12話 教会を去る時
「こっちです! 結界の部屋のほうで音がしました!」
遠くでこちらに向かってくる人の声が聞こえる。爆発した音が教会に響き渡ったことで、いつもは静かなこの建物が大騒ぎになっていた。
「いったい何があったのです!」
「司教様を呼んできなさい!」
(司教様! どうしよう……! 私自身なにが起こったのかわからないのに、この状況を説明することなんてできないわ! それにこれって、私が犯人だと疑われるのでは?)
足元には苦しそうにうめき声をあげる男。反対に私は同じ場所にいたのに、傷一つなく元気に立っている。司教様じゃなくてもこの場を見た人は、私がなにか関わっているように思えるだろう。
(穴から外に逃げる? でも教育係が起きたら私のことを話すわよね。そうしたら怪しまれるに決まってるし……どうしたらいいの?)
オロオロと辺りを見回している間にも、複数の靴音は大きくなっていく。修道士たちが近くまで来ているのだろう。あせった私は思わずその場に座り込み、頭を抱えた。その時だった。ふいにシモン様の忠告が頭によぎり、私はハッと顔をあげる。
――後手に回るな。先手を打て。
(そうだわ! この出来事を利用すればいいのよ!)
まるで曇り空が一気に晴れるように、頭がスッキリしていく。私は急いで自分のスカートを引きちぎると、倒れている教育係の男の近くに座り込む。私だとわかりやすいようにわざとヴェールを外し、土埃で顔と髪を汚した。
(うまくいくといいけど……)
そのまま横たわり目を閉じると、ちょうど駆けつけてきた修道士の声が聞こえてきた。
「あそこだ! なんてことだ! 壁に穴が開いているぞ!」
「聖女様だ! 大変だ! スカーレット様が倒れている!」
「補佐も一緒だ! いったいここで何があったんだ……」
バタバタと私のもとに、複数の人たちが近寄る気配がした。名前を呼ばれながら体を揺さぶられるけど、まだ起きるつもりはない。司教様を待たなくては。しばらくすると、予想どおり慌てふためいた司教様の声が聞こえてきた。
「スカーレット! どうしたんじゃこれは!」
パチパチとやや乱暴に頬を叩かれ、私はようやく瞼を開いた。
「う……うう……ん」
「ああ! 良かった! 聖女様が目を覚ましたぞ!」
周囲からは私が無事だったのを喜ぶ声が聞こえてきた。そして目の前には私の顔をのぞきこむ、司教様がいる。
「スカーレット! いったい何があったのだ!」
「し、司教様……」
頭に手を当て苦しそうに上半身を起こすと、司教様はでっぷりと肥えた体をゆさゆさと揺らし立ち上がった。ここまで走ってきたのに疲れたのか、真っ赤な顔で汗を拭いている。しかし私が無事だとわかると、すぐに苛立ちの表情でぶつぶつと文句を言い始めた。
「まったく! 面倒なことを起こしおって! 理由によっては侯爵家に修復費を請求しないとな!」
呆れたことに、司教様はこの壁の修理費を私の父に払わせようとしている。教会の資金が減るのが嫌なのだろう。私が原因だと勝手に決めつけ、ジロリと睨んでいた。
(はあ……司教様も相変わらず金の亡者だわ。倒れている男に見向きもしないし、考えていることはお金だけね)
うんざりした気持ちを押し隠し、私は胸に手を当てケホケホと咳き込んだ。息苦しさを装いながら、弱々しく口を開く。
「わたくしにも全くわからないのです。いつもどおり結界の部屋に来たところ、気づいたらこのようなことになっていて……うう! 痛い……!」
「ど、どうした? 腕に怪我をしたのか?」
司教様はまだ私の立場を覚えていたみたいだ。腕を押さえ痛みを訴えると、真っ青になってうろたえている。一応私はまだオーエン殿下の婚約者。未来の王太子妃で、順調にいけば王妃になる。教会で傷を負ったとなれば立場が悪くなるだろう。
(よし! もっと弱みを握っておこう……)
私は手を震わせながら袖をめくり、痛がるそぶりをする。そこには結界に魔力を流しすぎたことでできた「青あざ」がいくつもあり、それを見た司教様は「ひっ!」と小さく叫んだ。
「ああ! なんて痛いの……! もうすぐ結婚だというのに、教会でこのような傷を負ったとオーエン様に知られたら。きっと王家と教会の関係が悪くなってしまいますわ!」
「う、うむ……困ったな」
教会が私を聖女として育て民衆の心を掴んでいることを盾に、司教様は王家にお金を要求している。きっと司教様の頭の中は、この青あざが王家に知られたら援助を打ち切られると思っているのだろう。
(まあ、陛下もオーエン様も私の痣なんて気にしませんけど。王家も教会も今まで私が痩せていたことにすら無関心なんだから……)
私はほんの少しの悲しさを心の奥に押し込み、微笑んだ。そしてそっと司教様の腕に手をかける。
「司教様、わたくしこの傷が癒えるまでは侯爵邸で過ごそうと思います。王宮にも上がらない予定ですので、司教様もこのことは王家に内密にいたしましょう」
私がそう提案すると、司教様の顔がパッと明るくなった。本当に現金な人だ。
「そ、そうだな! 結婚前の体に傷ができたとなったら大ごとだ。なに、結界への魔力供給などしなくても平気だから、ゆっくり休むといい」
「ありがとうございます。ではわたくしは、これで」
「ああ、こちらのことは気にしないでくれ」
私はエスコートすると言った司教様の申し出を断り、そのまま教会から出ていくことにした。再びヴェールをかぶり、服の埃を叩いていると、顔が勝手に緩んできてしまう。
(ヴェールがあって本当に良かったわ。笑いが止まらないもの。それにいきなり男が吹き飛ぶなんて理由はわからないけど、うまく誤魔化せて良かった!)
それに教会に行かないですむ言い訳もできた。司教様もあの様子じゃ、私にも王家にも連絡してこないだろう。きっとこのまま魔力を注がなくなれば、数日で結界に穴が開くでしょうね。
「その時が楽しみね」
私はシモン様に言われたように、悪女らしく微笑んだ。もうこの国がどうなったっていいわ。別に神様が怒ってなにかするわけでもない。ただ他の国と同じ環境になるだけ。
私はカツンと靴音を鳴らし、待たせていた馬車に乗り込んだ。するとグイッと内側から腕を引っ張られ、誰かに抱きしめられる。その人の胸からは少しスパイシーな外国の香りがして、すぐにその誰かがわかった。




