第6話 55
ラグドール伯爵領としての方針が決まったところで、あたしらは家臣達を大広間に残して、城の奥にあるラグドール家屋敷の談話室に移動した。
「……やれやれだよ。畳の匂いは嫌いじゃないが、やっぱ直接床に座るのは腰に来るよ」
と、ソファに身体を投げ出して、あたしは煙管に煙草を詰め込んで火を着けた。
リディアがごく自然にサイドチェストに歩み寄って、お茶の用意を始める。
そんなの飲みたい奴が好きに用意すれば良いだろうに、ありゃもう性分なんだろうね。
今この場に居るのは、あたしとリディアにエレーナ、そしてラグドール兄妹の五人――いわば身内だけなんだ。
確かに爵位の上ではリディアは男爵だが、それを言ったらエレーナは今はまだ爵位を持たないベルノール侯爵令嬢だし、ロイドに嫁いだ後もラグドール伯爵夫人とはなっても自身が爵位を持てるわけじゃない。
マリエールも同様だ。
……と、いうかだよ。
ロイドと同じ青髪を揺らすアイツに、あたしはあえて煙を吹きかけてやった。
「――ちょっ!? 師匠! なにすんのさ」
バタバタと手で煙を散らす姿は、とても今年で二十二になる女とは思えない。
「ミハイルがウェザーにかけた言葉じゃないけどね、アンタももうちょっと落ち着きってのを覚えな。
――普通、ああいうのは家主側の女の仕事なんだよ」
あたしはマリエールに煙管の先で、人数分のカップを温めているリディアを指し示して見せた。
誰もが魔法を喚起できるがゆえに、行き過ぎた男女平等が根付いてしまっている既知人類圏なら考えられない事なんだろうが、再生人類が主となったこの星では、女性は家で守られるべきものって考えが主流だ。
魔道なしの素の肉体性能じゃ、女は男に力負けしちまうからね。
自然、男女の役割分担が礼儀や作法という形で確立していて、あたしが今言ったように客をもてなすのは女の仕事というのが、現代の常識となっているのさ。
「――うっ! そこはホラ、適材適所って言うか……」
そう言って後ろ頭を掻く仕草は、いたずらを見つかった時の兄貴そっくりじゃないか……
あたしはため息混じりに吐き出した煙を、もう一度マリエールに吹きかけたよ。
「――もう! だから煙いって!」
「……はぁ。アンタの行く末だけは、あたしゃホントに心配だよ」
こめかみを揉みほぐしながら言ってやれば、能天気娘はあっけらかんと答えやがったよ。
「大丈夫だって! アリシアだってまだ婚約者もいないじゃん!」
ああ、頭がイタくなってきたよ。
「なあ、コイツ本気で言ってんの?」
「えっと、お師匠。マリエールにもまた色々と事情がありまして……」
エレーナが困り顔でそう応える。
「ラグドール辺境伯を継いだロイド様の実妹で、鬼嫁伝説を持つスズカお義母様と、アルサス陛下の片腕とも言える近衛騎士ベルンお義父様が両親なんですよ?」
「……む?」
エレーナの言わんとする事がわからず、あたしは首をひねった。
「――言ってしまえば、貴族達の間ではマリエールは高嶺の花なんですよ」
「いやぁ~、エレ姉、照れちゃうわ~」
「こ、この能天気娘が……高嶺の花?」
マリエールを震える手で持つ煙管で指しながら、あたしはエレーナに確認する。
「……考えてもみてください。
マリエールはお師匠のところへは王城の隠し通路を使ってましたし、興味がないからって学園入学もお茶会への招待も断り続け、世間的にはこの子が姿を現したのは騎士団採用試験の時なんです!」
「あ~……アレなぁ……」
教え子の晴れ舞台ってんで、あたしもこっそり見に行ったんだが――
「確かに見栄えはよかったもんねぇ……」
喚起できる攻性魔法が弱いって理由で落選となったが、最終試験でサリュート相手に五合も打ち合えたんだ。
それが決して見目も血統も悪くない辺境伯令嬢ともなれば、さぞかし若い騎士達の興味をかっさらっただろうさ。
「しかも落選したら、騎士に固執せずに侍女として働きだしたでしょう?」
それまでいっさい表に出ることのなかった、ラグドールの深窓の姫突飛な行動に当時の社交界は激震したという。
あの頃の宮廷侍女や女官といえば、婚約が決まった令嬢の行儀見習いか、嫡子ではない令嬢が爵位を得る為に目指すものだったからね。
いわばマリエールの行動は、周囲に結婚する気はないと示すようなもんだったのさ。
「……へへ。わたしはさ、ただミハイルお兄とレリーナお姉に恩返ししたかっただけなんだ。
――フォルス大樹海で魔物が溢れた時、幼いわたしはアンダルス湖畔の避暑地にいてさ……」
能天気娘は、その笑みに自嘲の色を織り交ぜて続ける。
「川も湖も魔物の甲殻の鉛色と、不気味な紅い目の色に染まってて……ああ、わたし、ここで死ぬんだって幼心に思ったよ……」
アンダルス湖への魔物の侵攻といえば、マリエールは生まれたばかり――二、三歳と言ったところかね。
「――そこにさ、クロに乗ったミハイルお兄とレリーナお姉が駆けつけてくれて……」
当時のミハイルは元服を迎え、〈王騎〉を継承したばかりだったか。
支援騎仕様のベルノール家〈伝来騎〉が合わないって言うんで、レリーナの為に王城の制式騎をカスタマイズしてやったのを思い出すね。
「……あの日、わたしは英雄を見たんだ。
だから……ふたりに仕えたいって、心の底から思った。
……間に合わなかったけど、ならアルベルトを支える事でふたりの恩に報いようって、そう思ったんだ……」
――アンタもかい。
あたしは思わずため息をつく。
ロイドもまたミハイルに憧れ、仕える為に騎士を目指したんだったね……
マリエールの場合、女の身であったから騎士がダメなら侍女で、とすぐに切り替えたんだろうね。
こいつの目的は王宮に勤めてアルベルトを支える事であって、立場や肩書なんて気にしてなかっただろうから。
――とはいえ、だ。
「雰囲気を変えてはぐらかそうったって、あたしゃ騙されないよ。
マリエール、あんた、マジで将来をどう考えてるんだい」
あたしに煙管を向けられ、ヤツはあからさまに舌打ちしやがったよ。
「小賢しいマネしてんじゃないよ。あたしゃ、あんたらが猿みたいな見てくれの時から知ってんだ。
――マジな話、想い人がいるなら早めにくっついといてくれた方が、後々楽になんだよ」
「……へ? なんで?」
小首を傾げるマリエール。
「このままバカ弟子が玉座を取り戻した時、戦功報奨が必要となるのはわかるね?
戦で功績を残すというのは、それだけ力があるという事さ。
それだけの力がある者を、金を渡してはい終わり――あるいは陞爵だけして放置ってわけにはいかない。
――いやな言い方だが、枷もまたハメる必要があるのさ」
「その一番の方法が、王族との婚姻ってワケ」
あたしの言葉をエレーナが補足する。
この辺りの事は、マリエールにも現代政治学で講義したはずなんだが……コイツが女官の道を選ばなかった理由がわかろうってもんさね。
「現状、結婚すらしていないバカ弟子の嫡流からは降嫁させようがない。
となれば、ヤツに近い王族を嫁がせるしかないだろう?
今なら――マリエール。ちょっと歳は行ってるが、あんたが最有力候補に挙げられる」
「――ちょ! アリシアやレイリアお姉だっているでしょ!?」
ようやく自身の立場が理解できたようだね。
「バカだね。ふたりとも辺境伯家の次期当主さ。
あいつらの子供が継ぐまで、代官を置いて待てるような領地じゃないのは、お前でもわかるだろう?」
「――くっ!」
「……まあ、まだ先の事だし、あたしも鬼じゃない。おまえに想い人がいるなら考慮してやる。
だから、少しは将来について考えるんだね」
「……わかった」
まあ実際のとこ、内戦になったとして一番戦功がロイドになるのは目に見えている。
次席としてサリュートだろうか。
だからマリエールが嫁ぐ先として考えられるのは、それ以下になるだろうが――
ふふ、あたしゃ知ってんだよ。
マリエール、アンタがわざわざ早起きしてまで黒狼団の朝稽古に参加してた理由をさ。
だからこれは自覚すらまだであろう、アンタへのお節介さ。
これで多少は焦り出すだろう?
「――お待たせ致しました」
と、リディアがカップとポットを乗せたトレイを手に戻ってくる。
慣れた手付きでカップにお茶を注ぎ、それを配り終えると、当たり前のようにロイドとエレーナが座るソファの後ろに立とうとした。
思わず苦笑しちまったよ。
「いや、アンタはこっちだろうに……」
あたしは自分の隣を叩く。
「……ですが――」
「アンタはいまや白の賢者なんだ。たかだか王族に過ぎない、こいつらより上の立場なんだと自覚しな」
あたしにそう促されてもなお、リディアの目は助けを求めるようにエレーナとマリエールの間を行き来した。
「――まあ、いずれわたくし達がかしずく立場になるでしょうし、それが多少早まっただけですね」
「そうそう! 現状、有力候補だもんね!」
「――あの戦場で、単身アルベルトの元まで駆けつける度胸を見せつけられては、オレに異論などあろうはずもない」
三人もまた、リディアが上座にいるあたしの隣に座る事に同意している事を示せば――
「で、では……失礼します」
リディアはおずおずといった風に、あたしの隣に腰を降ろした。
「――さて。それじゃ、ラグドール家臣団の意思統一ができたトコで、あたしら裏方の今後の動きを決めようか」




