第6話 58
スクォールとカリーナが入室するのを待って、あたしはマリエールに視線を向ける。
「――あの時、マリエールは居なかったからね。改めて紹介するよ。
スクォールとカリーナ・ベルトランゼだ」
途端、マリエールは目を剥く。
「――ベルトランゼって、お父さんの……」
「おや、知ってたのかい」
知識面にあまり勤勉とは言えないマリエールだったが、流石に身内――父親の元婚約者についてはちゃんと覚えてたって事かね。
「……それでお母さん、珍しくお茶会なんかしてたんだ……」
あの戦いの後、あたしはカリーナに施した〈事象停滞場〉を解除して、ハク姉と共に徹底的に彼女を調査した。
スクォールの記憶じゃ、亜神エリスは最初はカリーナの身体を奪おうとしたみたいだったからね。
カリーナに宿った眷属人格が、またこの星の人類に対して脅威にならないよう、先手を打っとこうと思ったのさ。
だが、結果はシロ。
すでに眷属人格はエリスとの接続が断たれ、それどころかカリーナの魂と混じり合ってさえいた。
奇しくもエリスが介入した事によって、両者の防衛本能が〈魂〉内を確たるものにする為に融合を早めたんじゃないかと、ハク姉は言ってたそうだ。
要するに今のカリーナは外の世界を知っているだけの、カリーナ・ベルトランゼそのものって事さ。
ついでに言えば、何代か先のリディアの子孫の状態でもあるそうだ。
そんなワケで危険はないと判断して、屋敷内での行動を許可したら、スズカが真っ先に面会を申し込んできたんだ。
それがマリエールの言う、お茶会だね。
マリエールの言葉に、カリーナは困ったようにため息を吐く。
「あの子ったら、わたくしを見るなり、大泣きしてお腹を斬ろうとしたんですよ?
領主家の大奥様になったっていうのに、ああいうところは本当に変わらなくて、逆に安心しました」
スズカからしてみればカリーナの死後、体良く婚約者の座を奪ったと取られてもおかしくない気持ちだったろうからね。
ましてカリーナの死は領地安堵の為だ。
あの真っ直ぐ過ぎる気性から言って、死んで詫びようとかアホな事を考えたんだろうさ。
「カリーナさん、お母さんと知り合いだったって事?」
「はい。わたくしは父がラグドール領の魔道士長でしたので、幼い頃は領城に部屋を与えられていたのです。
鬼族の長の娘だったスズカも同様で……なので――ええ、親友ですね」
晴れ晴れとした顔で答えるカリーナに、マリエールはさらに質問を重ねる。
「――でも、でもさ! お父さんを取られた、とか思っちゃわない?」
「おい、マリー? なんでそんな必死に――」
「お兄ちゃんは黙ってて! どうなのかな、カリーナさん」
身を乗り出すマリエールに、カリーナは柔らかな、けれど寂しげな微笑みを返す。
「スズカにも問われましたが、わたくしは本来、この場には存在しないはずの者なのです。
スクォールが人生を賭け、そしてウェザー様のお慈悲と大賢者様のお目溢しがあって、こうして甦って参りましたが、その間に起こった事に不満を言う権利など、何処にもないのです。
――まして……」
カリーナはロイドとエレーナ、そしてマリエールを眩しそうに見つめて、再び――今度は寂しさのない、晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
「これほどにご立派なラグドールの次代を育て上げた、ベルン様やスズカに不満などあろうはずもありません」
……なるほど、スズカが入れ込むわけだね。
あたしはカリーナという人物像を、アルサスやゴルバスを通してしか聞かされてなかったけどね。
復活してからまだ、たったの三日だ。
ところどころ曖昧な記憶は、死を経験した直後からの連続として『今』を認識しているという。
内心では割り切れない感情もあるだろうさ。
だが、あの娘はそれらを押し殺して、かつての婚約者と親友の子にわだかまりなどないのだと、安心させようとしているんだ。
確かに不幸がなければ、ラグドール家に嫁ぐに値する人格だったようだね。
「……そっか。そう、思えるのか……」
身体を投げ出すように、ソファに腰を下ろすマリエール。
そんな小娘に、なにやらカリーナは思いついたように手を打ち合わせ――
「――マリエール様、失礼します」
と、カリーナはヤツに身を寄せて耳打ちした。
途端、マリエールは顔を赤くして。
「ちょっ!? そんなんじゃ――でも、そっか。そうだよね。お母さんのが……」
などとブツブツと思案を始める。
男共は不思議そうな顔をしているが――エレーナはなにやら心当たりがあったのか、確かめるようにあたしに視線を投げかけて来てるね。
とりあえず、ため息混じりにうなずいといたよ。
まだどう転ぶか、わかったもんじゃないからね。
……アレはああ見えて、道理やスジってのを弁えてる。
バカ弟子のおはなしも利いてるんだろうが、それ以前の話を鑑みても間違いないだろう。
まあ、こればっかりはなるように任せるしかないだろうね。
あたしは灰皿に煙管を打ち付けて灰を落とす。
全員の目が集まる中、再び火皿に煙草を詰め込んで着火しながら、紫煙を深々と吸い込んだ。
天井に向けて盛大に吐き出すと――
「――さて、挨拶も済んだことだし、そろそろ本題に入ろうかね」
そう告げて、あたしはマリエールが座るソファの対面の席を、スクォールとカリーナに勧めた。
賢いふたりは、貴族作法にあるような無駄な断りなどせず、一礼して素直に従う。
「――おう、それだ!
アルはなぜ三日経っても帰ってこない? 大怪我でもしてるのか?」
……本当に似た者兄妹だよ。
さっきのマリエールのように、今度はロイドが腰をあげてあたしの方に身を乗り出して訊ねてくる。
さて、どう説明したもんかね。
あたしは再び煙管をふかす。
リディアがスクォールとカリーナの分のお茶を運んで来て、ポットからカップに注いで配り、再びあたしの隣に座る。
その間、ロイドとエレーナのふたりは、縋るような目であたしを見ていた。
「――大怪我は……していないといえばしていない」
「……だが、婆さん。あんたがそういう言い方をするって事は、あいつの身には別に厄介事が起きてるんだな?」
あたしは思わず舌打ちしちまったよ。
「ホント、小賢しくなっちまったもんだよ。
ああ、そうさ。あいつはちと厄介な状態にある」
三日前のあの戦いの後、あたしはリディアとスクォールをともなって、〈天体制御樹〉内部に踏み込んだ。
ロイドやエレーナは当然のように着いてこようとしたんだが、『世界の真実』を理由に立ち入りを禁じた。
スクォールをともなう事に、ふたりは不満げだったが土地神――ウェザーが認めている事を挙げれば、二人も引き下がるしかなかったのさ。
だから、ふたりは事の直後のバカ弟子の姿を見ていない。
あたしも当初は、ヤツがあんな状態になってるとは思わず、〈制約〉と魔道器官の疲労によって意識不明になってるだけだと思ってたからね。
〈再生器〉を即席で魔改造した〈休眠器〉にヤツとクロをぶち込み、ウェザーに看護を任せてロイド達と合流し、引き上げてきたのさ。
ぶっちゃけるとあの時はバカ弟子より、カリーナの状態を確認する方が重要だったからね。
そうして翌日、あたしはウェザーから急報を受けて、〈天体制御樹〉に舞い戻った。
あたしは煙管で灰皿を鳴らして、光盤を開く。
「……これが今のあいつの状態さ」
そこに投影されたバカ弟子の姿に、息を呑んだのはカリーナだ。
魔道知識の薄いマリエールはもちろん、ロイドもエレーナも首を傾げてる。
光盤の中のバカ弟子は、〈事象停滞場〉の濃紫の膜に覆われた状態にあった。
「なにこれ? 刻印……とは違うよね?」
マリエールが魔道の膜に包まれたバカ弟子の、肌に浮き出たそれを指差しながら訊ねてくる。
「……魔道が、溢れ出る魔動に励起されて発光してんのさ……」
そう。ヤツの肌には今、魔道がはっきりと浮き出ていた。
「そもそもお師匠。なぜ〈事象停滞場〉を?」
エレーナもまた、バカ弟子を覆う魔法に疑問を感じたようだ。
「……魔膨症を抑える為……ですね?」
「ああ、アンタはわかるだろうね」
「ええ。それで命を落としましたから……」
本人はなんでもない事のように言うのだが、あたしは思わず鼻を鳴らす。
「笑えない冗句だ。それで笑うのはバカ弟子くらいだよ。
見なよ。スクォールが思いつめた顔をしてるじゃないか」
「あ、ごめんなさい! 殿下の状態を説明したかっただけで……」
「まあ、カリーナが言った通りだよ。
アイツは今、魔膨症が発症していて、その進行を抑える為にあたしが〈事象停滞場〉で隔離している」
あらゆる事象の流れ――それこそ時間の経過からすら隔絶する〈停滞場〉ならば、魔膨症だって侵しようがないからね。
「……あいつ、なんでまたそんな病に……直前まであんなに戦えてただろうに……」
よくわかってないロイドが、顔をしかめて悔しげに呟く。
「あれだけ戦えてたからこそだよ……当然といえば当然の事象なのさ」
「――は?」
「やれやれだ。イリーナが魔膨症になってから、戒めを込めてあんたらにも教えたんだがね……」
ロイドやエレーナは肉体的に恵まれ、マリエールはそもそも弱い魔動しか持ち合わせていなかった為に、縁がなかったもので覚えてないようだね。
「――良いかい? あの瞬間、バカ弟子には女神の心臓二つ分に加え、フォルス大樹海……いや、恐らくは領都や周辺の獣属集落のものも含めて、霊脈を構成する精霊が一気に流れ込んだのさ……」
あたしは説明の為に立ち上がり、別に開いた光盤を煙管で指し示す。




