閑話 2
「魔王カイル――いいや、レオン・コートワイル! 追い詰めたぞ!」
青白い魔道刃を手に、ダグが叫んだ。
――ローダイン王宮謁見の間。
ダグとマチネの周囲には、漆黒の肌と鉛色の甲殻を持った異形の兵が倒れ伏し、どす黒い鮮血で床を濡らしていた。
「……アイリス。アレはなんだ?」
気だるげに玉座に肘を突き、カイルに宿ったレオンは玉座に立て掛けた王笏に訊ねる。
「お、おおお……恐らくは……魔動の色から言って、ローダイン王族の生き残りかと……」
応えたのは、王笏の先端を飾る女の――アイリスの首だった。
金髪を彩る冠は漆黒の呪具。
首だけとなって生かされている、かつての王妃の姿にマチネは顔を背け、ダグは目を剥いた。
「外道が……王妃は孫娘だろうに!」
激昂して叫ぶダグ。
しかし、レオンは鼻を鳴らし、やはり気だるげに応えた。
「――孫娘だと? 笑わせる……
今のこやつは異世界の魔道士よ」
そう言うと、王笏を手に取り振り上げる。
「――いや、やめて! もうもう、いやあああああぁぁぁぁぁ!!」
アイリスの絶叫が広間に響き渡る。
レオンは容赦なくアイリスの顔を床に打ちつけた。
湿った打撃音。
持ち上げられた王笏の先で、アイリスは顔面を割られ、右目が無惨に破裂していた。
「おっと、流石に潰してしまってはマズいな……」
と、レオンは王笏に魔道を通し、反対の手を虚空に差し入れた。
取り出されるのは再生薬の小瓶。
それを振りかけると、アイリスの顔は見る間に再生していく。
「……もう、殺してぇ……」
か細い声で嘆くアイリスに、レオンは初めて表情らしい表情を浮かべた。
上体を反らし、天井を振り仰いで広間に哄笑を響かせる。
「こやつはな、そなたらがそうであるように、ワシを殺そうとしたのよ!
……なぁ? アイリスよ。いや、大賢者エルザと呼んだ方が良いか?」
「……あたくしは……アイリスです……」
せめてもの抵抗のように、視線を逸らしてそう応えるアイリス。
そんな仕草さえもが、レオンの嗜虐心を煽るようで、彼は再び天井を振り仰いで哄笑した。
「そなたらもよぉく見ておくが良い。
この戦いの後、そなたらもこうしてやる」
と、レオンの血走った目が、ダグの背後のマチネに注がれる。
「……いや、ローダインの血族と言ったな?
ならば、より良い次を造れるかもしれんな?」
「――そうやって!」
レオンの視線を遮るようにマチネの前に立ち、ダグが叫ぶ。
「そうやって、師匠も利用しようとしたのか!?」
「……師匠?」
本当にわからないというように、怪訝な表情を浮かべるレオン。
「……貴様がレオニールに連れ去らせた、アリシア・グランゼスだ!」
「ああ……」
レオンは愉しげに王笏の上のアイリスに視線を向ける。
「あの娘なら、あの化け物と共に魔物の餌だろうさ。
確かにグランゼスの姫ならば、良い次世代を生み出す肚となったろうに、どこぞの愚かな魔道士が、分別のない化け物を生み出したせいで台無しよ!」
苛立たしげに再び王笏を振り上げるレオン。
「違う! あたくしじゃない! エルザが……前世が――」
「――もういいっ!!」
再び広間にダグの激情が響き渡る。
「……やっぱりアンタは、もはや生かしてちゃいけない魔王なんだ」
「うん。幼少期の境遇なんて言い訳にもならない! ここまでの邪悪、さすがはトランサー伯の祖父――育て親だよね……」
マチネもまた、銀杖を構えてダグの隣に立った。
ダグが懐に手を差し入れ――
「アル兄ちゃん、力を貸してくれ……」
取り出したのは、狼を模した仮面だ。
ダグがそれを顔につけると、双眸に象嵌された蒼石が燃え上がるような輝きを宿す。
「ハ――ハハハハッ!! そうか! 貴様、あの無能王子に縁ある者かっ!!」
王笏を手に立ち上がったレオンは、見せつけるように左手に刻まれた王印を掲げた。
「――ならば、あの時の再現も一興か!
来たれ、〈王騎〉!!」
レオンの背後に魔芒陣が宙図され、王騎が出現した。
「そう来るよな! マチネ!」
「ええ! 今こそ目覚めてもたらせ! 〈転送門〉!!」
マチネの足元にも巨大な転送陣が描き出され、そこから這い出るように漆黒の兵騎が姿を現す。
狼貌の意匠の兜に真紅のたてがみを持った騎体だ。
両騎の胸部装甲が跳ね上がり、鞍房が露わになる。
ダグとレオンはほぼ同時に床を蹴って、そこに飛び込み――
『――目覚めてもたらせ!!』
やはり同時に喚起詞を紡ぐ。
「――王騎!」
「――幻狼騎ッ!!」
両騎の無貌の仮面に貌紋様が描き出される。
深紅の貌の王騎と、純白の中に蒼い眼を燃え上がらせる幻狼騎とが向き合い、やはり同時に抜剣する。
マチネが銀杖の石突きを床に打ち付け、自身と現狼騎の周囲に結界を喚起した。
王騎の周囲にもまた、結界が張り巡らされる。
『――名乗るが良い、小僧!』
『貴様に滅ぼされた、バートニー村のダグ……いや――』
水晶質の長剣を構えながら、ダグはゆっくりと首を振る。
『アル兄ちゃんやリディア姉ちゃん……そして師匠達の為にも、あえて俺はこう名乗ろう!
――狼面を継ぐ者、ダグ・バートニー・ローダインだ!』
「――征こう、ダグッ!! みんなの仇を討つんだ!!」
マチネの声を受けて、ダグ騎は床を踏み割って駆け出す――
「――ここまでは良かったんですけどねぇ……」
と、〈流転法姫〉はため息をついて、〈転魂姫〉が伸ばした枝に指を伸ばす。
「いや、まさかあの土壇場で、アイリスが呪具から解放されるとは、普通思わないじゃろ!?
おまえらだって、あの時は行けそうだって思ってたろ? そうじゃろ?」
「高性能な私は、いつでも〈転魂姫〉姉の尻拭いができるように待機してましたけどね」
「ボクとしても、あそこまで国が壊されちゃってるのは、見てて辛かったかな……」
と、〈流転法姫〉と〈創象咆姫〉は苦笑い。
「――二人に同意。
〈転魂姫〉は直線的な戦術を多用し過ぎるのと、主駒に感情移入し過ぎであると忠告します」
頭上から〈事象錬決姫〉の声がかかり、〈転魂姫〉は頭を掻いてため息をついた。
「まあ、のう……妾はこの時の邪神の主駒は、レオン・コートワイルだと疑っておらんかったしのう……」
「うん、アイリスを発狂させて主駒にするなんて、ボクも思わなかった」
投影された映像――王騎の鞍房の中で、王騎に合一したレオンの首筋にアイリスが噛み付いていた。
『――ガァ!? き、貴様っ!?』
王騎の仮面から貌紋様が消失し、その両手から剣が落ちる。
『魔王、覚悟――ッ!!』
一閃。
幻狼騎の水晶剣が王騎を袈裟斬りに引き裂いて――
「ガアアアアアァァァァァァ――――ッ!!」
レオンの断末魔が広間に響いた。
ダグは剣を構えたまま王騎を見つめ、やがて完全に沈黙したのを悟ると、拳を握り締めて静かに呟く。
『……やったよ。アル兄ちゃん。師匠……』
万感を込めた……吐き出すような呟き。
――だが……
『――な、なんだ!?』
王騎の鞍房内部に、赤黒い球体が出現し――辺りを侵すように、球体と同色の靄が広がっていく。
『し、侵災!? なんで!? おい、マチネ!?』
ダグが振り返ると、マチネは倒れ込みそうなのを堪えるように銀杖に縋り付いていた。
『クソ! なにが起きてるんだ!?
――レイリア姉、聞こえるか? なんかやべえ!』
その瞬間――マチネの上体が跳ね上がる。
「アハハハハハ! やってやった! お父様、お母様、仇はあたくしが討ったわ!」
狂ったように叫んだマチネは、けれど両手で頭を抱えてすすり泣く。
「……もうやだ。もう痛いのはイヤ。もう良いよね? アイツを殺せたんだから、終わりにしても良いよね!?」
マチネはゆっくりと両手を天井に掲げ――
「――今なら届くよね? エリス……あたくしはここよ。
すべてを終わらせて……」
――瞬間、閃光と灼熱が世界を包み込んだ。
「……結局、この盤面でもこの星が壊されると、予見したんですよね」
〈流転法姫〉が目を細めて〈転魂姫〉に告げながら、伸びた枝を折り取った。
「――我々はこの盤面は、衛星軌道上に陣取った巨神攻略が鍵と考えるようになりました」
球体上部の〈事象錬決姫〉が告げる。
「――肯定。
その為の力はあの地にありました」
〈伝霊姫〉が応じた。
「――肯定。
この星の歴史を鑑みれば、〈対局規約違反〉にも抵触しない一手だったと思われます」
〈時象判潔姫〉もまた頷き、球体に新たな枝が伸びて映像が浮かぶ――




