20話 聖女の祈り
「聖女様! 」
「スカーレット様!」
「聖女様の追放、反対!」
遠目から見ても、五十人、いやそれ以上の人が王宮の門の前に集まっている。しかもなにやら興奮気味に叫んでいて、私は呆然としてその状況を見ていた。
(追放反対ってなにかしら? 私の噂が流れているの?)
「コラ! おまえら勝手に入ろうとするな!」
「何言ってるんだ! この国は聖女様の結界で守られているんだぞ! スカーレット様が出ていったらこの国は終わりだ!」
「そうよ! あんた達も贅沢三昧な王族の味方なの?」
何人かの男が王宮に入ってこようとし、それを警備の騎士が制圧しようとしている。それでも興奮した彼らは門を乗り越えようとし、最後には騎士に突き飛ばされてしまった。
「おや、なかなか派手にやってるようだね」
「……シモン様、これはいったい?」
動揺していないところを見ると、シモン様はこの騒動の理由を知っているみたいだ。気まずそうに笑いながら、私を見つめる。
「悪いね。忙しくてこっちの計画を話すのを忘れていたよ。実は私達がカリエントに帰国した後、王族や教会に『聖女は責務を放棄して逃亡した』と嘘の噂を立てられたら困ると思ってね。だから先手を打って『聖女はずっと王族に虐げられ、国から不当に追放されることになった』と噂を流しておいたんだ」
「いつの間にそんな事を……」
実際に噂を流したのはシモン様のお付きの人達だろうけど、本当に用意周到な人だ。きっと私一人だったらこんな事思いもつかない。私は起こるはずだった面倒事を回避できたことに、ホッと胸をなでおろした。
「私はこの国で遊んでいたわけじゃないよ? いろんな土地の様子を見てきたからね。今回は特に聖女信仰が厚い地域で噂を流したら、自然とこうなったというわけだ。驚かせてすまないね」
「いいえ! 実際に陛下達なら、そういう噂で民衆の心を操作すると思いますから。ありがとうございました」
民衆の間で広まったことは、それが事実じゃなくても後から誤解を解くのは難しい。シモン様がなにもしていなかったら、きっと私が逃げた先のカリエントに国民の敵意が向いていただろう。
(そうよ! 私はこれからカリエントの王族になるのよ! 守るべきはカリエントの国民。しっかりしなきゃ!)
「スカーレット、やることは理解できているかい?」
「ええ、最後にしっかりと演じてみせますわ」
「フッ……未来の王妃は頼もしいな」
私達は顔を見合わせ、うなずく。シモン様に説明されなくても、私は彼らの前で何をすればいいのかわかった。
「行こうか」
「はい」
私はそっと袖をまくり、シモン様の手を取った。さっきよりは少し弱々しい歩き方で、門に向かって歩いていく。すると私の姿を見つけた民衆達が、ワッとまた大きく騒ぎ始めた。
「聖女様だ!」
「スカーレット様! ご無事だったのですね!」
「本当にこの国を追い出されるのですか?」
口々に話し出す人達を見ると、たしかによく教会で見かけた顔ばかりだ。私は今初めて気がついたように驚き、ゆっくり彼らに近づいていく。途中騎士が止めようとしたけれどシモン様がそれを制止し、私は悲しそうな表情で集まった人達に話しかけた。
「まあ……皆さん。どうしてここへ? コホンコホン……」
ハンカチを取り出し口元を押さえ、少し咳をする。すると一人の男性が代表して話し始めた。
「聖女様! やはり体調が悪いのですね! そんなにお痩せになって……! それにその青あざはどうしたのですか!」
男のその言葉に、その場にいる全員が私の姿に注目した。さっきまくっておいた袖から、魔力の使いすぎでできた痣がいくつも見えている。
「ひどい! 聖女様をここまでいじめていたとは!」
「きっと神から天罰が起きるわよ!」
「司教様はいったい何をしていたんだ!」
前列にいる人達の声が、後ろにいる者達にも伝わっていく。同時に怒りや不安も伝染していき、すぐに門の前は大混乱になった。その騒ぎに王宮からたくさんの騎士達も駆けつけるが、なかなか収まらない。
上から押さえ込もうとしたって、王族側だと思われている騎士には無理だろう。逆効果だ。するとこの瞬間を見計らっていたシモン様が、よく通る声で叫んだ。
「静まれ!」
声に魔力が混じっているのだろう。騒いでいた人達だけじゃなく屈強な騎士すらもビクリと体をこわばらせ、辺りは一気に静かになった。
「皆の者。安心するがいい。この国に尽くしてきた聖女スカーレットは、私カリエントの第一王子が保護した」
「な、なに! カリエント国!」
「大国だぞ!」
「しかも王子様だって……」
民衆達が信じられないといった表情で、シモン様を見ている。私はスッと前に出て、これからの事を説明し始めた。
「皆さん、心配をおかけしてごめんなさいね。でも安心してください。わたくしはシモン様によって救われました。これからはカリエント国から皆様の幸せを祈りますわ」
ケホケホと咳込みながらそう話すと、集まった人達の顔に絶望の色が浮かんだ。
「そんな……それでは結界は……」
「これからこの国はどうなるんだ……」
聞こえてくるその言葉に、私は弱々しく微笑む。そして陛下達をひざまずかせるための、新しい種を蒔いた。
「でもわたくしは思うのです。陛下や司教様が本当に聖女の力を信じているのなら、きっと新しい聖女が降臨すると」
「新しい聖女様……?」
半信半疑の顔で見つめる人達を前に、私はゆっくりとうなずいた。
「ええ、残念ながらわたくしは、この国で必要ない存在だったようです。それでも陛下や司教様が心から求めたら、きっとこの国にふさわしい聖女が現れるはずですわ」
目に涙を浮かべそう言うと、集まった人達からも鼻をすする音が聞こえてくる。
「スカーレット様、私たちがお救いできなくて本当にごめんなさい」
「カリエント国に行っても、私達を忘れないでくださいね」
「王子様! スカーレット様を大切にしてください!」
必死に私の幸せを願う彼らの姿に、ズキンと胸が痛む。私は思いもよらなかった餞別の言葉に、そっと目を伏せた。
(みなさん……。私はあなた達国民を捨てて、幸せになろうとしているのに……)
その心の変化に、シモン様はすぐ気づいたようだ。私の肩を抱き、集まったみんなに話しかける。
「もちろんだ。必ず聖女スカーレットを幸せにすると約束しよう! だが、もし君たちがカリエント国に移住したいのなら、この場にいる者たちを優遇することができる」
カリエントは災害はあるが広い国土を持ち、豊かな国だ。しかも他国とも国交が盛んなため、珍しい物がたくさんある。閉鎖的な我が国の憧れといっても大げさではない。反面、移住希望者も多いため厳しい審査があるのだ。
そんな憧れの国に移住できる機会など、平民の彼らにはほとんどない。だからこそシモン殿下直々の移住許可に、その場にいた人らは皆、色めき立った。
「すごい!」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、しかしカリエントでは聖女に結界は作らせない。災害が発生する時もあるが、それでもいいと思う者だけだ」
シモン様の言葉に、一瞬その場が静まり返る。顔を見合わせボソボソと話し合う者もいたが、すぐに一人の男が手を挙げた。
「なんだ? 話を聞こう」
シモン様に発言を許されたその男は、最初に警備の騎士に突き飛ばされた人だった。もみ合った際に怪我をしたのだろう。腕に青黒い痣ができている。しかしそんな彼は平民ながらに堂々とした態度でその場にひざまずき、頭を下げた。
「正直な気持ちを言うと、俺は聖女様にはこの国に留まってもらいたいと思っていました。でもさっきスカーレット様の体にある痣を見て、心に決めました!」
顔を上げ真剣な顔で私を見つめる男の瞳には、うっすらと涙がにじんでいる。体つきも大きく屈強な彼が、まるで私にすがるように手を差し出した。
「聖女様を国の生贄にしてまで、平和に暮らしたくはありません! スカーレット様は今まで俺たちの生活を守ってくれた恩人です! 私はあなたと共に生きていきたいのです!」
男の決意した表情に、私の瞳からは自然と涙があふれる。周囲の人達も彼の決意に、ワアと歓声を上げ「私もです!」「俺も同じだ!」と叫び始めた。
(この国にも私のことを認めてくれている人はいたんだわ……)
大勢の人が男の意見に賛同し、私に感謝の気持ちを伝えてくる。その光景に胸の奥が熱くなり、私は気づくと男の前に座り目を合わせていた。
「ありがとう。あなたのお名前はなんと言うのですか?」
突然私と顔を突き合わせた彼は、目を丸くして驚いている。そして一気に顔を赤くすると、バランスを崩しドスンと尻もちをついた。
「ラ、ラ、ランディです!」
「そう、ランディというのね。本当にありがとう」
「い、いい、いえ! そ、そんな!」
男からはさっきまでの堂々とした態度が消え、ブンブンと顔を振って汗をかいている。私はクスッと笑うと、彼の腕に手を当てた。見るのも痛々しいほどに青黒くなり、腫れもひどい。もしかしたら骨が折れているかもしれない。
「わたくしのために怪我をしたのね。痛いでしょう?」
「だ、大丈夫です! 男ですから!」
「そう、でもこれは骨が折れているかもしれないわ」
「平気ですよ! 前も骨折しましたが、二日で治りましたから!」
ランディのその言葉に、後ろにいるシモン様が「やはりか……」と呟く声が聞こえた。少し気になったけれど、今はランディのために回復を祈ろう。
(私の魔力は結界を作るためだから、意味ない行為だけど。せめて想いを込めたいわ……)
私はもう片方の手でランディの手をぎゅっと強く握り、心から彼の幸せを願った。今の私ができるのはこれだけ。それでも私は今まで経験したことがないほど穏やかな気持ちで祈りを捧げた。
(ランディ、ありがとう。私はあなたの言葉で今までの苦労が報われたわ。神様。もしいるのなら、彼に安らぎをお与えください……)
頭の中で元気に腕を回すランディを想像する。毎日を楽しく過ごし、美味しい食事を摂り、幸せに眠りにつく。そんな彼の姿を頭に浮かべた。
その時だった。
「わ、わああ! せ、聖女様が!」
(ん? なにかしら?)
あわてふためくランディの声に驚いて、私も急いで目を開けた。するとそこで見たのは、全身が淡い金色の光に包まれている私の姿だった。




