第6話 61
「待て待て、マチネよ」
イイ笑顔でレントンに告げながら、コキリと可愛らしく拳を鳴らすマチネを、あたしは呼び止めた。
「アレ? お婆ちゃん、来てたの? お稽古ならちょっと待っててね。
今、お兄ちゃん達を良い子にするトコだから」
「だから待てと言うとるだろ。
レントンな、ホントに強化人種がなんなのかを知らんのよ」
「――えっ!?」
あたしの言葉に目を丸くしたマチネは、そのまま確認の為にレントンを見上げる。
レントンはこれでもかと首を縦に振りたくった。
「アイリス様の――聖女の祝福を授かって、〈竜牙〉騎士相当にはなれたが……正直、オレはこの力を使い熟せていなくてな……」
「イイ格好しようとするんじゃないよ。アンタのは力に振り回されてるって言うんだ」
「ぐっ……」
あたしに指摘されて、レントンは呻く。
レントンはスクォールの養い子同様、ウェザーが射出した乗員室のひとつに乗っていて無事だった。
「つまり身体強化を無自覚に喚起しちゃってる未熟者って事?」
「ああ。というより身体性能の下限が、身体強化時の〈竜牙〉相当に設定されてるんだろうな」
「ん~、お婆ちゃんの言ってる事はよくわかんないけど……」
マチネはレントンに向き直り――
「あたしの勘違いだったみたい。ごめんなさい」
そう告げると、小さな身体を前に倒して頭を下げた。
「い、いや……驚きはしたが、怪我はしていないし……」
レントンは戸惑い顔で刈り上げた頭を掻く。
……やれやれ、自分の半分も生きていない年齢の娘に蹴り飛ばされた挙げ句、それを恥とも思わずマチネを罵るようなら、試すまでもなく始末してやろうと思ってたんだがね……
「――それよりマチネ嬢、君、アリーという冒険者と知り合いだったりしないか?」
……ん?
「ん~? その人がどうしたの?」
「いや、オレの師匠なんだが……その、マチネ嬢の鍛錬や教示の仕方がそっくりでな……
――なあ、みんな?」
と、レントンはスクォールの養い子達に声をかける。
――そりゃそうだろうさ。なにせマチネはアリシア当人が黒狼団に施してる鍛錬法をマネてるんだからね。
まあ、それをレントンに教えるには信用が足りない。
マチネにもアリシアの事は口外しないよう念押ししてあるから、質問で返す事で誤魔化している。
子供達はうなずきを返したものの、騎士達に集落を襲われたわだかまりが残っているのか、その表情は決してかつての仲間に向けるものではなく、どこか昏い色を含んだ目をしていた。
「――団長が聞いてるだろうが!」
騎士のひとりがイキり立つ。
連中にしてみたら、子供達は同僚の命を奪った――正確には返り討ちに遭っただけだが――仇だからね。
子供達同様に、騎士達の目にも昏いモンが宿っちまってる。
「――よせっ!」
レントンが慌ててそれを制した。
「みんなも――レントン兄が僕らを襲わせたわけじゃないって説明は受けたろう?
あくまで行き違いがあって――そして、僕らは襲ってきた連中を返り討ちにしたじゃないか……」
養い子の中でも年長のダニーもまた、子供達をたしなめる。
だが、その表情もまた、決して騎士達を赦しているわけではないというのが、ありありと伝わってくるものだった。
重い空気が辺りに立ち込める。
「んんっ! みんな、ずいぶんと元気が有り余ってるみたいだね?」
と、そんな空気を吹き飛ばしたのは、この場で誰よりも幼いはずのマチネだった。
ヤツは鍛錬場の用具入れの前に積み上げられたモノを指差し、両者に言う。
「それだけ元気なら、ちょっとキツくしても平気だよね?
みんな、今度は身体強化ありでも良いから、アレを着けてもう一回、領城外周走、行ってみよう!」
マチネが言うアレとは、山岳訓練や踏破訓練に使う糧食を模した、砂を詰めた背負い鞄だ。
訓練内容によって大きさが変わるのだが、マチネが用意したのは一番小さな十キロタイプか。
「――ええ~っ!?」
王宮騎士と子供達両方から、不満と驚愕が入り混じった声があがる。
「え? お兄ちゃん達、できないの?」
と、マチネは鞄の山に歩きながら、騎士達に顔を向ける。
「――王宮騎士だってイキり散らかしてたのに?」
それからヤツは子供達にも顔を向けた。
「お兄ちゃん達は、その王宮騎士より強いって息巻いてたよね?」
そうしてマチネは十キロある砂鞄を指先ひとつで拾い上げて、クルクルと回し始める。
「このくらいの重さなら、ルシオやシーニャだって担いで秘密基地まで登るよ?」
その結果――運搬力が向上した結果、バートニー村の子供達の秘密基地は、どんどんと森の奥に作られる事になっているんだがな……
浅層の秘密基地は新たに移住して来た子供達に与えられ、今では最新基地に辿り着く事が子供達の中でひとつのステータスになっているほどだ。
「ちなみにおまえら王宮騎士がチンピラくずれと哂ってた黒狼団の連中は、朝の基礎鍛錬で最重量をふたつ担いで走ってるな」
と、マチネの目的に気づいたあたしも、そう言って煽ってやる。
見下してた者が自分より遥か先にいるというのは、貴族育ちのお坊ちゃんにはさぞかし屈辱だろうさ。
「マジで? すげえ!」
一方、子供達はというと、樹海の中で孤立していたところを助け出してくれてた黒狼団に純粋に懐いていて、あたしの言葉を素直に受け止めた。
バートニー村で子供慣れしている黒狼団の連中もまた、時間を見つけては彼らを気にかけているしね。
「はい、それじゃあ、かかれ!」
パンと手を鳴らすと、王宮騎士と子供達は砂鞄を背負い始めた。
「ああ、レントンとダニーは待ちな」
と、あたしは両者のリーダーに残るように告げる。
「え? はい」
不思議そうな表情のダニーと。
「はい。それにしてもやはり、似ている……」
同じように不思議そうな表情だが、その対象が異なるレントンを残して――
「じゃ、しゅっぱーつ! ビリは罰があるから頑張ってね!」
マチネはすっかりバテて、ぐったりしているシン坊を背負って一番前を走り出した。
「……すごいですね。あの子も大――アジュア様の弟子なのですか?」
表情を引きつらせたスクォールが訊ねて来た。
スクォールがあたしを名前で呼ぶのは、エルザを知っているレントンの前であたしを大賢者と呼ぶと、色々と面倒になるのが想像できたから、そう命じたのさ。
「まあ、そんなトコかね」
今はまだ基礎鍛錬と護身術程度だが、いずれあの子が望むならそうしても良いとは考えている。
「――見ての通り今の状態でもレントンを除けば、あの子は王宮騎士達より強いから、監視兼鍛錬教官を頼んだのさ」
「……監視はわかるのですが、鍛錬教官?」
あたしはうなずく。
「今の王宮騎士はひどすぎる。アレで上位なんだそうだ。
バカ弟子がいざ事を起こした時に、今のままじゃただの虐殺になっちまうだろ?
それを歴史に記させるわけにはいかないからね。多少、調整が必要なのさ」
だから、多少はまともな者を育てる手助けをしてやろうってワケさ。
「では、アジュア様はレントンを赦し――」
その言葉を、あたしは魔動を解き放つことで黙らせた。
喜色を浮かべかけたスクォールの表情が一気に青褪める。
「ぐぅ……」
あたしの背後でレントンがブルブルと震えながらうずくまるのがわかった。
「……それはこれからのコイツらしだいさ」
〈聖騎士〉を〈天体制御樹〉で保存している今、たかだか強化人種に過ぎないレントンなど脅威でもなんでもない。
だが、下手に拘束してカリーナと同化している、〈神託〉だった意識が暴発したら厄介だから、自由にさせているだけだ。
「ウェザーはこいつに隠れ住む道と、王城に戻って真実をカイルに伝える道を提示したようだがね……」
カリーナ同様、レントン達、王宮騎士の検査もあたしとリディアは念入りに行ったのさ。
そして、レントンの記憶からひとつの事実を導き出した。
「急に聖女とやらの力の目覚めた娘……それが、〈神託〉や亜神エリスという――アンタにもわかりやすく言うと、導師ドニールに連なる魔道知識に繋がっているっていうのさ……」
正確にはその師であるエルザの転生体と思われるのだが、レントンがいる為、言葉をぼかす。
幸いスクォールはあたしの真意に理解してくれたようだ。
「なるほど。それでアジュア様はグランゼスに向かおうと言うのですね」
今朝の新聞で、『聖女の力に目覚めた王妃が大侵災調伏に向かった』とあったのさ。
王都の情報が数日遅れて報じられる地域紙だから、きっとあの娘はもうローゼス領の宿営地入りしているだろうさ。
「ハッ…………ハァ――ッ」
胸を押さえて必死に呼吸しようとあえぐレントンの前にしゃがみ込み、あたしは尋ねる。
「――良いかい、レントン。おまえはアイリスを見極める為のエサさ。
……あの娘が元のままなら良い。
だが、目覚めた力が、あたしが思っている通りのもの……亜神エリスに連なるモノだったなら……」
アイリスの主体となっているのが、あたしやハク姉の推測通りアイリスのものならば、エルザの記憶を消すだけで済む。
だが、あたし達の予想と異なり、エルザが主体となっているのなら……
それを見極めるためにも、現地に出向いて直接顔を合わせる必要がある。
その時に、レントンという――幼馴染というエサを撒くことで、より多くの反応を引き出せるはずさ。
「そしてダニー、あんたもだ」
失ったと思っていた孤児院の子供だ。
アイリスがその主体となっているなら、この子にもなんらかの反応を示すはずだ。
リディアが気を聞かせて喚起した結界に守られたダニーは――
「それで先生とお嬢様の間の誤解が解けるなら……」
覚悟を決めた目で、あたしにうなずいて見せた。
「な、ならば私も――」
「アンタがいると、ヤツが逆上して拗れるんだよ。
気持ちはわかるが、ここはあたしを信じとくれ」
拳を握り締め、唇を噛むスクォール。
「……お嬢様をどうか……」
「ああ、悪いようにはしない」
あたしはそう応え、魔動を抑えて再びレントンを見据える。
「そんなワケで、アンタら王宮騎士は全員参加だ。
王妃の潔白を証明する為なんだ。騎士なら当然だよな?
一週間やるから、魔物に殺されたくなければ全力で鍛錬に励め」
「――は、はい!」
そうしてレントンは促されるまでもなく、自分で砂鞄を背負って走り出した。
「ぼ、僕も!」
ダニーもまたレントンの後を追って。
「は~、やれやれだ」
肩を揉みながらため息を吐けば、リディアがクスクスと笑って、顔を青褪めさせたままのレントンの肩を叩いた。
「――大丈夫ですよ、レントンさん。今のは半分しか本気じゃありませんから」
「は、半分とは……?」
「アイリス様の反応を見ると言う点は本気でしょう。
でも、仰ったのはあのアルの師匠である青の賢者様ですよ?
大方、マチネちゃんのお稽古に真面目に取り組まない騎士達や、それを律する事のできないレントンさんに苛立ったんでしょう? ですよね?」
と、リディアは後半はあたしに顔を向けて訊ねて来る。
「う、うっさいね。そういう事はいちいち口に出さなくても良いんだよ」
「あら、世の中、口に出さないと伝わらない事ばかりでしょう?
スクォールさん、安心してください。
アジュア様はグランゼスに出向いた先で、彼らを守らないとは一言も言っていないのですから」
その言葉に、スクォールの顔色が戻っていく。
「そ、そんなことより――アンタはアンタで、バートニー村の件を頼んだよ?」
照れくさくなって、あたしが話題を逸らすと――
「ええ。それが本来のわたしの務めですから」
よく整ったお辞儀でリディアは応じた。
あたしはスクォールに再び視線を戻す。
「悪いけどね、あたしはこういう立場だから、アンタの希望より人類守護を優先しなければいけないのさ。
だが、なるべくアンタの希望に沿えるようにはしたいと思ってる」
「……その言葉だけで十分です」
と、スクォールもまた一礼して。
「だから、というわけじゃないが……あ~、なんだ……バカ弟子の搬送は任せたゾ」
あたしがそう告げると、リディアとスクォールは驚き顔を見つめ合って、それから思わずという風に吹き出した。
「じゃ、じゃあそろそろ、あたしはアイツらの騎体の修理でもしようかね!」
そう告げて。
あたしはその場から逃げ出すように、転移魔法を喚起したのさ。
以上で6話終了となります。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
6話はかなり長くなってしまい、それでも収まりきらなかった部分をこの後の閑話で展開していきます~
なので、これまでの閑話よりちょっと長くなる予定。
その後の7話は、残る辺境伯領――魔道の都ベルノールを舞台に展開していきます~。
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