第6話 60
転移した先は、領城の外れにある旧番所――他領で言うところの衛士詰め所だ。
先代領主ベルンのさらに先代の頃までは、場内警備の衛士が詰めていたのだが、今は領主屋敷が改装されて番所も館内に設けられた為、警備衛士はそちらに詰めるようになったのさ。
そこで現在は旧番所もまた改装して、領城で働く者の独身寮になっている。
はじめは獣属の里の独身者を集めた家屋群――いわゆる長屋に近い、個室を並べたような造りにしようとしていたそうだが、思いの外入寮希望者が多かった為に木造二階建ての、いわゆるアパートみたいな見た目の建物を連ねた形で落ち着いたそうだ。
共同とはなるが、水場や風呂、水洗式のトイレも用意されている。
飯は使用人にせよ、官にせよそれぞれに食堂が用意されているのだから、なるほど入寮希望者が多かったのも納得できるってものだ。
そんな長屋棟の入り口に立つと――
「――お、先生?」
あたしに気づいて、上半身裸のチャーリーが声をかけてきた。
普段はバカ弟子をマネて染め上げた赤毛を、整髪料で尖らせまくってる小僧なんだが、鍛錬の後なのか水場で頭から水を被っていたようで、いまはチャラい姿のウェザーのような髪型だ。
「精が出るね。身体に異常はないかい?」
あたしがそう尋ねると、小僧は両腕に力瘤を造りながら背中を向ける。
その背には、あたしが彫り込んでやった狼貌の刻印紋様がきらめいていた。
「へい! お陰様で。
そうだ、先生。僕、ついに攻性魔法の喚起もできるようになったんスよ?」
「へえ、頑張ったモンだね。精霊に干渉できるようになったなら、戦術の幅が広がるよ」
「つっても、まだ礫弾を撃ち出すくらいで、石でも拾って投げた方が早いくらいなんスけどね」
と、苦笑しながら後ろ頭を掻くチャーリーの額を、あたしは煙管で小突いてやった。
「アンタ、エレーナやリディアの魔法をイメージして喚起してるだろう?
そのイメージと、喚起詞となる定形詞が合ってないんだろうね」
なんせ参考にしているモノがモノだ。
具現事象がほぼ固定化されている定形詞の攻性魔法では、物足りなく感じるだろうさ。
あたしはスクォールを振り返る。
「スクォール、あんた、原詞は唄えるかい?」
「――はい。ヘンルーダ師が再発見したものをいくつかと、イリーナ師匠から教わったものを……」
複数を修めているだけでも、現代を生きる魔道士としては上等過ぎるくらいだ。
ベルノール魔道大学の魔道狂い教授どもならともかく、宮廷魔道士でも導師級じゃなければ原詞でとはいかないだろうさ。
「んじゃ、スクォール。アンタ、暇を見つけてチャーリー達――魔道の見込みのある連中に魔法を教えてやんな」
そう告げればスクォールは紅い目をすっと細めて、チャーリーのつむじから爪先までを見下ろす。
「……彼を基準に選別をすれば良いのでしょうか?」
きっとチャーリーの魔道と魔動を視たんだろうね。
「そいつは隊長クラス――上等な方なんだ」
「――ウッソ!? 先生に褒められた!?」
「うっさいね。あたしだって褒める時ゃ褒めるよ。
ああ、そうだ、チャーリー。アンタ、芽がありそうなヤツを集めな」
うまく行くようなら、そのままチャーリーの隊員として配属して、魔道遊撃隊とするのも良いだろう。
「とりあえず集め終わったら、そいつらと一緒にベルノール領に行ってもらうから準備するようにも伝えるんだよ」
「――へ? ベルノールに? ああ、ジョニス兄貴達と合流するんスね」
混乱を避ける為、チャーリー達、黒狼団にはまだバカ弟子が魔膨症になったことは伝えていない。
黒狼団にとってバカ弟子は王というより、心の拠り所――立脚点になっている節があるからね。
それが失われかけているとなった時、こいつらの行動が読めないのさ。
もはや元のチンピラに戻るとは思えないが、アイツの無念を晴らすとかほざいて王都に攻め入る可能性は捨て切れない。
だから念には念を入れて、バカ弟子の状態は伏せてある。
すでに現地入りしているイライザと黒狼団の団長であるジョニスには、あとで〈鳥〉を飛ばして伝えとくつもりだが、チャーリー達隊長以下に伝えるのは、バカ弟子の回復の目処が立ってからのつもりだ。
移動もチャーリー達とは別に行い、スクォールに〈天象騎〉で運んでもらおうと思ってる。
リディアの転移魔法って手もあるけど、ベルノール領都のそばに長距離転移なんてしようものなら、魔動を嗅ぎつけた教授達の格好の餌食となってしまうだろう。
「んじゃ、さっそく移動する連中募ってみるッス!」
「ああ、バートニーに戻る連中の護衛もあるから、とりあえず半分以下にしとくんだよ」
「わっかりやした~」
黒狼団が部屋を割り当てられている棟へと駆けて行くチャーリーを見送り、あたし達は領の脇にある鍛錬場へと辿り着く。
――と。
「……も、もうムリだ……」
「ゆ、許してくださいっ!」
そんな悲鳴じみた声をあげ、運動着姿で地面にへたり込む王宮騎士達の姿が、そこにはあった。
「え~? お兄ちゃん達、それで騎士だなんてホントなの?
あたし、騎士って重甲冑着けてても音の速さで走れるって聞いたよ?」
そして、そんな王宮騎士達に小さな指を突きつけ、そうのたまうのはマチネだ。
あの子の後ろには、騎士達ほどではないが、玉の汗を落として肩で息するスクォールの養い子達や、舌を出して休憩する白毛玉のシン坊の姿もある。
「うむ。オレの師匠もそう仰っていた。
騎士学校に入ってから、それはごく一部の上位者なのだと知らされたが、そうなれるようオレもカイル陛下も努力してきたつもりだ!」
と、涼しい顔でそう告げたのは、騎士達を束ねるレントンだった。
ピクリとマチネの眉が跳ね上がって、ヤツはレントンを見上げた。
「――ナメんな!」
そんな声と共に、マチネの全身のバネを使った容赦のない跳び回し蹴りがレントンのケツを襲って、ヤツは三メートルほど地面を顔面で抉って制止した。
騎士達の表情が青ざめる。
「はい、すぐ戻ってくる! 三秒! いちにさ――」
恐ろしく速い手拍子。
「――は、はいっ!」
身を起こしたレントンは、慌ててマチネの元へ駆け戻る。
「レントンお兄ちゃんさぁ……」
前髪を掻き上げ、小さい身体を目一杯に反らして、レントンを見上げながら見下すマチネ。
「あたし、言ったよね? 素の能力を見たいから、身体強化は禁止だって。
アジュアお婆ちゃんから聞いて知ってんだよ? アンタが強化人種なんだって。
あたしみたいな子供相手なら、ズルしてもバレないと思った?」
ダグ坊にイタズラされた時のような、ガチギレ調で言い募るマチネ。
背後でシン坊が尻尾を股の間に隠してるね。
「い、いや、オレはそんなつもりは……強化人種?」
マチネに施している稽古には、ダグ坊やだけじゃなく、時にはアリシアやジョニス達が混ざることもある。
その時のアリシア達の会話の流れで、マチネやダグ坊やには黒狼団には刻印の刺青を施してあるのを教えていたんだ。
そういう魔道で後天的に強化された者を、強化人種っていうのも含めてね。
「挙げ句に誤魔化そうとまでするんだ?
ホント、一度、まとめておはなししといた方が早いのかなぁ?」
と、腰のポーチから、あたしが緊急時に備えて預けといた霊薬を取り出して足元に並べ始める辺り、アイツ、本気でおはなしを始めようとしてるね。
「――じゃあ、歯ぁ食いしばろっか?」




