第6話 59
「カリーナはともかく、あんたらは魔膨症について教えた事をすっかり忘れちまってるようだから、おさらいだ」
表示させた光盤には、この星の現代人の模倣図を表示させる。
「知っての通り、現代における魔法ってのは、一般的には体内魔道を周囲の空想感応物質――世界を構成する精霊に接続し、魔道器官と共鳴・励起させる事で引き起こされる事象のことさ」
この星に流れ着いた人類は、長い年月を経て退化して行った結果、そんなやり方でしか魔道事象を引き起こせなくなっちまったのさ。
「魔道器官に施されてる――魔/魂転換刻印と霊脈への接続路となる霊路――が、封印されてるのはアリシアの話から伝わってると思うが……」
あたしの問いに、エレーナとマリエールがうなずく。
「ああ、婆さんがウチに来た時に言ってたやつか。
スクォール殿、あんた独学で婆さんの封印を破ったんだって? すげえよな」
ロイドもまたうなずき、スクォールを称賛した。
「いえ……確かに独学に近い状態ではありますが……」
と、スクォールは言葉を濁す。
スクォールの記憶によれば、西方群島の地下遺跡であたしらが破棄した封印研究所を発見したそうだが、当時の彼の師であるヘンルーダ導師と共に、その技術が実用化に至るまでに非人道的な実験を繰り返していたのも事実なわけで、彼はそれを恥じているのだろう。
あたしは鼻を鳴らす。
「……それに使われたのは、主に罪人だったんだろう?」
「ですが、帝国での罪人というのは――」
「知ってるよ。それでもだ、と――あたしは言ってるんだ」
アグルス帝国で罪人として扱われる者の中には、征服された他国の者や政争の敗者という、罪という罪を犯していない者も含まれる。
彼や彼の師が実験体として扱った者の多くが、そう言った者達なんだろうさ。
「……|犠牲にした者達にした行為を恥と感じ、悔いる気持ちがあるのならば……
アンタは一生をかけて、この世界にそれ以上の救いをもたらすんだね」
あたしが吸口を噛みながらそう告げると、スクォールは目を見開いてあたしを見つめ、それから懐かしむような顔に苦笑の色を織り交ぜた。
「……なんだい、その顔は?」
「いえ、これが世界の守護者なのか、と」
「ああ、イリーナだね? ついでに鬼婆とも言ってただろ?
アルサスから教わってから、アイツ、あたしの事はそう呼んでたからね。
おかげでクレリアまでマネし始めてさ」
まったくアルサスのヤツは、ロクなマネしない。
表では厳格な王を演じていたクセに、身内には気の良いおっさん然として接するものだから、弟子達は少なからずヤツの影響を受けてるんだ。
「わ、私からはその……なんとも――」
焦り混じりの苦笑で答えるスクォールに、あたしもまた苦笑する。
「良いんだよ。と、言ってもアンタはあの小娘に、あたしがアンタを世界の敵と認識する恐れがあるって脅されてたんだろうから、ムリもないけどね。
――改めて言っとくよ。
アンタが人を救う為に――世界の為に、その智と力を振るうならば、あたしは青の賢者の名においてアンタを庇護し、新たな弟子として、さらなる叡智を与えようじゃないか。
――カリーナ、アンタもね……」
あたしの宣言に弟子共が驚きの表情を浮かべた。
「婆さん、王族以外で……良いのかよ?」
「バカだね。今でこそ王族しか弟子入りさせてないけど、あたしがアベルと出会う前――ローダイン王国が興る前には、普通に弟子はいたんだよ。
スクォールとカリーナなら、その基準に叶うのさ」
なにせカリーナは金眼のハイソーサロイドで、今は赤眼に戻っているが、一時は金眼に至ったスクォールは、今後の鍛錬次第でまた金眼となるだろう。
「――基準?」
マリエールが首を傾げる。
「ああ、話が逸れちまってるが、まったく無関係ってわけでもないから説明しとくか。
あたしが弟子入りを認めるのは、世界への干渉力が強い者なのさ。
わかりやすいのが強い意志力――魔動を持つ者で、純血種の王族は立場も含めてそれが強いから、漏れなく弟子入りさせるようにしてる。
……で、だ――」
あたしはスクォールとカリーナに顔を向け――
「スクォールはあたしに一度は世界の敵と認識されていながら、ウェザーの統御者となって生き延びてみせた。
カリーナなんて、今の時代で再生復活まで成し遂げている。
――弟子入りには十分なのさ」
『……つまり、セイラ様が弟子入りさせているのは、ハイソーサロイドに至る可能性がある者……〈三女神〉の主駒となりえる者という事なのですね?」
〈通心〉で訊ねて来るリディアに、あたしはうなずきで応える。
主駒となった者は、他者にとってはその舞台が華々しく見えるだろうが、多くの者が多数の為の個の犠牲の個に当てはめられて、苦悩と不幸に満ちた人生を送る事になるのさ。
それを少しでも避けられるように……いざという時に、より多くの時軸を選べるように、あたしは弟子に知恵や技術を惜しみなく与えるようにしている。
こっ恥ずかしいから、本人達には絶対に教えんがね。
「んで、話を魔膨症に戻すと、だね。
さっき話した封印によって、現代人類の魔道はそれに見合った――封印が施された状態が正常なものとして機能するようになっちまってるのさ。
――そうだねぇ……当時、貧弱とされていたアルスでさえ、今のアルサスやゴルバスふたり同時に相手取っても楽勝だろうね」
あの時代も封印の影響は出ていたが、今ほどではなかった。
再生人類への差別さえなければ、今すぐ封印など取り去ってしまいたいが、それをしたなら、今度はあちこちで魔膨症発症者が現れるだろう。
あちらを立てればこちらが立たず……どうしようもない行き詰まりを感じずにはいられない。
せめて大霊脈に接続できれば……
ないものねだりなのはわかっているが、そう思わずにはいられないね。
「具体的には、生まれた時に体内に形成される魔道が、封印された魔道器官に合わせたものになっちまってる」
……退化と言い換える事もできるだろう。
「スクォールの編み出した封印解除法が優れているのは、自身の魔動ではなく霊脈から、魔法喚起に必要な魔動を吸い上げ、魔道を通して霊脈に還すという、循環型の刻印制御法を用いた点だね……」
光盤の模擬図を煙管で指し示しながら、あたしは弟子達に説明する。
魔道器官が発する魔動は意味を持たせる事にだけ用いられる。
元々が再生人類の為に生み出された手法なために、余分が発生した場合――つまりは魔膨症が考慮されていないのは、まあ仕方ないのだろう。
「さて、ここでバカ弟子の状況だ」
と、あたしは光盤の模擬図を一新する。
バカ弟子を示す犬の半面を着けた人体図を中心に、左右に丸を描き、足元には虹色の波線――霊脈の模擬図を描いた。
「あの時、バカ弟子にはファントム・ハート――クロの心臓を基点として、双子女神の心臓の魔道が接続されていた……」
こいつらには説明できないが、そもそも〈幻創竜騎〉は、戦後の八大竜王専用騎を想定して設計してるのさ。
いわば大銀河帝国が誇る近衛騎士の中でも、上位八人の為の専用特騎さ。
当然、騎乗者の魔道もそれ相応のものを想定していたわけでね。
あのバカ弟子はこの二年――正直、このあたしでもドン引きなレベルの苦行の果てに、自身の魔道をファントム・ハートに見合うだけのものに……意思の力だけで作り変えちまったよ。
だが、それでもまだ……
……ハク姉の見立てだと、〈大戦〉末期の英雄上位五十人だっけかね。
その程度では、幻創竜騎の騎乗者としては足りないのさ。
……ホントに、難儀な子だよ。
せめてあの子が、アリシアのようにハイソーサロイドの肉体を持って生まれていたら、魔膨症なんて発症せずにすんだろうに。
いや……だからこそ、この結果を導き出せたんだろうけどね……
……再生人類の欠けた魂の治療と一緒だ。
あちらを立てればこちらが立たず……
「バカ弟子は、さらに霊脈にまで接続して魔動を吸い上げ……結果、体内の魔道が耐えきれず、魔膨症になったってワケさ」
リディアとスクォール以外は、〈伝承宝珠〉の事は知らない以上、アレの事は黙っておく。
アレこそがバカ弟子の限界を超えて、魔動を引きずり出した最大の要因なんだけどね。
「……殿下は、それが必要なほどの魔法を喚起しようとなさったのですね?」
あたしの説明にカリーナが訊ねてきた。
そういえばこの娘は、フォルス大樹海から迷い出た赤眼のトカゲ魔獣を退かせるために、限界以上に魔法を喚起して、バカ弟子と同じように急性魔膨症を発症して命を落としたんだっけね……
「……そういえば、アル――いえ、殿下は決戦の際、私が託したものとは違う魔法を喚起したようですが……」
「ああ、リディアから聞いてるよ。
アンタ、カリーナ復活に失敗した時に備えてたんだってね」
他の弟子達には決して聞かせられない、〈魂〉を霊脈にある記憶ごと消滅させるという大魔法さ。
スクォールの問いに、あたしは鼻を鳴らす。
「ローダイン王室嫡流はね……」
これは魔神教育を受けた者にも、今までは伝えずに来た事実だ。
だが、これからのあのバカ弟子を想えば……あのどうしようもなく我儘で傲慢な――優し過ぎる暴君を想えば、こいつらは知っておかなければいけないだろう。
「――あたしやクロを殺す為に教育を施されるのさ」
あたし自身が人類の――この世界の敵となってしまった時の為の抑止力として、ローダイン王室は存在すると言って良い。
弟子達が息を呑んだ。
「バカ弟子にも……アルベルトにもまた、八竜戦闘術の教育を始めた頃に伝えてある。
一生をかけて、ひとつでも良いからあたしを殺せる術を見つけ出してみろってさ。
だが、あのバカ弟子ときたら……」
〈書庫〉の使い方をせがんだと思ったら、魔道塔やらあたしの庵に入り浸って、様々な魔道概論を読み漁ってたんだっけね。
そうしてある日、満面の笑みと共に〈書庫〉に構築した、ヘッタクソな魔法を見せて来たんだ。
「アイツはさ――なにかあったら、あたしを殺すのではなく封じると言ったのさ。
絵本の中で勇者が魔王にするようにさ。
そして反省したら、解放するって――対となる魔法まで造っててね」
……本当にバカな子だよ。
歴代の王族の中でも、飛び切りさ。
これまであたしを殺す術を提出してきた子は何人もいたけど、それでも生かそうとしたのはアイツだけさ。
世界の敵をそれでも生かそう――なんて、どっか心の大事な部分が、ぶっ壊れてるんじゃないかね?
「――エリスにアイツが喚起した魔法は、その完成形さ。
亜神級の魂を封じるんだ。それこそバカ弟子の魔道にかかった負荷は、魔膨症の発症で済んでるのが奇跡みたいなもんさ」
それもまた〈伝承宝珠〉のおかげなのかね。
マツド先生の研究テーマだった、〈遺失神器〉については、あたしもわからない事だらけなのさ。
アリシアの記憶の中では、イリーナが生み出したようだが、なぜアイツがアレを生み出せたのか、何処からその知恵と術を得たのかすら、もはや確認しようがない。
ぶっちゃけバカ弟子は即座に全身から血を噴いて、絶命してても不思議じゃなかったくらいだ。
「……アイツの状況はわかった……」
ロイドが神妙な顔で呻くように言う。
「それで、婆さん。オレ達はアイツの――オレ達の王の為になにができる? なにをしたら良い?」
――オレ達の王と来たかい。
思わず笑みが溢れるのを自覚する。
ふふ……残念だったね、バカ弟子よ。
アンタはそれでもまだ百姓生活に未練があったようだけどね……もはや流れは止められないようだよ。
「幸いな事にスクォールは魔道器官に関する知見があり、魔道医療にも精通している。
魔膨症に関してはカリーナ、アンタの経験が役立つだろう。
だから二人にはバカ弟子を連れて、ベルノールに向かってもらう」
「――へ? ウ、ウチですか?」
エレーナが驚き顔で自分を指差した。
「ああ。アンタの実家には、イリーナが使ってた抑制器があるからね。
庵に戻れない以上、あそこ以上に治療にもってこいの場所はない。
なにより……アイツがいるだろう?」
「あ……そ、そうですね」
と、エレーナは引きつったような笑みで曖昧な返事をした。
「なんだい、その顔は? こと魔膨症が絡む状態なら、アイツのがあたしよりうまくやるだろうよ」
……小癪な事だがね。
今、この星であたし以外にバカ弟子の身体を診れるのは、アイツしかいないんだ。
「……その話し振りだと、お師匠は別行動なんですよね?」
「ああ。まずはあいつらがはっちゃけ回って、ぶっ壊した騎体の修理。
それからちょっとグランゼスの侵災の様子を見て来ようと思ってる。
王宮の戦力を減らす為とはいえ、魔物が増えすぎてたらあとあと面倒だからね」
あたしはロイドとエレーナを指差し。
「アンタらはラグドール領の立て直しと、バートニーへ派兵する〈竜爪〉共の選抜を急ぎな」
あたしの指示に、全員が了承を示す。
と、そこへ――
「――大賢者様、ひとつこの場を借りて、お願いしたいことが……」
スクォールが床に跪いて、頭を垂れながらそう告げた。
……ああ、そっちもあったね。
「やれやれ、次から次へと忙しいこったね。
――リディア、ロイド。一緒に来な。
スクォール、行くよ」
あたしは煙管を一振りして、転移の魔法を喚起する。




