第6話 54
「――というわけで、アル……ええとアルベルト殿下は古代遺跡――御神体の暴走を調伏できたのです」
――バカ弟子が見事、亜神を調伏してみせたあの日から、はや三日。
今日、ロイドは混乱する家臣団に今回の件のあらましを説明する為、連中を領屋敷に招いていた。
ラグドール伯爵領ほどの大領ともなれば、文武諸官の長だけでも十名近くに登る。
そこに領内の街に配した代官達や、獣属の十二氏族の長も加わり、大広間にはいまや五十人近くが居並んでいる。
そうして大広間に集ったラグドール家の家臣団を前に、リディアは引きつった笑顔で家臣達に説明した。
リディアが説明しているのは、領内に残った王族不審の残り香をかき消す為だね。
獣属達が納得したとはいえ、あれからまだ三日だ。
ラグドール領内の家臣達の中には、獣属達の動きに同調することで、あの日までの十二氏族の長達のように、主家当主であるロイドを新たな王にと考えていた者達もいるだろう。
……十二氏族にもはやその意思はなく、むしろ長達はバカ弟子に恭順の意を示しているにも関わらずに、だ。
この辺りは現代の通信速度の遅さが原因しているのだと、つくづく思う。
要するに代官や地方配置の陪臣達は、獣属達がバカ弟子に従った事実を知らずにいたのさ。
だからこそ、状況を説明するには領主にして彼らの主であるロイドではなく、いまやバカ弟子の最側近とも言えるリディアが行う必要があったというわけだ。
それでも貴族は〈伝文鳥〉を使える分マシな方なんだが、その家臣――陪臣達は基本的に庶民を祖とする、いわゆる再生人類や混血種で魔動に乏しく、〈伝文鳥〉を喚起できないから、預けた手紙を受け取る事すらできないんだ。
結果、今回のような場合は早馬を走らせて、令状による呼集をかけなければいけない。
それで三日かかってしまったというわけだね。
まあ、その間に説明する内容を考える時間ができたのだから、悪いことばかりではないが、領主同士のやりとりが領内の部下達より、よっぽど早いという齟齬は修正していく必要があるか。
「……つまりアルベルト殿下は、元々は懇意にしていたご当主様に生存を伝える為だけに訪領していた、と?」
最前列の家臣の問いかけに、リディアは頷く。
「はい。あとはラグドール伯の婚約者であるベルノール嬢を送り届ける事も、目的のひとつでした」
この三日の間に、そういう事にしたわけだが……リディアはもう少し、表情を作る事を覚えた方が良いね。
この場にいる家臣団は、ロイドからリディアがバートニー男爵領という開拓村ひとつの小領主だと知っているから、リディアの表情は緊張しているのだと捉えているようだが、相手が腹芸に慣れた王宮貴族だったなら、あの表情からなにか隠していると読み取られてしまうだろう。
「……では、復権の助力を乞う為というのは――」
別の家臣の言葉に、リディアは彼を見て――今度は作り物ではない微笑みを浮かべて言った。
「――あら、すでに殿下にはリグルド大将軍麾下、グランゼス騎士団と〈竜牙〉騎士がいるのですよ?
加えて殿下自らが鍛え上げ、わずか十数名で隣領に捕らわれていた獣属の女性達を助け出せる武を持つ、我が領の黒狼騎士団もおります」
……おっと、こりゃ訂正だね。
真実を口にする時のリディアは決して折れず、的確に相手を切り裂く刃みたいなヤツだよ。
しかも笑顔で応じるのだからタチが悪い。
案の定、先程までのリディアの態度と表情で、ナメてかかっていたであろうその家臣は、リディアの反論に目を白黒させてるね。
「そしてなにより、ただいまご説明したように、殿下ご自身が御神体の暴走を調伏できるほどの武を誇っているのです。
それがなぜ、『助力を乞う』などという話になるのです?」
今のリディアは田舎娘のリディアではなく、確かにアルベルト王子を支える最側近――バートニー女男爵だった。
「――ラグドール伯?」
リディアの顔が笑顔のまま、上座中央で胡座をかくロイドに向けられた。
「あの者はあのような事を申しておりますが、それは御領の総意で?
……殿下に恩を売ろうというおつもりですか?」
その言葉に――リディアの素を知っているにも関わらず、ロイドは慌てて首を横に振った。
「――い、いや! 決してそんなつもりはない!
むしろ殿下の助力がなければ、我が領は御神体の暴走によって壊滅的な被害が出ていたはずだ!!」
あの娘は魔神教育を受けてないのに、勘違いしたあたしにさえ反論してみせる芯の通った娘だったね。
確かに宮廷貴族相手の腹芸は身につける必要はあるだろうが、あまり構いすぎて成長を歪めるのはむしろ悪手か。
なによりあの娘にはハク姉がついてる。
大銀河帝国の海千山千の貴族達を良いように手球に取っていたハク姉なら、うまくあの娘に腹芸を仕込むだろうさ。
あたしは宮中作法を教えるくらいにしとくべきだろうね。
ロイドは家臣一同を見回して続ける。
「いいか? 現在、領都や獣属達の間では、殿下はフォルティナ王の再来と言われている」
……笑っちまう話だが、事実だ。
フォルス大樹海の畔にある獣属の里は言わずもがな、あの日、バカ弟子と亜神と化した〈天体制御樹〉との闘いは、この領都からも見えていたのだという。
この領の民はフォルティナの伝説を寝物語に聞いて育つからこそ、フォルス大樹海に立ち上がった巨神が土地神なのだとすぐにわかり――畏怖したそうだ。
領城に詰めた官の中には、絶望に泣き崩れるものまでいたらしい。
そんな彼らに声をかけたのは、白い毛玉――獅子族の幼い長シン・バ・ライホウだったそうだ。
どうやら一緒にいたマチネがなにやら入れ知恵したらしいが、あの毛玉は天守閣からあらん限りに叫んだらしい。
――見ろ! 我らの真の王が征くぞ、と。
その言葉に、誰しもが俯けていた顔を上げたそうだ。
折よく巨大な拳がぶつかり合い――そしてわずかな間があって、さらに二度の強い発光と共に〈天体制御樹〉が仰向けに倒れ込んだことで、人々は勝利を確信した。
そう。あの日、人々はフォルティナが成した伝説の再現ともいえる光景を見たのさ。
リディアはその説明をしていたはずなのに、それでもあんなとぼけた事を抜かすなんて、あの代官は無能だね。
あとでスズカに言って対応させよう。
今の説明で納得顔してる者は有能さ。
きっと事前に――いずれかの手段で今回の件の情報を得ていたんだろうさ。
驚き顔も及第点として良いだろう。
先に挙げた通信手段の問題から情報を集められず、けれど今の説明を素直に受け止められているという事だからね。
だが、リディアの説明やロイドの反応を見てなお不満げな連中は、無能かあるいは腹に一物あるようなヤツさ。
これからを考えるなら、対処しておく必要がある。
そう考えてあたしが視線をロイドに向けると、ふと横から袖を引かれた。
「……お師匠、大丈夫です。わたくしが覚えて起きますから」
と、あたしの思考を読んだのでもないだろうに、エレーナがまるでそうであるかのように囁いてきた。
そうだったね。こいつらはガキの頃から、そうやってお互いの足りない部分を補い合って来たんだ。
いまさらあたしがあれこれ世話焼きするのは、お節介が過ぎるってもんかね。
やれやれ、弟子の成長を見るのは、何度経験しても嬉しい反面、クるものがあるね。
……ホント、やれやれさ。
そんなあたしの内心をよそに、十年ほど前にはあたしの頭痛の種のひとつだった脳筋バカは家臣達に告げる。
「……オレもまた、あの戦場にいたが……殿下は、あの絶望しかない状況で、すべてを救うと仰ったのだ。誰一人、傷つけさせないと。
そして、それを実際に成し遂げてみせた」
……小賢しい事にね。
バカ弟子の基準で言うなら、自分がいくら傷つこうと身内に被害が出ないなら良いのだろうさ。
逆に――エリスが誰かを傷つけていたのなら、アイツはあんな結果を望まなかったはずさ。
薄氷を踏むような、というのもおこがましい――乱数設定で適当に撃ち出した推進力のない構造体が、大昔に漂着した既知人類圏からの移民が暮らす惑星に辿り着くような――とんでもない確率の偶然に偶然を重ねた結末……
……いわゆる偶然の運命率ってやつだ。
――あのバカ、世界の声を聞いちまったんじゃないだろうねぇ……
「フォルティナ王以降、獣属と共に生きる、オレ達、ラグドールの民には忘れちゃいけねえ信念があるだろう?」
「――御恩と奉公!」
声を揃えて告げたのは、前列の左半分に陣取った獣属の長達だった。
「我ら獣属十二氏族は殿下に受けた御恩に報いる為、その意に従うに否やなし!」
まるで示し合わせたように――いや、実際のトコ、あの爺ども、影で練習してたのかもしれないが――、声を揃えて広間に大音声を響かせる長達。
と、そこに白い毛玉が立ち上がり、一同を見回した。
「殿下はな、拙者らに言ったんだぞ。
困った時は絶対になんとかするから……殿下も力を尽くすから、みんなでなんとかして行こうって」
あれだけバカ弟子を見下していた毛玉が、ずいぶんと懐いたもんだよ。
「そして実際に殿下は、暴れた土地神様を鎮めてくださったんだ。
ならば、拙者達が殿下に報いるのは当然でござろう?」
あの毛玉に目をかけてるロイドが、嬉しそうに頷く。
「うむ。シン坊――ライホウ族長の言う通りだ。
我らラグドール伯爵領は乞われるのではなく、むしろ願う形でアルベルト殿下の麾下に加わることを、オレは当主としてここに宣言する!」
獣属以外の家臣達がざわめいた。
なんせバカ弟子がこの領に来てから、まだたったの四日だ。
領の方針を打ち出すにしては早すぎるからね。
大抵の者はまずは支援からで、麾下に加わるとまでは考えていなかったのかもしれないね。
感情としてはバカ弟子の味方をしたくても、やることはつまり反乱だ。
領政を、領民の生活を考えるならば、せめて戦局が明らかになるまでは様子を見たいというのが、家臣達の本音だっただろうさ。
騒然とする大広間。
――と、不意に。
トン、とエレーナが畳を叩いた。
それほど強かったわけでもないのに、その音はやけに広間に響き渡る。
「――みなさん」
そう切り出す声も、やはり静かで――けれど、圧倒的なまでの魔動が込められていて、聞く者を震え上がらせるには十分過ぎるほどの圧を持っていた。
魔道に詳しくない者は、本能が感じる恐怖が不思議でならないだろう。
静まり返った大広間の中、エレーナは侯爵令嬢の微笑を貼り付けて続ける。
「ご当主の決定ですよ? お返事は?」
もう一度、エレーナの五指が畳をトンと鳴らす。
「は、ははーっ!!」
それだけで震え上がった家臣団は一斉に頭を下げた。
――落ち着いたら、新ラグドールの鬼嫁として出版して広めてやるのも悪くないかもねぇ……
あたしはそう考えて、〈魂〉の備忘録にメモを取っておく。




