第19話 月曜日のメガネ君
週末の余韻が残る、月曜日の昼休み。
教室の自分の席で、寺田はため息をつきながら弁当をつついていた。
寺田「……どう考えても、今週の土曜日は無茶だろ」
染谷「そうか? 俺の実力を測るには、これ以上ない舞台だと思うが」
向かいの席で、染谷は涼しい顔をしている。
寺田「お前だって、この間の坂下さんの反応見たろ」
染谷「・・・」
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『__百山だ』
先週の金曜日、夕闇の部室で宮下から告げられたその名前に、坂下は絶句した。
坂下「な、なぜ百山なんですか……!?」
宮下「俺の大学時代の友人が、あそこで顧問をやっててな。そいつも昔セパタクローをやってたんだよ。で、日本での普及のためにも、新しい連中が入ってくるのは大歓迎だって言ってくれてな」
坂下「普及って……そんな、いくらなんでも......」
宮下「まあ、細かい詳細はまた来週話すわ。じゃあな」
面倒くさそうに頭を掻きながら、宮下はさっさと部室から姿を消してしまった。
寺田「おい大地……なんで坂下さん、あんなに顔色変えてるんだよ?」
染谷「……俺がこの前作ったセパタクローの動画……確かあそこに映っていた。その中でも........一番上手かったやつらだ」
寺田が恐る恐る振り返ると、そこには今までに見たことがないほど真剣な__まるで盤面を見つめる棋士のような、険しい目をした坂下が立っていた。
坂下「……今日は、もう遅いから帰りましょう」
それだけを言い残し、彼女は足早に帰っていった。
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寺田「それから今日まで、坂下さんずっとあんな顔してるだろ? 話しかけづらくてしょうがねえよ……」
染谷「思考の海に深く潜っているのだろう。常人には立ち入れない領域だ」
二人がそんな会話をしていると、教室の空気が少しだけざわついた。
(なあ……染谷君と坂下さん、なんか新しい部活作ったんだって?)
(なんか屋上で変な儀式してたらしいけど)
(話しかけたい........でも、尊過ぎて無理だ)
成績優秀、おまけに(黙っていれば)容姿端麗な染谷と坂下。さらに「屋上での謎行動や、不可思議な部活を作った」という噂も広まり、クラスメイトたちからは『高嶺の花』以上の存在として、遠巻きに見られている状態だった。
「やあ。ちょっと、いいかな?」
そんな見えない結界を、一切の躊躇なく踏み越えてきた声があった。
寺田「え? お、おう……」
クラスメイトたちが(おい嘘だろ!?)と心の中でツッコミを入れる中、丸眼鏡をかけた気の弱そうな男子生徒__安代が、ニコニコと笑いながら前の席に座った。
安代「立ち聞きするつもりはなかったんだけど、聞こえちゃって。君たちが作ったのって、セパタクロー部だよね?」
染谷「……ほう。知っているのか」
安代「うん、まあね。珍しい競技だけど、最近は日本でも少しずつ競技人口が増えてるみたいだね。……ちなみに、3人は経験者なの?」
寺田「いや、俺と大地(染谷)は完全な素人。坂下さんは……よくわかんねーけど、とにかく急造のド素人チームなんだよ。それなのに、今度の土曜日にいきなり強豪校と練習試合組まされちゃってさ。マジでムリゲーだろ……」
安代「へえ、土曜日に練習試合……。相手はどこなの?」
寺田「百山高校ってとこ」
その名前が出た瞬間、安代の眼鏡の奥の目が、ほんのわずかに見開かれた。
安代「……百山かー。もちろん知ってるよ。あそこはバレーの超強豪校だしね」
寺田「バレーの?」
安代「うん。実は僕、中学時代はバレー部のマネージャーをやってたんだけど……昔、あそこのデータを取るために、こっそり体育館に侵入したことが__」
寺田「……え? 今、なんて?」
寺田が素っ頓狂な声を上げると、安代はパッと爽やかな笑顔に戻った。
安代「あ、いや! でも、それは大変だね!」
寺田「お、おう……?(なんか今、とんでもないこと言ってなかったか?)」
安代「急造チームで百山か……。うん、怪我だけはしないようにね。それじゃあ、また」
安代はひらひらと手を振って、自分の席へと戻っていった。
(土曜日に、百山高校……か)
彼は誰にも気づかれないように、小さく微笑んだ。




