第16話 約束の場所
紙の白さが目に痛かった。
配られたテストの上で、ペン先だけが浮いている気がする。握っているのに、指が自分のものじゃないみたいだ。
でも、友希さんの声を思い出すだけで、勇気が湧いてくる。
『問題を見て、何を聞かれてるかが分かれば、それだけで前進』
この数日、ずっと頭の中で反芻した言葉。
わたしは息を吸って、ゆっくり吐く。
問題1、問題2、問題3……と問題を読み解いてゆく。
わたしは「何を求めるのか」を探し、数字に丸をつけ、条件に線を引く。
それだけで真っ白だった紙の上に、小さな足場ができた気がした。
ペンが止まりそうになるたび、わたしは自分に言い聞かせる。
読めるだけで前進。書けるだけで前進。
背中に誰かの手の温度を思い出すように。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
時計を見る余裕もなかった。
気づけば、テストの余白が少しだけ汚れていて、消しゴムのカスが机の端に溜まっていた。
そして、ペンを離した時には、全ての回答が埋まっていた。
胸の奥がひどく疲れているのに、少しだけ軽い。
「終了です。鉛筆を置いてください」
言われた瞬間、指がじんと痺れた。
心臓がようやく自分のリズムに戻っていく。
短い休憩を挟んで、わたしはまたテスト用紙の前に座った。
3科目のテストが終了して昼休憩に入った頃、教室の空気は少しゆるんだ。
まだ面接が残っているのに、胸の奥には小さな達成感が残っていた。
でも、それは同時に怖くもあった。
……友希さん。
会いに行っていいのか分からない。
でも、会わないと落ち着かない。
情けないと分かっていても、胸の奥が頼れる場所を探してしまう。
わたしは椅子から立ち上がり、廊下へ出た。
夏休みの校舎は静かで、遠くからの音が響く。
見慣れない廊下なのに、足は迷わず音のする方へ向かっていた。
体育館の前まで来た時、入り口付近に人集りができているのが見えた。
何事かと思い、人を掻き分けて中の様子を確認する。
その時、バシュッと乾いた音が響いた。
「はい、また私の得点」
「はぁはぁはぁ……もう一本!」
凛さんの声が体育館にこだました。
「OK。でも、時間的に次でラストにしよっか」
2人はコートの中心まで移動し、向かい合った。
その瞬間、空気が一変する。
ピリピリと体に電撃が走るような、ヒリついた空気が2人の間に流れます。
凛さんは息を弾ませて、ボールを強く床に叩く。
その前に立つ友希さんは……笑っていた。
見たことない表情を浮かべた瞬間……心がざわついた。
「……来い、凛ちゃん」
その声は短くて、はっきりしていた。
次の瞬間、友希さんの足が動く。
踏み込みが速く、一瞬にして凛さんとの距離が縮む。
しかし、凛さんは慌てることなく、ボールを守るように肩を入れた。
互いに動かない。けれど、次の一歩だけを狙っているのが分かる。
次に先に動いたのは、凛さんだった。
低く姿勢を落として、一気に左へ抜く。
けれど、その進路を読むみたいに、友希さんの足が半歩だけ先に滑り込んだ。
「っ……!」
凛さんが体勢を崩す。
その隙を逃さず、友希さんはするりと手を伸ばしてボールを弾いた。
高い音が響き、転がったボールが床を跳ねる。
「はい、終わり」
友希さんは肩で息をしながらも、楽しそうに笑っていた。
凛さんは悔しそうに唇を尖らせ、それでもどこか嬉しそうにボールを拾いに行く。
周りから小さなどよめきが起きた。
「ねぇ、あの人カッコよくない?」
「凛先輩ってバスケ部のエースでしょ?」
「何者なの?あの人?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がまたざわついた。
わたしの知らない友希さんを見て、またこの人のことが分からなくなる。
でも……だからこそ、目が離せなかった。
「あ、雪ちゃん」
その声だけで、胸の中のざわめきが少しほどける。
約束を守って、ちゃんとここにいて、わたしを見つけてくれる。
それがどうしようもなく嬉しかった。




