13話 爆発の原因
「やあ! 迎えに来たよ!」
「シモン様!? 一体どうしたのですか?」
明るい声で出迎えたシモン様が、私をぎゅっと強く抱きしめた。私は彼の大きな胸の中にすっぽり収まり、身動きができない。
なんとか顔だけ上げると、目の前のシモン様は誰もが憧れるおとぎ話の王子様といった様子で私を見つめている。金色の髪をサラリとなびかせ極上の微笑みを浮かべる姿は、本当に私の婚約者なのかと疑ってしまうほどだ。
「早速、君が男を撃退した気配を感じてね。急いで迎えに来たんだ」
そう言ってにっこり笑うと、私の頭のヴェールを取った。シモン様の青い瞳はイタズラが成功した少年のように、キラキラと輝いている。
「え? 男を撃退……? じゃあ、あれは本当にわたくしがしたのですか?」
「う~ん。正確には私が君の舌につけた『契約の魔術』が発動したんだけどね」
「契約の魔術……さっきの、えっと、アレでしょうか……?」
(婚約の口づけをした時に痛みが走って気絶したけど、たしかあの時にシモン様は「婚約の契約をした」と言っていたわ)
あの時のキスを思い出すと、少し気恥ずかしい。しかし当のシモン様は得意げな表情で笑うと、私の唇にトンと指を置いた。
「そう、あの時のキスだよ。君に乱暴を働く者は、私が施した魔術で吹き飛ばしたんだ。ちなみに威力はどうだったかい?」
その言葉にギクリと肩を震わす。結果として暴力から逃れられたから良かったけど、壁に穴を開けたのはやりすぎよね……。私が気まずい顔で黙っていると、シモン様はアハハと快活に笑った。
「どうやら凄かったようだね! まあ、でも気に病むことはない。あれはスカーレットに向けられた攻撃を倍にして返すものだから、自業自得というやつだ。そんなことより、いったい何があったの?」
「何があった?」と問いかけるその声は、妙に凄みがあって私の背中をゾクッと震わせる。どうやら彼は敵と味方がハッキリしているようだ。味方だと思った人にはとことん優しいけど、敵には容赦しないのだろう。
私がぽつぽつとさっきあった事を彼に話すと、やはり彼の端正な顔立ちが冷たい表情に変わっていった。
「はあ……予想していた以上に、教会は腐っていたようだね。教会内だけで過ごすと世間に疎くなるものだが、その教育係は愚かすぎるだろう」
呆れ返るようにそう言うと、シモン様は私のスカートの上に自分の上着をかけてくれた。すっかり忘れていたけど、被害者を装うためにスカートを破いていたから、座ると太ももが丸見えだ。私は今さらながらもじもじと膝を突き合わせた。
「そうですね。彼は王族よりも司教様が偉いと考えていました。今回乱暴しようとしたことも私への『しつけ』だと思っていたはずです。聖女になった頃は鞭で叩かれたこともありましたし」
(まったく、今になって昔の記憶がよみがえってくるわ! 小さな子供にあの男は本当になんてことしたのかしら!)
当時のことを思い出すと、眉間にシワが寄ってしまう。ふうっと息を吐き心を落ち着かせていると、突然ふわりと体が浮いた。
「えっ! な、なにを!」
「少しだけ、きつく抱きしめさせてくれ」
気づけば私はシモン様に抱き上げられ、彼の膝に座っていた。
(ち、近い近い近い……! ううう……)
私の頭を抱え込むように抱きしめ、シモン様の頭が私の首元に埋まる。ふわっと彼の香りが鼻をくすぐり、ドクンドクンと脈を打つように体温が熱くなっていくのがわかった。
それでも、不思議と抵抗感はない。彼に抱きしめられていると、まるで子供の頃に戻ったような安心感さえ生まれてくる。
(きっと今、シモン様が抱いて慰めているのは、子供の頃の私なんだわ……)
王宮でオーエン様に体をくっつけられた時は、恋愛未経験の私でも「女」として見られているのがわかった。でもシモン様は違う。これは、この先の関係を求める抱擁じゃない。
私の背中をポンポンと叩き、まるで泣いている子供をあやしているみたいだ。
(ありがとうございます。シモン様。なんだか本当に幼い私が慰められてるみたいだわ……)
しかしそのまましばらく抱きしめられた後、ふとシモン様が何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだ。大事なことを言うのを忘れていた。これから王宮に行って、そのままカリエント国に帰ることになったぞ」
「え……えええ!」
パクパクと口を開け何か言おうとするけど、驚きすぎて言葉が浮かばない。さっきまでの穏やかな空気は一気に消え、今はもうパニックになっていた。それなのにシモン様はそんな私を見て「スカーレットは身一つで行けばいい」と笑っている。
「わ、笑い事じゃないのですけど! いったいなぜそんな急展開に?」
たしかに妹やオーエン様たちの行動が早まるから用意しておこうと話をしたけど、それをしたのは今朝なのに! それに王宮に行った後に、シモン様の国に一緒に行くということよね。なにも荷造りしていないけど、いいのかしら?
混乱して何から質問するべきかわからない。するとシモン様は私の頭をなでながら、少し困ったように話し始めた。
「実はスカーレットが教会に行ってすぐに、王宮から使者が来たんだ」
「そ、そんなに早く? シモン様が対応したのですか?」
「いや、館の主である、君の叔母上が話したよ。ちょうど話が終わったところに来たから、私も話を聞かせてもらったのだが……。少し予想外の人物がいてね」
「予想外の人物というのは、もしかして……」
考えられるのは一人しかいない。私は一気にあの夜の気持ち悪さを思い出し、身構えるように体をさする。
「ああ、使者として来たのは、オーエン殿下だったんだ」




