にクスッと笑っている。
「ああ、そうなんだ。その光景が忘れられなくてね。幼い私は君をもう一度見るために、教会の外で待っていた。出てきた君を見た時、驚いたよ。真っ青な顔でフラフラと歩いているのに、誰も助けようとしない光景に怒りすら覚えた」
「シモン様……」
当時の気持ちを思い出しているのか、彼は悲しそうな顔で私の肩を抱き寄せる。
「それでも同じ年頃の少女が、国のために身を捧げているのを見て衝撃を受けた。その頃の私といったら、我儘で世間知らずな子供だったからね」
「今のシモン様からは想像もできないですけど……」
「そうか? でも本当だ。災害のことも自分は王宮の奥深くにいるから、気にしたこともなかった。考えるのは遊ぶことだけ。視察も旅行気分だった」
シモン様は眉を下げ気まずそうに笑うと、また話を続ける。
「それから私は聖女について調べるようになってね。それで君の能力が結界ではなく治癒だとわかった。しかも違う能力を使うとかなり体を消耗して衰弱していくと。それで私はシャリモンドの陛下宛てに忠告の手紙を送ったんだ」
「え? そうなのですか?」
シモン様がそんなことをしてくれていたなんて! 話したこともない私のために、一国の王に手紙を出すのは許可を取るのも大変だっただろう。
「もちろん自分の身分は明かしたよ。そしてシャリモンドの陛下からは「忠告感謝する」という返事が届いた。しかし――」
そこまで言うと、シモン様はそっと私の頬を大きな手で包み込んだ。慈しむように優しくふれるその手は、私のこけた頬をじんわりと温めていく。
そんな手紙が来ていたことは、陛下から一度も聞いたことがなかった。どうせあの方のことだ。大国カリエントの王子からとはいえ、未成年からの手紙を本気にしていなかったのだろう。
(きっとそんな手紙があったことも忘れているはず……)
今さらだけど母国への失望が止まらない。私が「はあ……」と大きくため息を吐くと、シモン様は慰めるように私の頭を優しくなでた。
「数年後、君が痩せ細っていると報告があった時は苦しかったよ。しかも婚約者からは冷遇されているという。だからどんな手を使ってでも、君を救い出そうと考えたんだ」
「では今回の留学は……」
シモン様は私の問いに無言でうなずいた。少し照れているけれど、その姿が私にはよけいに愛おしくて、目の奥が熱くなっていく。
「しかし婚約のことは謝りたい。あれは君の傷ついた心につけ込んだ契約だ。考える暇も冷静になる間も与えず、君に婚約を持ちかけた。本当に悪かったと思っている」
「そんな! そんなことありませんわ! あの時はわたくしだって、シモン様の提案が必要だったんです!」
あれは納得して決めたことだ。私を虐げた人に復讐するため、半ばシモン様を利用したといっても過言ではない。それなのに彼は「そんなことないよ」と言って否定する。
「スカーレット。君は聖女だ。だけど私が心から愛しているのは、君の心の清らかさだ。聖女だから好きになったわけじゃない」
そう言うとシモン様は椅子から降り、私の前にひざまずいた。そして私の手をとると、美しい宝石のような瞳で私を見つめる。
「スカーレット。君は幼い頃から私の憧れだった。その気持ちは、今では愛に変わっている。だからもう一度言わせてくれ」
喉の奥が苦しい。何か言いたくても言えなくて。涙があふれ、止めることができない。そんな私の震える手を、シモン様はぎゅっと握った。
「私と結婚してほしい」
「はい! シモン様……!」
シモン様の愛の言葉に、私は弾かれたように彼に抱きついた。厳しい妃教育を受けた私には大胆ではしたなく思えるけど、胸の奥から湧き出る衝動を抑えることができなかった。
「これで私がスカーレットのことだけを、愛しているとわかってくれたかい?」
「はい。もう十分に……」
そう返事をし、私は少しだけ体を離し顔を上げた。こぼれる涙はシモン様が拭ってくれている。私はすうっと深呼吸をし、今の素直な気持ちを言葉にした。
「わたくしも、シモン様を愛していますわ。側室の末席でもいいから妻にしてほしい、と願うほどに」
ふふっと微笑んでそう言うと、シモン様は目を丸くし、同じように笑顔になった。そのまま私たちの視線は絡み合い、自然と顔が近づいていく。そしてあと少しで隙間がなくなるというその時、耳元で甘い囁きが聞こえてきた。
「スカーレット、愛している」
「わたくしも」という言葉は、シモン様の唇にふさがれ言えなかった。それでもきっと口にしなくても、伝わったはずだ。初めてするお互いを求め合うようなキスは、それだけで彼の愛が伝わってくるのだから。
……とはいえ、少し伝えすぎたかもしれない。
お互いしか見えていなかった私たちは、あわてて会いにきた陛下やカリナ様の存在に気づかなかった。最終的に「え~コホンコホン」という陛下の大げさな咳払いで、私はシモン様を突き飛ばすように立ち上がり、ひたすら謝罪することになったのだった。




