第18話 初代校長の遺産
「おい、場所の確保ができたぞ」
放課後の教室。
ひょっこりと顔を出した宮下が、ジャラリと古びた真鍮製の鍵を鳴らした。
坂下「本当ですか!? ありがとうございます!」
坂下が声を弾ませる。染谷と寺田も、期待に胸を膨らませて宮下の後に続いた。
だが、宮下が向かったのは、華やかなメイン校舎でも、真新しい体育館でもなかった。
校舎の裏手、鬱蒼と茂る木立を抜け、普段は生徒が寄り付かないような場所。
寺田「……先生、あそこにあるのって……」
寺田が震える指をさした先には、ツタがこれでもかと絡まり、壁の塗装も剥げ落ちた、今にも崩れそうな木造の物置小屋が佇んでいた。
宮下「ここだ。今日からここをセパタクロー部の部室として使え」
染谷「……先生。失礼ですが、これは『歴史的建造物の保存』かなにかの課外授業ですか?」
宮下「アホ抜かせ。部室だと言ってるだろ。中を綺麗にして勝手に使え」
宮下に促され、染谷が鍵を開けて中に入る。
ギギィィ……と、ホラー映画さながらの音を立てて重い扉が開いた。
埃が舞い、カビと古い木の匂いが鼻を突く。中には古い机やパイプ椅子、そして用途不明のガラクタが山積みになっていた。
坂下「それにしても先生、こんな綺麗な校舎の裏に、なんでこんな古い小屋が残ってるんですか?」
宮下「……噂じゃ、初代校長がえらく大切にしてた場所らしいぞ。何の目的で使ってたかは誰も知らんが、そのせいで壊すに壊せなくて今も残ってるんだとよ」
寺田「しょ、初代校長の……!? 絶対なんか出ますって! ほら、あそこ! なんか不気味な日本人形とかあるし!!」
宮下「さあな。ま、せいぜい幽霊と仲良く掃除するんだな」
そう言い残して、宮下はヒラヒラと手を振って去っていった。
***
「……やるしかないわね」
坂下がジャージの袖をまくり上げる。
それから数時間。3人は無言で、あるいは定期的に響き渡る寺田の悲鳴をBGMに、必死の大掃除に打ち込んだ。
寺田「うわあああ! ゴキブリ! ゴキブリが出たぁぁぁ!」
染谷「騒ぐなテラ。彼らもまたこの隠れ家の先住者だ。……とはいえ、俺のテリトリーに踏み込むなら容赦はしないがな」
染谷は拾った丸めた新聞紙を片手に、謎のステップを踏みながら害虫を追い払っていく。
坂下「二人とも遊んでないで手動かして! そこのガラクタ、全部外に出すわよ!」
埃を払い、ガラクタを外へ運び出し、床を雑巾で何度も磨き上げる。
すっかり日が落ちて、窓から茜色の夕日が差し込む頃には、室内は見違えるほど小綺麗になっていた。
広さは十分にある。真ん中に長机と椅子を置けば、立派な部室だ。
寺田「はぁ……はぁ……。結構な大仕事だったな……」
染谷「ふっ、だが悪くない。この薄暗さといい、外界から隔離された静けさといい……『隠れ家』としては100点満点だ」
染谷は綺麗になった窓枠を指先でなぞり、満足げに頷く。
ガラガラッ。
「お、終わったか」
絶妙なタイミングで、宮下が再び現れた。
綺麗になった室内を見渡し、「ほう、やればできるじゃねえか」と小さく笑う。
宮下「もう夕方だ。練習場所の案内は明日にする。……あ、そうだ。お前ら、来週の土曜日はヒマしてるか?」
坂下「土曜日ですか? 特に予定はありませんけど……」
染谷「俺も空いている」
寺田「俺も、土曜は一日中美空さんのSNSの更新を見守るだけだから(ぼそぼそ)、空いてますよ」
3人が肯定すると、宮下はニヤリと口角を上げた。
その笑みは、どこか楽しげで、それでいてひどく不穏だった。
宮下「そうか。なら予定を入れておけ。__来週、練習試合だ」
「「「…………は?」」」
3人の声が見事にハモった。
静まり返った部室で、最初に我に返ったのは坂下だった。
坂下「え……? れ、練習試合!? いやいやいや! 待ってくださいよ先生!」
寺田「そうだぞ大地、お前からもなんか言ってやれ!」
染谷「……ほう? 実戦か。血が騒ぐな」
寺田「なんでお前はちょっと乗り気なんだよ!!」
寺田は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
寺田「無茶苦茶だ! 俺たち、まだ部室ができたばっかりだぞ!? なんならまだ、セパタクローのボールすらまともに蹴ってないじゃないか!」
「それに俺なんて、ルールすらよくわかってないんだぞ!? 手使っちゃダメなんだよな!? ヘディングはいいのか!? それすら怪しいレベルだぞ!」
坂下「寺田君の言う通りです! 初心者を含めた急造の3人で試合なんて……無謀すぎます!」
二人の必死の抗議を、宮下は「まあまあ」と軽く手で制した。
宮下「案ずるな。お前らの実力なんて、相手も承知の上だ。屋上でフラミンゴの真似事もいいが、実戦に勝る練習はないだろうよ」
寺田「屋上のことバレてる!?」
染谷「……で、相手はどこなんですか?」
染谷の問いに、宮下がポケットに手を突っ込みながらサラッと答える。
宮下「__百山だ」
夕闇に包まれた秘密基地(部室)に、静寂が落ちた。




