第6話 56
「――さて。それじゃ、ラグドール家臣団の意思統一ができたトコで、あたしら裏方の今後の動きを決めようか」
「――待て待て。婆さん、その前に説明だろ?」
と、あたしの言葉を遮って、ロイドが切り込んできた。
「……あんたが言う通りに待ってたが、さすがにもう三日だ。
あいつらが戻って来ないのは、婆さんがラグドール家の〈伝来騎〉蔵に隠した、あの騎体に関係してんだろ?」
「――チッ! 相変わらずそういうトコは勘が働くようだね」
煙管の吸口を噛みながら毒づけば、ヤツは小癪にも肩をすくめて見せた。
「伊達にガキの頃から、あんたの世話になってるわけじゃねえからな」
こういうところが、コイツのやりにくいところだ。
ちゃっかりあたしがマリエールに言ってやった言葉の、意趣返しまでしやがる。
一見すると……実際も、見たまま脳筋そのものなクセに――スズカの口八丁のやり口を受け継いだのかねぇ――無自覚なままにそれを使いこなして、王宮騎士団入団からたった二年で第二騎士団長まで上り詰めた。
実のところ、あの頃は大将軍だったゴルバスや第一騎士団長のサリュートの後見があったとはいえ、当時は二十歳の若造だったロイドを団長に据えるのには反対の声もかなりあったんだ。
騎士団長職ってのは、武に秀でているだけで務まるものではないからね。
大昔――既知人類圏に居た頃からそうだが、軍人ってのは偉くなるほどに文官寄りの仕事が多くなるもんなんだ。
ロイドの父親のベルンなんか、「そういうのは領主仕事で手一杯だ」なんて抜かして、近衛の長の座を蹴ってるからね。
だが、目の前であたしを見据えるコイツは、そういう声があるのを承知で――実力で実務にも足る事を示してみせたのさ。
サリュートを抜いて、歴代最年少の団長就任だったよ。
「――御神体が絡む以上、あんたがよく言う『世界の真実』ってのに、触れかねないのはわかってる。
だが、今回の一連の騒動で、オレぁ確信した。
家臣達の前で言ったのは、決して建前なんかじゃねえ。本心だ!
オレ達の王はアイツ……アルベルト・ローダインしかいねえんだ!」
「わたしも……間近では見てないけど、御神体に立ち向かうアイツを見て、そう思ったよ」
「なんとまあ……」
この兄妹がバカ弟子を気にかけるのは、ミハイル達への義理立てだと思っていたが、アイツ自身をちゃんと見極めたって事かね。
あたしの隣で、無言で首肯を繰り返しているリディアは置いとくとして……
「――なあ、婆さん。なにもすべてを教えろってんじゃねえんだ。
オレ達が知りたいのは、今、あいつがどうなってるのかって一点だけだ」
「お師匠、答えられるところだけで良いの。
アルくんの状態がわからない事には、今後の話もなにもないでしょう?」
「――師匠!」
……なんだコレ?
このあたしが弟子三人に詰め寄られるなんて経験、長く生きてきたがそうそうないよ。
前がいつだったか思い出せないくらいさ。
「……アジュア様。どうせあの騎体を見てしまっているのだから、いじわるせずに教えてしまえと『あの方』が……」
と、リディアがあたしの裾を引いて、トドメとばかりに告げてくる。
クソっ! ハク姉までもか。
「……あたしにも考えってのがあったんだが――まあ、いいか……」
戦略占星術士としての先読みでは、あたしよりハク姉のが優れているからね。
所詮、ハイソーサロイドとしては、万象騎というありきたりな騎種に過ぎないあたしでは、秘中の秘たる精曜法士という貴種には勝ち目がないのさ。
この場でリディアを介して口出しして来たということは、あたしにとってもそれが良い方向なんだろう。
「――とはいえ、二度手間はゴメンだからね。
アイツの件を説明するのは、スクォール達も交えてだ」
そう弟子達に告げると――
「今、お二人を呼びました。すぐに来られるそうです」
と、リディアが笑顔でそう告げる。
「お、おう」
完全に〈通心〉を使いこなしてるね。
自身が喚起した〈天眼〉やクロの〈談話室〉、そしてエレーナが独自に開発した〈結魂〉という、三種の〈通心〉系魔法を体験した事によって、〈魂〉の適切な距離感を保った意思疎通用魔法を組み上げられたそうだ。
――ぶっちゃけ第二文明崩壊のどさくさで、あたしが遺失させた魔法そのものさ。
ハク姉に教わったのかとも思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
純粋に魔法の再発見だ。
これだから人類ってのは侮れない。
――これだからあたしは、この星を諦め切れないのさ。
……ふむ。それならばこの場に雁首揃えてる弟子どもに、種を蒔いとくのも一興かね?
ハク姉の知識と〈書庫〉、そしてそれを使いこなす〈鍵〉を持つリディアほどじゃないにせよ、後々……こいつら自身ではなくとも、その子孫から思わぬ発想を持つ者が生まれるかもしれない。
「――スクォールを待つ間、共通認識としてあんたらにも、あの騎体について教えとこうかね」
今呼んでいるスクォールには、三日前の戦いでウェザーやクロを通して知らされているし、カリーナもまた亜神エリスの眷属としての記憶とスクォールの補足説明で、あたしの制作物であるアレについて、この場にいる弟子達より理解していると言って良い。
つまりはコイツらにも同様の知識を与えなければ、話が進まないってわけだ。
基礎的なトコは、いつものように検閲編集した記憶を流し込むとして――
と、あたしは促成教育器であるヘッドリングを三つ取り出し、対面に腰掛ける弟子達に差し出す。
「うお! 久々だな、コレ……」
「使った後、しばらく変な気分になるんですよねぇ……」
「その割に必要な時には思い出せないし!」
教育の際に使っていたから、三人とも微妙な表情をしているよ。
「ええい、うっさいね。つべこべ言わずにさっさとするんだよ」
スクォールがあたしらに信用してもらう為にそうしたように、記憶を共有する方法も取れるんだが、それだとコイツらに前文明の事まで知られちまう。
いざという時の……あたし自身への抑止力であるローダイン王族嫡流。
――その末裔たるアルベルトはともかく、今を生きるコイツらにまで、直接その役目を背負わせるつもりはないのさ。
だからこそあたしは、検閲した知識だけを短時間に植え付けられる、促成教育器を多用する。
「……こいつぁ……」
「――世界に干渉する為の……法器」
ヘッドリングを着けて、さっそく知識が転写されたのかロイドとエレーナが呻いた。
なまじ兵騎や魔道器に知識がある二人は驚いているが、マリエールは地下大迷宮で教育を施していた時のように、素直にそういうものだとして受け入れているね。
三人が促成教育を終えて、ヘッドリングを外す。
「――ま、これでわかったと思うけど、あの騎体は大昔に研究途中で侵災に呑み込まれちまってたものなのさ」
そういう設定で、三人には知識を植え付けた。
竜属――王竜に呑まれたなんて、それこそ説明できないからね。
「……〈象創咆器〉――クロの対にして素体となる重奏兵騎……〈幻創咆騎〉。
それがこの時代になって、あたしの元に還ってきた。
クロの心臓――ファントム・ハートに適合し、その主となったアルベルトのいる、この時代になってね……」
……偶然、なんかじゃないんだろう、〈三女神〉?
「……婆さんがよく言ってる、運命論――あ~、幸運度偏向理論ってヤツか?」
「まあ、そういう理解で良いよ」
〈三女神〉達の思惑なんて、それこそコイツらが気にする必要はない。
イリーナに教えを受けているアリシアとスクォールには、連中の駒にされない為にも、別途、折を見て説明する必要があるだろうけどね。
「――アレは、『世界の敵』に対する人類の切っ先なのさ。
だからバカ弟子とクロは、グランゼス城の戦い――ドクター・エルザと、ヤツが喚び寄せた〈魔物甲冑〉を狩る為に、あの欠陥騎を用いたわけだが……」
「――欠陥騎? でも、お師匠……アルくんは最終的にあの騎体だけで亜神に打ち勝ち、御神体――〈天体制御樹〉を倒してるでしょう?」
エレーナが言う通り、バカ弟子が放った最後の一撃は〈天体制御樹〉の巨体を居住区画まで貫き、その衝撃でいまや〈天体制御樹〉はフォルス大樹海の中心部に、膝までを地面に埋めて横臥してる有様さ。
「……だからこそ、この場に居ないんだけどね……」
「え、師匠? なんか言った?」
あたしの呟きを耳ざとく聞きつけて尋ねてくるマリエールに、煙をお見舞いしてやる。
「ぎゃー、それやめてってば!」
「――説明には順番があるのさ。
詳しい事は教えられないけどね、あの騎体にはとある女神の欠片を仕込んである」
「女神って……土地神様みたいな?」
マリエールの問いに、あたしは頷く。
どうせあの子達のことなんか、この星はおろか――既知人類圏でだって、ほとんどの者は知らないんだ。
「そうだね。〈三女神〉の従属神とでも思っておけば間違いないよ」
それにあたしはあの子らに怖がられてて、あんまり好かれてなかったからね。
だから最後のあの時、スカーレットのヤツが別れの場を譲ってくれようとしても断っちまった。
本当は誰よりもあたしはあんたらの味方だって叫びたかったし、ふたりが居なくなってしまってからも、ふたりを連れて逃げ出す夢を何度観たかわからない。
あの子達を見るとさ、あたしとフウラを生み出したA.T.C計画の施設にいた頃を思い出して、平静じゃいられなかったんだ。
――アンタ達は優しい大人に囲まれていて良いね……ってさ。
ああ、単なる嫉妬でうまく話せなかったのさ。
そのクセ、一番基アルファ――いや、主を得てステラの銘を得たんだったか――は、スカーレットに言わせると、分別のない引き取られたばかりのガキの時分のあたしそっくりだそうで……
――そうだね。あたしもそう感じて、こっそりアイツを気にかけてたんだ……
まあ、すべてが終わり……もはや過ぎ去った話さ。
自嘲気味に鼻を鳴らし、あたしは話を続けようとしたんだが――
「――いいえ!」
と、それまであたしの隣で口を挟まないよう、カップを傾けていたリディアが、カップを置いて不意に口を挟んだ。
「お、おい、リディア?」
「セイ――アジュア様。たとえあなたでも……いえ、あなただからこそ、彼女達をそんな風に言うべきじゃありません!
あなたは――七賢者の皆様方は、人類の希望とするべく彼女達を願ったのでしょう!?」
さらにやおら立ち上がったリディアは、唖然とする三人を見下ろして言い放つ。
「――良いですか皆さん。アルのあの騎体には、〈三女神〉の秘された妹たる双子女神――神々を救うべく誕生した戦女神の心臓が宿っているんです!」
……正確にはその模造だがな。
あたしの冷静な部分がそう言葉を発して、なんでもないように続けようとしたのだが……
「……あたしなんかが……そう思って……あの子達を誇っても、良いのかなぁ……」
思考とは裏腹に、口を突いて出たのはそんな言葉だった。
リディアはうなずく。
きっとハク姉もまた同じ風に思ってくれているんだろう。
そうでなければ、リディアがあたしを遮ってまで主張したりしないだろう。
「――その為に……お二柱が正しかったのだと世界に示すために、あの騎体を造ったのでしょう?」
「あ……」
――届いた、と……思ってしまった。
願いが、叶ったのだ、と……
「――うえええぇぇぇぇっ!?」
バカ弟子どもが驚きの声をあげる。
わかってるよ。いい歳してみっともないだろうさ。
だが、知ったことかい。
あたしだってヒトなんだ。弟子の前だろうと泣く時だってあるってもんさね。
誰にも告げることのなかった、あの騎体を造った理由――それを一万年の時を超え、リディアが理解して世界に唄ってくれた。
――いや、そうか……
あたしは不意に――そしてようやく、バカ弟子がなぜ……どうやって、あの結果に辿り着けたのかを理解できた。
「……ふふ。アンタはホントに……すごいねぇ」
精曜法士ほどのハイソーサロイド貴種が、感情のままにそれを口にしたのだ。
それはあらゆる時軸の因果の別なく響いて、事実として確定されたのだろう。
――つまりはたった今、あの騎体は戦女神たる〈万能機〉の眷属として確定されたのだ。
そんな大それた出来事を成し遂げたというのに、リディアはあたしの背中をさすりながら囁くのだ。
「……だからアルは……セイラ様が、お二柱を大切に思っていたからこそ、奇跡を起こせたんですよ」




