閑話 1
――白い部屋だった。
部屋の中央にある、万色の点描によって構築された巨大な球状構造体を除けば、床も壁も天井をすべてが白い。
そんな白い部屋に――
「――以上で、第一七四八八四次、陰極南東方面対邪神盤面、第三面終結を宣言します」
感情を感じられない起伏のない声が響いて、不意に六人の女性が球体を囲むように現れた。
二十代前半と思われる良く似た三人と、年齢も見た目もバラバラの三人だ。
六人に共通しているのは、その髪色がいま彼女達がいる部屋の色を映したかのように真白という点。そして、その瞳が部屋の中央にある構造体のように、虹色に揺れているという点だ。
よく似た三人は、まるで定位置のように二人が球体の左右に、一人が床を蹴って宙に飛び上がり、球体上部に見えない椅子でもあるかのように腰掛ける。
その間もバラバラな見た目の女達のうち、髪を左右に結い分けた幼女が呆然と球体を見上げ――
「き……切り……抜けた……?」
震える声で呟いた。
「――肯定。
時軸鋲にて、固定化も完了しています」
球体の上部に座した女性が、幼女に応えた。
「――肯定。
私の選定した駒ではなく――」
左に陣取った女性が応え――
「――肯定。
駒達が成り上がらせた脇役――現主演……いいえ、ユニット:アルベルト・ローダインによる盤面攻略は、見事果たされました」
右の女性がそう続ける。
「おいおい!? 〈伝霊姫〉姉上がユニットに対して『見事』とかゆ~とるの、妾、初めて見るんじゃが……」
驚きの声をあげたのは、ツインテールの幼女の隣にいた二十代半ばほどの女性だ。
「私も初めてです。あの人、誰かを褒める事できたんですねぇ」
白髪をシニヨンにまとめた十代後半と思しき少女も、皮肉げな笑みを浮かべて二人に応えた。
そして……
「――やった……やったあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ツインテールの幼女は両手を突き上げ、歓声をあげた。
「うぐっ……やっと……やっと……あああぁぁ」
大粒の涙をこぼしながら、歓喜に顔を歪ませる幼女を、そばの二人がそっと抱き締める。
「お~お~、今は泣け泣け。〈創象咆姫〉よ、そなたはようやく悲願の入り口に立てたのだ」
「そうですねぇ。主駒を配置するのが負け布石だったなんて、随分、面倒な戦略を使ってきたもんですよ」
「ぐす……〈流転法姫〉姉様も〈転魂姫〉姉様も、本当にありがとう……
特に〈流転法姫〉姉様は、裏喚起詞まで教えてくれてさ」
その言葉に、〈流転法姫〉と呼ばれたシニヨンの少女が、照れくさそうに顔を逸して応える。
「わ、私は別に――あのババア達がアレを大切に遺してくれてたのが嬉しかったとかじゃないですからねっ!
――そ、そうです! 大事な妹の為に、ちょっと力を貸しちゃおうかなって思っただけです!」
「おまえさん、普段は恐ろしく素直なクセに、マツド先生の弟子らが絡むと途端にツンデレになりよるよなぁ?」
「だ、だって〈転魂姫〉姉! アイツらってホント――」
と、顔を寄せて言い募る〈流転法姫〉を、〈転魂姫〉は鬱陶しそうに押し退ける。
「――わざわざ言わなくても知っておる! 妾がそなたの繰り返しに何度付き合ったと思っとる!?
あの〈事象錬決姫〉姉上が根負けして、特例を認めるほどだぞ!?」
〈転魂姫〉が球体の上に座した女性を指差せば――
「肯定。
ほぼ固定した盤面を繰り返し、極小確率の差異を積み重ねて、望む結果を目指す手法を執るユニットは、我々の手に余ると判断しました」
〈事象錬決姫〉と呼ばれた女性はそう応えて頷きを返した。
「――同意。
結果、邪神は焦りから〈対局規約違反〉を起こしたのですから、あの判断は肯定されるものです」
と、〈伝霊姫〉がその言葉を肯定する。
「――同意。
結果、〈流転法姫〉がこの座に喚ばれ、長く停滞状態にあったこの盤面の攻略――ユニットに主駒を選定――いいえ、主演を成り上がらせるという手法を導き出せました」
球体の左にいる女性もまたうなずいた。
「――〈時象判潔姫〉姉上は最後まで反対していたがな」
皮肉げに〈転魂姫〉が笑みを向けると、球体の左にいる〈時象判潔姫〉は再びうなずいた。
「肯定。
当該戦術が〈対局規約違反〉すれすれの手であったのは、まぎれもない事実です。
ユニット:〈竜星の巫女〉の前例を拡大解釈する事で、〈対局規約違反〉を切り抜けましたが、アルベルト・ローダインがユニットとして確立した今、二度とは使えない手であると告げておきます」
〈時象判潔姫〉の言葉に、〈創象咆姫〉は表情を引き締めてうなずくと、三人が囲む球体へと歩み寄った。
「……主駒になるはずだったミハイルは、選定段階で潰された……」
球体の中に水晶質の枝が伸び――しかし砕け散った。
「――なら、とイリーナまで遡ったけど、あの子を主駒にしたら青の鍵はこの世界の外に流され、より多くの盤面に影響を与えていたはずだ……」
球体の中に再び水晶質の枝が伸びて、光盤のように映像が浮かんだ。
衛星上空で雌型武騎を駆り、エルザが潜む探査艦へと攻め入ろうとしているイリーナが映し出された。
無人艦載機と火線が噴き上がる探査艦に対して、イリーナは圧倒的な魔法の喚起数で応じ、彼我の距離を縮めていく。
『――狂魔道科学者 覚悟っ!』
肩甲から重力制御器の羽根をはためかせ、水晶質の長剣を振りかぶったイリーナが探査艦へと突っ込む。
――その時だった。
探査艦の前部装甲が左右に割れ開き、異なる世界の魔道法則に鎧われた巨神兵器が這い出してくる。
『――アハハハハハ!! 勝ったと思った!? 残念でした~!!』
深紅の紋様が触手のように伸びて、イリーナを絡め取る。
『やだぁ、こいつ、お母様が探してた〈鍵〉を持ってるじゃない!
――お母様、〈青の鍵〉よ!』
巨神兵器が両手でイリーナが合一した武騎を包み込みながら、探査艦を振り返る。
『おや、じゃあ、こんな星にはもう用はないね。
ドニールくんの痕跡から、私に辿り着かれても厄介だ。
……エリス、お片付けしておいてくれるかい?』
『は~い、お母様!』
左手で武騎を掴んだまま、巨神兵器は右手を胸の高さに持ち上げる。
『行くよ~! 〈星砕き〉ッ!!』
その巨大な右腕の肘から先が、亜光速で撃ち出された。
その先には青く輝く惑星だ。
まばたきひとつの間に惑星に到達した巨神の右腕は、大気を吹き飛ばして海面を叩き、逆円錐形の水柱を静止衛星軌道まで噴き上がらせた。
発生した膨大な熱と気圧差で海水がまたたく間に蒸発し、惑星上空を水蒸気が覆って稲光を轟かせた。
海底に達した巨神の右腕は地殻を割り砕き――
――世界に亀裂が走る……
「――いやぁ、高性能な私がコレを予見できてよかったですよねぇ」
〈流転法姫〉が苦笑して、〈創象咆姫〉の横手から球体に手を伸ばすと、水晶質の枝の中央が切り落とされた。
「だから妾は最初から、ユニット:〈狼面勇者〉と〈青の巫女〉を使うべきだと主張しとったんだがなぁ……」
〈転魂姫〉が球体に手を伸ばすと、先程と同じように映像が浮かぶ。
そこには十代半ばとなった、ダグとマチネが映し出されていた。




