21話 スカーレットの覚醒
(えっ! 体が金色に光ってる!)
しかし驚いたのも束の間、その淡い黄金色の光はふわりと霧が晴れるように消えていった。そしてすぐにランディの大声がその場に響き渡る。
「うわ! け、怪我が治ってる!」
「えっ?」
信じられないといった表情で、ランディは自分の腕を高く上げた。そしてまわりの人達に見せつけるようにブンブンと振り回す。
「ほら! みんな見てくれ! 痣も消えたし、さっきまでの痛みもない! 腫れも治まっているぞ!」
「す、すごい! 聖女様の力だ!」
「スカーレット様のおかげよ!」
わああ! と今までとは段違いに騒ぎ出し、皆が私の名を叫び出す。しかもさっきより人が集まっていて、警備の騎士たちにも手が負えないようだ。王宮から駆けつけた人達は呆然とした表情でこっちを見ているけれど、私だってなにが起こったのかわからない。
(本当にあの傷は私が治したのかしら? 光ったのは見えたけど、あれが聖女の力?)
今までは教会の魔道具に魔力を注いで、結界を修復していた。その時だって光ったことはない。それに一度だって誰かの傷を癒したことはないのだ。
(これで他の人達まで怪我を治してくれって集まったらどうしよう。嘘つきだと思われてしまうわ)
そんな不安で怖くなっていると、シモン様がポンと私の肩を叩いた。
「君の本来の力が覚醒したな」
「え? わたくしの本来の力?」
シモン様はさっきの光のことも知っているのだろうか。誰もが大騒ぎしているこの場で、彼ひとりだけが落ち着いた表情で私を見ている。
「ああ、さっきランディが骨折も二日で治ると言っていただろう? あれは他の国ではありえないのだ。たいていひと月以上は治療が必要なのだが、この国ではすぐに治っていた。それがどうしてかわかるか?」
「……いいえ」
たしかにこの国は災害も発生しないが、病気や怪我の報告も少ない。そのせいか他国では多くいる医者も病院もほとんどなくて、陛下はそれが自慢だと言っていた。
この国だけが怪我の治りが早い。そう言われても私には理由がまったく思い浮かばず、首をかしげるだけだ。するとシモン様はクスッと笑って、私の頬にふれた。
「それは君の治癒の力のおかげなんだよ、スカーレット。君が毎日結界に聖女の魔力を注いでいたから、治癒の力が空から降り注いでいたんだ」
「わ、わたくしの治癒の力が結界に?」
にわかには信じられず、私はパチパチと瞬きをする。そんな私がおかしいのかシモン様は「本当になにも知らなかったんだね」と言って笑った。
「カリエント国の古い文献には、聖女についてこう書いてある。治癒の力を持つ聖女の魔力の色は、黄金色。私が初めてこの国に来た時は驚いたよ。結界からキラキラした金色の魔力の粒が降っているのだから」
「シモン様にも結界が見えるのですか?」
「ああ、薄っすらとだが見えるよ。だがカリエントでも魔力量の多い私くらいだろうな。そもそも結界は昔の聖女が作ったものだから、死んでしまうと同じ聖女以外は見えないらしい。魔力の多い私は、君の魔力が混じっている結界だから見えるのだろうね。そういった事はこの国では教えてもらっていないのかい?」
「初めて聞きました……」
カリエントに残っているくらいだから、きっとこの国にも聖女に関する文献はあると思う。だけどきっと陛下や司教様は興味がなかったのだろう。一度もそんな話を聞いたことはなかった。
「本来の君の力は治癒であって、結界に使うべきじゃないんだ。だから相当苦しかったと思うよ」
「……はい。幼い頃はよく倒れていました」
「そうか……。だが治癒の力をさっき使ったが、今の体調はどうだ?」
そう言われて初めて自分の体を動かしてみると、やけに体が軽く感じる。いや、聖女として働いてから、こんなに体調が良いのは初めてかもしれない。
「むしろさっきより気分が良いです。それに――あっ! 見てください! これ!」
「ほう……、消えているな」
私の腕から、いくつもあった青い痣が消えている。ランディたちに見せたばかりだから、たしかに少し前まであったはず。それなのに今は綺麗に消え、そのうえ血色も良くなっていた。
「ふむ。これなら国境を出たら、すぐに転移でカリエントに帰れそうだな」
「そ、そんなすごい魔術も使えるのですか!」
妃教育でカリエントの王族は魔術に長けているとは聞いていたけれど、人が瞬時に移動できる魔術なんて夢物語だと思っていた。
「魔力量が多くないと発動しないから、この魔術は俺だけだ。消耗も激しいから頻繁にはできないしな。それにスカーレットに治癒の能力があるという噂はあっという間に広がるだろう。すぐにでも国に帰らないと、大変なことになるぞ」
「でもまだ結界があるので、怪我人はいないのでは?」
もちろんこの国を早く出たいけど、転移の魔術は体力の消耗が激しいみたいだ。それなら馬車でいいのにと思って提案したのだけど、シモン様は呆れたように私の頬をふにっとつまんだ。
「屋敷でも言っただろう? 君の力は国を出たとたん各国が攫おうとするほど、とてつもないものなんだって。治癒の能力などみんな欲しがるんだ。それに君たちは気づいていないが、たくさんの国の者が身分を隠してこの国に入るんだよ」
「そ、そうなのですか」
「ああ、だから陛下たちのことを『平和ぼけしている連中』と言ったんだ」
そう言うとシモン様は軽く手を上げ、どこかに目配せをした。すると今までどこに隠れていたのか、シモン様のお付きの人が私たちのもとに駆け寄ってきた。
「ほらね。まだ他にもいるから、ランディ達の移住に関しては彼らに任せよう。私たちはこのまま国を出るよ」
「は、はい!」
シモン様に背中を押され、私たちはそっと王宮を抜け出した。騎士たちも騒ぐ民衆を制圧するので手一杯で、私たちが出て行ったことにも気づかない。
「さあ、ここから国境までは馬車だ。疲れただろう。少し眠るといい」
「……はい。でも気持ちが高ぶっていて、眠れそうにないですわ。それに……あっ!」
「どうした!」
突然、体にピリッとした痛みが走り、うずくまる。すぐにそれは過ぎ去ったが、不思議と何が起こったかわかった。私は空を見上げ、物悲しい気持ちで呟いた。
「結界が壊れ始めましたわ……」
薄い透明の膜にヒビが入っている。そしてパラパラとその欠片が剥がれていくのが見えた。
「……本当だな。急ごう」
「はい」
私たちはすぐさま馬車に乗り込み、国境まで急いだ。時々馬車の窓から空を見上げると、少しずつ結界が壊れていく様が見え、気持ちが落ち着かない。
「結界が壊れたら、国境を出なくても転移できそうだ」
国の中心にある王都から国境までは三日ほどかかる。たしかにこの様子では予想以上に早く結界が壊れそうだ。そう思って空を見上げると、ピシッと大きな亀裂が入った。
「あっ! もう壊れます!」
「そうか! では馬車を降りて転移で帰るぞ」
「はい!」
急いで外に出ると、頭上でパアンと結界が割れる音がした。私にだけ聞こえる音。この国が崩壊に向かう始まりの音だ。
私はしばらく空を見上げ、大きく息を吸った。そして王宮がある方向に視線を動かす。
(さようなら。みなさん。次に会う時はわたくしにひざまずいて下さいね)
「行くぞ。しっかり俺につかまっていてくれ」
「はい!」
あの人たちに思いを馳せている時間はない。私は目をぎゅっとつむって、シモン様の体にしがみつく。すると私とシモン様のまわりをグルグルと魔力が回り始め、ふっと体が浮く感覚がした。
そして次の瞬間、ズンと体が地面に押し込まれるような重さを感じ、シモン様が口を開いた。
「着いたぞ。ここがカリエントの王宮だ」
(王宮! 王宮に転移したの?)
その言葉にあわてて目を開けたけど、シモン様に抱きしめられているので景色が見えない。すると背後から突然、女性の声が聞こえてきた。
「あら、シモン。あなたは私の婚約者なのに、なぜ女性を抱きしめているのかしら?」
不機嫌そうな女性の声に、私の心臓はバクンと跳ね上がる。
(婚約者! シモン様のこと、私の婚約者って言った? じゃあ、後ろにいる人は……)
「カリナじゃないか。どうしてここに?」
「あら、もちろんあなたが帰国するって手紙を送ってくるから、迎えに来たんじゃないの」
(手紙……シモン様は彼女と連絡を取り合っていたんだ……)
二人の会話に頭がついていかない。カリエントに婚約者がいると言っていたのは承知の上だ。それなのに二人が手紙のやり取りをしていたという事だけで、私の胸はカッと熱くなっていく。
「さあ、そろそろその女性の正体を教えてちょうだい。顔を見せてくださいな」
(私は悪女になるって決めたじゃない! スカーレット頑張りなさい!)
私はカリナというシモン様の婚約者の声に従い、ゆっくりと振り返った。




