第25話 わたしの好きな色
扉を開けて玄関に入ると、わたしはそこで足を止めた。
ここには何度も帰って来ているのに、1人で帰ってくるのは初めてだった。
だから、何と言えば良いのか迷ってしまう。
「おかえりなさい、雪ちゃん」
気づけば、目の前に友希さんが立っていた。
真っ直ぐと向けられた言葉に、わたしは……。
「ただいま……です」
自然と出た言葉だった。
それほど時間は経っていないはずなのに、その言葉を発しただけで、ずいぶん久しぶりに帰ってきたような気がした。
履いていた靴を揃え、顔を上げる。
「学校、どうだった?」
わたしはそれに答えようとするけど、言葉に詰まった。
短い時間だったけど、色んなことが起きて、何から話せば良いのか……。
「たくさん……お話ししたいことがあります」
「……そっか。じゃあ、お昼ご飯食べながら聞こうかな」
友希さんは微笑んだ。
そう言って、友希さんはキッチンへ向かい、昼食の準備を始めた。
わたしは昼食の前に着替えようと、部屋に向かう。
服を適当に見繕い、脱衣所で着替える。
脱いだ制服を見て思う。
朝、この制服に袖を通したときは、学校へ行くことが怖かった。
でも、気づけばそんなことは忘れていた。
みんなと違う制服なのに、同じ制服を着ている気がした。
昔を思い出すこの制服も、良い思い出を包めたかな。
部屋に戻ると、昼食の準備が終わっていた。
友希さんは机に置かれた食事に手を付けず、座って待っていた。
「す、すみません。遅くなりました」
「ううん、丁度終わったところだから大丈夫だよ」
机の上には2つのオムライスが置かれていた。
わたしは友希さんの向かい側に座る。
「いただきます」
「いただきます」
スプーンを持ち、オムライスを口に運ぶ。
フワフワとした卵がバターライスを包み、デミグラスソースがより一層深い味わいを持たせていた。
「どう?美味しい?」
「はい……とても美味しいです」
「よかった」
そう答えると、友希さんは嬉しそうに笑った。
「それで雪ちゃん、学校のこと聞かせて」
「……はい」
わたしは今日あった出来事を話した。
「そうか、もう文化祭の時期だったね」
「ですので、今日はその準備を」
みんなが一緒に、文化祭を成功させようと頑張っていた。
その輪の中にわたしが入るのは怖かったけど、みんな笑顔で迎えてくれた。
「雪ちゃんのクラスって何出すの?」
「えっと……こすぷれ?喫茶と言うのをやります」
「おお!コスプレ!雪ちゃんも着るの?」
「い、いえそれが……時間的にわたしの分は難しいと」
それを真滝さんから伝えられた時、残念に思いましたけど、同時に仕方ないとも思った。
文化祭まで、今週含めて3週間しかないのだから。
「ああ、全部手作りだもんね」
「ご、ご存知でしたか」
「うん。私も文化祭で執事喫茶をやってたからね。その時も、みんなで作ってたからね」
友希さんも似たような経験を。
しかし、友希さん執事姿ですか……すごい似合いそうです。
「あ、そうだ。私が雪ちゃんの衣装を作るよ」
「い、いえ、そんな……友希さんの手を煩わせるわけには」
時間だけでなく、服を作るのに必要な道具も揃えないといけない。
それだけでも、かなり厳しい話のはずだ。
「煩わしいなんて思わないよ。だって私が、雪ちゃんの為にやりたいんだから」
……友希さんの気持ちはとても嬉しい。
だけど、友希さんのために迷惑をかけたくない。
その気持ちは変わらない。
でも……。
『困ったときくらい周りを使いなさい』
帰り道で七条さんに言われた言葉が、ふと頭をよぎった。
誰かに任せることと、誰かと一緒にすることは、きっと違う。
「……あの、でしたら」
掠れそうになる声を絞り出し、わたしは言う。
「わたしも……一緒に作ってもいいですか?」
友希さんが、少し驚いたように目を丸くした。
少しの沈黙。
友希さんは優しく微笑んだ。
「もちろん!」
胸の高鳴りがやまない。これが緊張なのか、喜びなのかわからないけど、言って良かったと心から思えた。
「それじゃあ、今日の予定が終わったら、衣装の方向性を考えよっか。それで必要な物は明日買おう」
しかし、わたしは重要なことを伝え忘れていた。
「す、すみません。じ、実は明日……クラスメイトの方々とお買い物に行く予定を立ててしまって」
友希さんがやる気を出しているのに、水を差してしまった。
呆れられるんじゃないかと、少し怖くなる。
「あ、もしかしてさっき話してた七条さんと?」
「は、はい。そ、それと乃木さんと川崎さんも一緒で……あ、乃木さんは……」
気づいた時には、わたしは3人のことを話してた。
今日あった出来事や会話、些細なことばかりだけど、自然と言葉が出て来た。
わたしが一方的に話しているのに、友希さんは嬉しそうに微笑んでいた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
食事を終え、友希さんは空になったお皿を下げる。
友希さんがお皿を洗っている間、わたしは満腹になった余韻を味わう。
しかし、朝のことを思い出し、わたしは友希さんの元で駆け寄る。
「友希さん、あの……本日は何かご予定があるのですよね?」
朝、わたしが登校する前のことだ。
わたしの急な質問に、友希さんは少し間を置いて答える。
「そうそう、一緒に買い物に行こうかなって……いや、行ってほしいが正しいかな」
珍しい言い方に、わたしは少し身構える。
何か重要な物を買いに行くのだろうか?
友希さんのお皿洗いが終わり、わたし達はお出かけの準備をして外へ出る。
お昼を少し過ぎているとはいえ、まだまだ陽は高く、地面から照り返す熱がジリジリと肌を焼いてくる。
「どこへ向かうのですか?」
「それは着いてからのお楽しみ」
2人で1つの日傘に入り、初めての道を歩く。
そして、10分ほど歩いて辿り着いたのは、携帯電話ショップだった。
何故ここに?と疑問を投げかける前に、友希さんは中に入って行く。
「いらっしゃいませ」
「本日予約した、雪華です」
「はい。では、ご予約の確認をしますので、あちらの席でお待ちください」
案内されたソファに腰をかける。
周囲を見渡せば、いろいろな携帯電話が置いてあったり、カバーやストラップなど小物も置いてあった。
こういうところには来たことがなかった為に、つい目移りをしてしまう。
「雪華様、ご予約の確認が取れましたので、どうぞこちらへ」
しばらくして、先程と同じ店員さんがわたし達を別の席へと案内する。
丸いテーブルを3人で囲むように座り、店員さんは書類と携帯電話の入った箱をいくつか置いた。
「本日は、こちらのラブフォンのご購入ということで、まずはカラーリングの方をお決め頂いて。その後、設定の方に移りたいと思います」
机の上には7種類の色が並ぶ。
黒、白、黄緑、ピンク、水色、薄紫、橙とどれも鮮やかな色合いで、見ていて綺麗だと感じた。
「雪ちゃんの好きな色を選んで」
「わ、わたしですか?」
……好きな色。
そう言われて、わたしは固まってしまった。
何故わたしなのか?わたしの好きな色とは?と色々な疑問が頭を巡る。
わからないことだらけだけど、直感的に良いなって思った色を口ずさむ。
「え、えっと、水色でお願いします」
「かしこまりました。では、次に設定の方に移りたいと思います」
店員さんは箱から携帯電話を取り出し、ポチポチと操作を始める。
そして、しばらくしてから携帯電話をわたし達の方へと向けた。
「まずアカウントの作成からお願いします」
「じゃあ、一緒に作ろっか」
「ま、またですか?」
友希さんに教わりながら、名前、メールアドレス、パスワードを設定して、店員さんにお返しする。
「ありがとうございます。では、プランのご説明をしますね」
料金プランや通信量、保証やら何やら。
店員さんの説明は聞けば聞くほど難しくなり、途中から何を話しているのか分からなくなってしまった。
「はい、はい、いえそれは必要ないです」
そんな中でも、友希さんだけは何事もないように受け答えしている。
わたしはその会話に割って入ることが出来ず、ただ見つめているしかなかった。
「ありがとうございました」
気づけば、わたし達はお店を出ていた。
友希さんは携帯電話の入った袋を持ち、帰り道とは別の方向へと歩く。
「あ、あの友希さん」
「うん?」
「ど、どうして……」
いろいろと聞きたいことがあったけど、何から話せば良いか迷ってしまった。
「うーん、もうちょっと良い場所で渡したかったけど、仕方ない……かな」
友希さんはわたしの前に立つ。
そして、手に持っていた袋を渡しに差し出して言う。
「誕生日おめでとう、雪ちゃん」
わたしは、その言葉の意味をすぐに理解することが出来なかった。




