第6話 57
「……二柱の女神の心臓ってこたぁ、あの竜もどきにもそれが使われてるってことか?」
アゴをさすりながら尋ねてくるロイドを、あたしは睨みつける。
「――竜もどきって……幻創咆竜って銘は教えただろ!」
「そう、それだ!
つーか、それってクロがでかくなった時の名前じゃなかったか?」
ロイドのその言葉に、ヤツの隣に座ったエレーナがヤツのシャツの袖を引いて、残念そうに首を振った。
「……ロイド様、ほら、お師匠だもの……きっと面倒臭がって、見た目と銘をそのまま流用したのよ」
正解だろうとばかりに、横目でこちらを見るエレーナ。
「うっ……ああ、そうさ! クロの閃竜形態を元に開発したD型兵装光速騎の試作騎……攻閃騎の外装を流用してるよ!」
あたしがそう白状すると、弟子三人は納得顔だ。
と、今度はリディアが不思議そうに首を傾げた。
「そもそも艦載機の主力は兵騎や武騎ですよね?
兵用の戦闘兵装としては、流体空間戦闘機で――なぜ、D型兵装光速騎なんて造ったのですか?」
「あー、アンタにはそう思えちまうよね」
ハク姉の知恵がある以上、大銀河帝国や人類会議同盟軍の艦隊運用の知識もまたあるんだから、当然の質問だ。
「――リフ?」
エレーナが新しい魔道知識の匂いを嗅ぎつけて食いついてきた。
「あ~、それについては『世界の真実』だ」
ただでさえこいつらは、航空機の側面を持った幻創咆竜を見てるんだ。
これ以上、外の世界の魔道知識に触れさせられるもんかい。
――ちなみに流体空間戦闘機ってのは、騎士のように自身の能力で光速の枷を突破できない――いわゆる軍兵士が使う兵装のひとつで、操縦席に演算炉を直結させて極小万能素材と重力干渉素子の混合防護液で覆っただけという、シンプルな造りの一人乗り戦闘機だ。
外からの見た目は暗銀色の球体で、搭載している演算炉に同期することで、騎士になれない兵士であっても光速戦闘を可能とするという兵器なのさ。
シンプルなだけあって量産しやすく、既知人類圏では戦闘機といえばコレを指すってくらい広まっている。
機体を覆う重力干渉素子によって慣性制御を行い、全天周を前として戦え、《《落ちる》》事で航行する魔道兵装さ。
極小万能素材を発振させる光閃砲を主砲に、機体構成素材を弾丸として電磁射出する実体弾による副砲も持っている。
……だが、アレはもはや、この星には存在していない。
あたしはリディアが再発見した〈通心〉を喚起し、リディアに語りかける。
『――あ~、リディアよ。流体空間戦闘機については、この星には残骸すら遺っていないから、口にするのは勘弁しとくれ』
リディアに説明する気はないが、これは断言できるのさ。
なんせ、あたし達がこの星に流れ着いた頃――まだ星々の海への復帰を諦めていなかった時期に、みんなで血眼になって残された重力干渉素子を探し求めたからね。
艦載機の流体空間戦闘機は軒並み解体されて、重力干渉素子を回収されてるのさ。
「――D型兵装光速騎は、いつか〈這い寄るもの〉どもが現れた時に備えて拵えたのさ……」
リディアが質問した内容――なぜD型兵装光速騎なんて造ったのかに答える。
重奏兵騎はおろか軽奏兵騎との合一すらまともにできない者が出るほどに、魔動が弱体化していた再生人類。
だが、〈誓約〉の外となる未知領域に流れ着いた以上、いつか来訪し得る〈這い寄るもの〉相手には、かつての<大戦>がそうだったように、人類一丸となって戦ってもらわなくては――戦力になってもらわなくてはならないのだ。
そこで軽奏兵騎よりさらに要求魔動が少なくて済む、獣騎が開発され、その発展として航空戦力のD型兵装光速騎が造られた。
ま、誰でも扱える所為で、どっちも第一文明崩壊時に止めどなく戦線に投入されて、現代にはまるで遺ってないけどね。
「……で、ロイドの質問に答えると――その通り。
幻創咆竜には、双子女神の妹神――二番基……いや、ギンカの心臓が使われている」
自身の眷属をスカーレットの元へ帰還させた一番基ステラと違い、ギンカは少なくともあたしが既知人類圏にいた頃には帰還していない。
彼女の名前をあたしが知っているのは、偶然、彼女が生み出したと思われる神器が賢者委員会に持ち込まれたからだ。
ギンカの銘を関した、〈竜星晶〉と同構造の物質で構築された鏡だった。
あの鏡は確か、紫――シオンの研究室に回されたんだったか。
昔過ぎて、その辺りの記憶は曖昧だ。
重要な事を魂にメモるのを癖付けたのは、この星に流れ着いてからだしね。
「――正確なところ、本騎である〈幻創咆騎〉に搭載した補助動力炉〈戦女神の涙〉は、女神ステラの化身の心臓を模したものさ。
同様に幻創咆竜に搭載した〈戦乙女の涙〉は、女神ギンカの化身の心臓を模してある」
より正確に言うならば、あの子らの艦載機にして局地戦用躯体となる、兵騎の補助動力炉だ。
〈幻創咆騎〉にステラのものを使ったのは、同型機ではあるものの、あたしらの元を離れる段階で、あの子達の性能は大幅に差があったからだ。
最前線に投入され、星系ひとつをまるごと分解・再構築して進化を繰り返し、〈這い寄るもの〉の巣を消し去ったステラと、ロールアウトされたまま一度も進化をしていないギンカとでは、艦載機でも大きく差が出ていた。
「――つかよ、婆さん。なんでわざわざ兵騎とわけたんだ? 最初から武騎にしとけばよかったんじゃねえか?」
それは次期竜王騎開発計画のコンペでも訊かれた質問だね。
あたしは思わず苦笑する。
「進化なしのステラの主、最有力候補だったお方の魔動強度が……あー、っと――」
「――三七キロMSですね。ちなみにドクター・エルザが検診データによれば十九キロMSです」
と、リディアが補足してくれる。
「なんだ、その――エムエスってのは? 魔動の強さかなんかか?」
ロイドが興味深げに身を乗り出してくる。
「気にしなくていいよ。どうせこの世界じゃ意味がない数値だ」
圧倒的に人口が足りな過ぎて、割り出せやしないからね。
ちなみにMSってのはマツドソウルって単位の略だ。
魔力論が主流だった魔道科学学会に、現在主流となっている『精霊及びその集積である霊脈への魔動干渉論』を提唱した、マツド先生の名前がそのまま用いられている。
それまでは魔道器官の性能が、強い魔法を顕現できる要素だと信じられていたそうだ。
だから、あたし達のような魔道器官強化種研究――A.T.C計画なんてもんがあったんだし……
だが、マツド先生はさらに一段回踏み込み、魔道器官が放つ波動――つまりは魔動と、それを体内や体外に繋げる魔道の関係性を実証した。
魔道器官の性能によらず、気合いによって変動する魔動と魔道、そしてその要素に励起された、周囲を取り巻く精霊濃度こそが一般的に「魔力が強いとされている状態」なのだと提唱したのさ。
まあ要するに小学校の「まほう」の時間に、一番最初に習う「|想いこそが力になる《気合いと思い込みがすべて》」ってヤツだね。
だからこそ、魔道器官に内包された、〈魂〉が欠けている再生人類は、魔法の大元となる魔動が弱いんだけどね。
……それにしても、だ。
エリザベート皇女殿下で三万強か。
それだけあっても殿下は、進化前のステラの局地戦躯体と合一できなかったわけだ。
「……あのエルザ――グランゼス領をたった一人で崩壊させた、マッドサイエンティストの倍近くの魔動を持つお方が、指一本動かせないような重奏兵騎の魔動要求をさらに引き上げるのは、バカのする事だろう?」
「いや婆さん、最終的にそんなバカなマネしてるからな?」
「――うっさいね! 世の中、想定外ってのはあるんだよ!」
企画と設計段階じゃ、ただただあの子達を守りきれなかった、大銀河帝国皇室と近衛連中への当てこすりだったんだよ!
――おまえらは艦載騎ですら合一すらできないような力を、みすみす手放したんだってさ。
合体変形機構にしたのは、それぞれ単独でも強力だと示す為。
あとはギンカ――当時はオメガと呼んでいたが――その性能がアルファより劣るのを悟らせない為でもあった。
「ただの武騎でさえ合一できない者ばかりなのに、重奏特騎を武騎に固定しちまったら、それこそバカ弟子以降、扱える者が現れないかもしれないだろう?」
ぶっちゃけちまうと、あたしはあの戦場でバカ弟子だって〈幻創竜騎〉と合一するなんて、欠片も考えちゃいなかったのさ。
〈天体制御樹〉相手に、兵騎サイズではあまりにも戦力差があり過ぎるから、せめて〈幻創咆騎〉に飛行性能だけでも持たせてやろうって魂胆だったんだよ。
だが、アイツは合体までをも成し遂げて、その真の姿――〈幻創竜騎〉と合一までしてみせた。
『……リディア。ハク姉ならあの時のバカ弟子の魔動強度を、感覚的に割り出せるんじゃないか?』
再び〈通心〉でリディアに問いかける。
『――瞬間的には……〈大戦〉末期の英雄達の上位五十人に並ぶんじゃないか、と仰ってますね』
……やっぱりそうかい。
さすがに八大竜王や、それを超える〈八人のヒーロー達〉とまでいかないのは当然として、それぞれが女神達の主駒となっていた百人の英雄達の上位五十人に並ぶというのなら、確かに〈幻創竜騎〉とだって合一できるだろう。
あたしの知ってるヤツなんて、恒星鷲掴みにして〈這い寄るもの〉の巣に放り込んでたっけね。
……アイツでたしか、位階は二十番台だっけか。
『――そしてもうひとつ。魔動強度は別として、事象干渉性能で言えば、アルは間違いなく〈八人のヒーロー達〉と同質の――正しく〈世界を変える者〉だ、と……』
……ふふ、そうかい。
あたしはリディアに微笑みと共に、うなずいて見せる。
なんともはや、そのチグハグさがヤツらしいじゃないか。
「そんなアイツだからこそ、〈伝承宝珠〉も応えたのかねぇ」
バカ弟子があの結果を導き出せたのは、あの神器があったからとも思うが、〈幻創竜騎〉がたった今、世界に〈万能機〉の眷属として記されたように、あの戦場は時軸が無数に分岐し、因果すら歪んでいたように思える。
そんな状況を、ただの万象騎でしかないあたしが見通せるはずもないんだから、考えるだけ時間の無駄ってもんなんだろうね。
と、あたしは部屋の外に強い魔動を感じて、そちらに顔を向ける。
リディアもまた気づき、お茶の用意をする為に立ち上がった。
ドアがノックされる。
「――来たようだね。入んな」
そう声をかければドアが開かれ、スクォールとカリーナがそろってあたし達に礼をした。




