閑話 4
「――ユニット:〈創珠巫女〉は……」
球体の中の若葉を見つめる〈転魂姫〉と〈流転法姫〉のふたりに、〈事象錬決姫〉が応える。
「その銘ゆえに、この行き詰まった盤面の特異点となったと良いでしょう」
〈時象判潔姫〉が続けた。
「……いかに〈流転法姫〉が権能を用いて、一手の先を予見しようとも、彼女がこの世界にもたらす事が定義づけられた〈伝承宝珠〉は、上位権限によって管理されているものですので……」
〈伝霊姫〉のそばにイリーナの映像が投影される。
それは続々と数を増して行き、部屋を埋め尽くすほどだった。
映し出されたイリーナの年齢や出で立ち、居る場所すらバラバラだったが、いずれの映像でも、彼女の手には虹色の輝きを放つ〈伝承宝珠〉が乗せられている。
「――いつかと誰かを繋ぐ為……
正しくあの神器は、その権能を以て『あり得たかもしれない未来』をイリーナ・ベルノールに伝え続けたのでしょう」
「――そして、その度に時軸は因果を歪めてユニット:〈創珠巫女〉と〈伝承宝珠〉を中心に収斂し……」
「――結果、最先端確定時軸において、ユニット:〈創珠巫女〉の〈魂〉はイリーナ・ベルノールの退化した肉体と魔道器官では耐えられないほど強大になってしまった」
三人の説明に、〈転魂姫〉が自分と〈流転法姫〉を指差す。
「要するにイリーナは、妾の勇者やこやつのご主人様と似た状態にあった、と?」
球体を囲む三人は頷きを返す。
「――肯定。
ただし彼女は、その人類屈指の魔動を以て、自らの力でこの〈世界の法則〉の座に至り、我々に接触を試みました」
「……そして――この最先端時軸を示して見せたんだよね」
〈創象咆姫〉が嬉しそうに顔を綻ばせる。
「――盤面序盤で死ぬ運命がほぼ固定化され、ユニット:〈狼面勇者〉を誕生させる布石とする盤面のみ、グランゼス領城の大侵災まで生き延びられる端役……」
〈転魂姫〉が苦笑しながら肩を竦める。
「――と、いうより、レオンという悪役を引き立てる為の被害者役ですよね。
どの王族より魔動が弱いから、基本的にどの時軸でもすぐ死にますし」
「――肯定。
だからこそ邪神は、彼が王権を手にしたタイミングを戦局盤面としたものと推測します」
〈事象錬決姫〉の発言に、〈創象咆姫〉もまた首肯で同意を示した。
「武はまだまだ未熟で、魔動も両親には及ばない。政治基盤も貧弱だから、邪神から見たら格好の獲物だよね。
――でも……」
「そういえばそなたは毎度、毎度、あの小僧を助けられないか訴えておったの?」
「ああ、私の記憶にもありますよ。
その度に無駄だと姉様達に棄却されてたんですよね」
〈転魂姫〉と〈流転法姫〉の言葉に、球体のそばの三人も頷く。
「――肯定。
ユニット:〈ローダイン王太子〉は舞台装置であり、ユニット:〈狼面勇者〉を導く以上の力はありませんでした」
映像が投影される。
映し出されたのは、再生器の溶液に沈むアルベルト・ローダインだ。
「――魔道を乱されたままとはいえ、長年ユニット:〈青の賢者〉に仕込まれた武は傭兵くずれや肩書だけの王宮騎士程度なら、難なく勝利を収められました」
映像が切り替わり、川辺に倒れ込んだ赤毛の青年をリディア・バートンが見つける場面が投影される。
赤毛の青年――アルベルト・ローダインの顔には仮面はなく、代わりにその右手に大切そうに握り込まれていた。
場面が替わり、オズワルド・チュータックスとジョニスを殴り飛ばすアルベルト・ローダインが映し出される。
リディア・バートンがオズワルド・チュータックスに捕われた時、ダグが背後から奇襲を仕掛け、その隙にアルベルト・ローダインがリディア・バートンを助け出していた。
――場面が変わる。
ビクトール・トランサーの邸宅だ。
王宮騎士を相手取り、前庭で大立ち回りするアルベルト・ローダインとミリィ。ふたりとも長距離を踏破してきたようにボロボロな格好だ。
その為なのか始めこそ優勢にあったふたりは、しかし王宮騎士の数の多さに次第に押され始める。
――そこに……
上空から凛とした裂帛の声が響き、青髪の少女が飛び込んできて騎士達を薙ぎ倒した。
アリシア・グランゼスだ。
彼女は上空の黒竜へと合図を送ると、並み居る騎士を叩きのめしながら、アルベルト・ローダインに先に行くように告げる。
アルベルト・ローダインはその言葉に従って屋敷内へと踏み込み――生々しい陵辱の痕を残して事切れたイライザ・ローゼスの遺体を発見する。
――慟哭。
騎士から長剣を奪ったアルベルト・ローダインは狂ったように屋敷の者を虐殺して周り、最終的にはアリシア・グランゼスから当身を受けて意識を失い、グランゼス領へと運ばれた。
「これでアルベルト・ローダインの生存が王宮へと伝わり、それを庇っているグランゼス領への王宮騎士の派遣が決定。
次期グランゼス公爵であるサリュート・グランゼスは王宮にて逮捕・投獄されてしまうんですよね……」
〈流転法姫〉の言葉に、〈創象咆姫〉は苦々しげに頷く。
「……そしてグランゼス領都は騎士団に包囲され……ドクター・エルザが現れ、騎士団指揮官だったレオニール・コートワイルを〈魔物甲冑〉化して……」
〈転魂姫〉の言葉にともなって映像が切り替わり、〈魔物甲冑〉に対峙する〈竜牙〉制式騎が映し出される。
「〈魔物甲冑〉となったレオニール・コートワイルに捕われたアリシア・グランゼス……」
鉛色の甲殻と漆黒の肌に覆われた〈魔物甲冑〉の左手には、ぐったりとしたアリシア・グランゼスが握られていた。
「……それを助け出そうと、アルベルト・ローダインは兵騎と合一し……」
映像からアルベルト・ローダインの苦悶の声が溢れ出た。
頭部――合一器官を潰された兵騎の鞍房から這い出るアルベルト・ローダインは、迫る〈魔物甲冑〉の拳を見上げながら呟く。
『……ああ……なんで俺はいつも――こうなんだ……』
聞く者の心を引き裂くような……悔悟の独白を遺して、アルベルト・ローダインの意識は途切れた。
「――本来の時軸ならば、どうあってもユニット:〈ローダイン王太子〉はここまででした」
〈事象錬決姫〉が断言し、〈時象判潔姫〉も〈伝霊姫〉も肯定を告げる。
「――だからこそ、ユニット:〈創珠巫女〉の〈祈願〉は、我々の想定外でした」
「――思えば確かに、舞台装置であるはずのアルベルト・ローダインの周囲には主駒となりえる者ばかりが存在していて」
「――主駒が主駒として立つ時、確かにアルベルト・ローダインの影響、あるいは干渉があり、彼は我々の思惑を越えて、〈世界の法則〉へと干渉できていたように思えます」
「……ならばアルベルト・ローダインの死を回避し、その先を視てみるべきだ――ですか……」
「あやつは簡単に言ってくれたが、かなり仕込みが必要だったな」
「――セイラ・モノベの呪具への気付き。
いえ、それ以前に〈象創咆器〉クロをアリシア・グランゼスに同行させないように仕向けるのが大変でしたねぇ」
しみじみと告げる〈流転法姫〉に、〈創象咆姫〉は胸を反らして人差し指を突きつける。
「――でもさ、姉様方はアリシアの性能にばかり目が行ってたから、アイツが持ってた可能性に気づけなかったんだぜ?
ボクは最初から言ってたじゃないか。なんとかアイツを生かせないかってさ」
その言葉に、〈転魂姫〉と〈流転法姫〉は顔を見合わせて苦笑した。
「いやいや、さすがにそなたが『その先』で座に至った者だとは想像できんだろう?」
「私もブチギレた青ババアが、〈象創咆器〉クロに私の権能を降ろしたものだと思っていましたし……」
言い訳めいた言動を漏らす二人に、球体を囲む三人もうなずきを向けた。
「それでもやはり驚嘆すべきは、盤面のほとんどを整えて見せたイリーナです」
「――我々への祈願を邪神に悟られない為に、ユニット:<神殺し>スクォールを使い、自らの記憶の消去まで行っている様は見事としか言いようがありません」
〈伝霊姫〉と〈時象判潔姫〉のふたりが、明確に驚嘆の表情を浮かべて告げる。
「そうして〈伝承宝珠〉の権能にて、時空の狭間から〈幻創咆騎〉さえも引き寄せ、ユニット:〈ローダイン王太子〉をユニット:〈幻創咆騎〉として盤上に並べてさえ見せた」
「……この段階でボクらは――〈世界の法則〉は、盤上の駒の動きに任せる事にしたんだ」
そうして、〈創象咆姫〉は球体へと右手を伸ばす。
「――新設時軸の記憶を受諾、固定化したよ。
その結果、アルベルト・ローダインは……アイツは本当に本当の奇跡を起こし――」
球体の中――若芽が伸び上がって枝を成し、花を咲かせて実を着ける。
その実が割れて、〈創象咆姫〉よりさらに幼い女児が姿を現し、〈創象咆姫〉の手を取って球体から床に降り立った。
「――そして、あたくしが生まれたってワケですわね」
嬉しそうに微笑んだ女児は、丁寧に球体へと頭を下げる。
「アルベルト様に心からの感謝を……」
静かにそう呟けば、〈転魂姫〉と〈流転法姫〉は苦笑して肩を竦める。
「本当に今でも信じられませんよ。
アレだけ私達を悩ませていたカオスの統御精神体を、この座に封じる事で無効化なんて」
「駒取り規約なんて、妾の時代でも使われなくなっておったからな。
さすがは〈遺失神器〉の接続者というところかの」
「ええ、そうですの! 惜しむらくは、あの方のはじまりの活躍を、当事者だったあたくしが観覧できなかったって事ですわね」
興奮気味に拳を握り締めて言い募る女児に――
「おまえさん、ユニットの時はそんな素振りや言動見せておらんかったろうに……」
「あ、ホントだ。あなた、ツンデレは青ババアやクロと被ってますよ?」
〈転魂姫〉と〈流転法姫〉は女児の頭を撫で回しながらそう告げる。
「――だ、だって! あたくし、すぐには自分の状況が理解できなかったのですもの!
だから、すぐに素直にはなれなかったんですの!」
「まあまあ、姉様方。この子のお陰でこの先、ボクらは優位に立てるんだし、あんまりイジらないでやってよ」
頭を撫で回すふたりから逃れるために、〈創象咆姫〉の背後に身を隠した女児はそれから、球体の周囲の三人を順番に視線を向けて、丁寧にお辞儀する。
「――はじめまして、お姉様方。
〈魂沌救姫〉は無事開花を迎え、この座に配置されました」
以上で閑話「――――」が終了となります。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
色々と意味不明なところもあるかと思いますが、次回の閑話「…………」で多少の説明をしていこうかと思っています。
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