第6話 53
『――あ……』
真っ二つに割れて燐光に溶けた仮面の下には――深紅紋様で形造られた童女の怯えた顔があった。
エルザから狂気を取り除いて、ただ純粋に幼くした印象。
視線が合った。
「――ここからだっ!」
童女の額に〈伝承宝珠〉を押し付ける。
振り抜いた右腕は、そのまま童女を合一器官に押し込んだ。
俺の二の腕までもが溶けるように呑み込まれ――
――そう、ここからなんだ!
「約束を果たせたな! ウェザーっ!」
そう叫べば、下方で合一器官に下半身を埋もれさせ、諦め切って目をつむっていたウェザーが、驚きに目を丸くして俺を見上げる。
握手どころか、今の俺達は〈天体制御樹〉の合一器官という、仮初のローカル・スフィアを通して繋がっているんだ。
合一器官を通して、俺の考えは伝わっているはずだ。
「――アルっ!?」
「――わかるだろう? 頼む、ウェザー!」
「ああもう! ホント、アンタら一族はっ!」
そう毒づくウェザーは、けれど言葉とは裏腹にひどく嬉しそうだ。
「……権能すべてを取り返してる時間はなさそうっすね。今から端末に集中して掌握するっス! だから、アルはそこまでの道を!
――多少、強引でもオッケーすよ!」
ウェザーが再び目をつむると、紫電に似た光が合一器官を染め上げていた深紅を押しのけて広がっていく。
「わかった。それなら得意だ!
――リディア! クロを!」
「――はいっ! いつでもどうぞ!」
彼女の名を呼んだ時にはもう、クロは――〈幻創咆騎〉は〈舞い唄う詞〉から解放されていた。
「――クロちゃん! 送りますね!」
リディアの周囲に極太の紫電が幾本も走った。
『――〈超伝導加速〉!?
い、いや、ボク、この状態でもある程度なら動け――』
「――目覚めてもたらせ! 〈電磁砲身〉!!」
バチンと雷光が瞬いて〈幻創咆騎〉が〈天体制御樹〉の二の腕から撃ち出された。
『――うっぎゃああぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁああああああああっ!!』
クロは悲鳴をあげつつ、〈天体制御樹〉の首元――合一器官のすぐ目の前で大量の火花を撒き散らしながら、三点着地の姿勢で制止する。
『ああもう! リディアまでムチャクチャするようになっちゃってさ!』
ぼやきながらも、長い付き合いになる相棒は、俺の考えなんてお見通しとばかりに騎体を起こした。
『――行くよ! アル! 最後の最後でしくじるなよ?』
「――努力しよう!」
そうしてヤツが〈天体制御樹〉の首元を蹴って跳び上がるのと、俺が合一器官から右腕を引き抜いたのは同時。
握り込んだ〈伝承宝珠〉の中央には、いまや消え入りそうな淡い赤の輝きが宿っている。
俺は後方へ――〈幻創咆騎〉の〈鞍房〉へと飛び込んだ。
四肢が締め上げられて鞍に据えられ、瞬きひとつで視界が変わる。
――再び俺は〈幻創咆騎〉となって……
「――悪いな、ウェザー! 最短を行かせてもらう!」
「うん! かつてのライオット兄貴達やフォルティナのように!
――君が彼らの末裔であると、僕に示してくれ!」
ウェザーの声援を受けながら、俺は魔道器官を強く意識する。
『……あらゆる自軸への誘惑を乗り越え、舞台をここまで導いたキミへのご褒美だ。姉様方もびっくりしたほどさ。
だから……特別だよ。相棒――』
それはクロの声のはずなのに、どこか違った響きで……
『――神珠動力炉〈戦女神の唄〉……空想領域、喚起』
胸の奥から――魔動が溢れ出した。
〈幻創竜騎〉以上の――まるで世界の霊脈そのものを流し込まれたかのような、圧倒的に荒れ狂う波濤だ。
「――っ!! ……があああぁぁぁ――――ッ!!」
目の前が明滅する中、俺は咆えた。
広がった詞が波紋となって広がり、地上目掛けて降り注いでいた巨腕の欠片――〈竜星晶〉を震わせる。
宙に舞った俺の背に、〈竜星晶〉でできた、いびつで巨大な翼が構築された。
『――運命論を超えた奇跡を観せてよ! アルベルト!』
なぜか泣き出しそうな声で叫ぶクロに、俺は必死に魔動を制御しながらうなずき、そして叫んだ!
「――接続! 〈世界の法則〉!!」
『……大丈夫。もう繋がってるよ』
意識が朦朧として来ていて、クロの声がひどく遠くから聞こえる。
〈制約〉の時が近いのだろうか……
それでも! これだけは俺の意地に賭けてやり遂げる!
「――もたらせぇっ!」
「――行けえっ!!」
『――行けっ!』
ウェザーの叫びと、リディアによって解放されたスクォール声が重なった。
そして――
「……あなたならきっと! アルっ!」
リディアが信頼を込めた瞳でそう叫ぶ。
俺は暴れ狂う魔動に乗せて、喚起詞を解き放った。
「〈幻創回廊〉ッ!!」
俺の前に五つの魔芒陣が織りなす仮想砲身が描き出され――俺自身を撃ち出した。
光の矢となった〈幻創咆騎〉は、至近距離で〈天体制御樹〉の首元を抉り飛ばし、そのまま躯体内部深くまで突き進む。
――着地。
「――あと少しだからな……」
合一を解いた俺は文字通り、〈鞍房〉から転がり落ちた。
やはり〈制約〉の時が近いのだろう。身体の自由が聞かなくなってきている。
天井から伸びた鉄の棒によって、俺の目の前に棺状の魔道器が運ばれてきた。
きっとウェザーがそうしてくれたんだろう。
その中に〈伝承宝珠〉を握る右手を差し込むと、騎体の背中にあったいびつな翼が砕け、再び欠片となった〈竜星晶〉は、まるで意思でもあるかのように棺の中へと飛び込んでいく。
……ああ、そうか。仮とはいえ、身体だったんだもんな。
棺の中に液体が注ぎ込まれ、宝珠を握る俺の手を濡らす。
「……我は、遥か彼の地にて……今も微睡む……夢穹の乙女が奏でた音なり……」
紡ぎ出るのは太古から継がれてきた、古い古い魔法の唄。
ババアやエルザがやってきたという既知人類圏の人々が、神々としか思えない力を手に入れる以前から、魔法という事象をもたらすために、歌い継がれてきた詞だ。
「……きっとコイツはさ……怖かっただけなんだよ……」
眷属の〈神託〉が俺にぶっ飛ばされて――助けを求められたのに、怖くて隠れてしまった。
だが、〈神託〉は偶然が重なってカリーナ殿という女性の身体に溶け込み――そこに俺がやって来た為に、〈神託〉は再び迫った死に恐怖した。
だからコイツは……エリスは今度こそと――眷属に応える為に勇気を振り絞ったんだろう。
間近で本物のエルザを――マッドサイエンティストを見たからわかる。
〈舞い唄う詞〉で造った仮初の肉体で、エルザを模していてさえ、アイツの目は染まり切っていなかった。
――人の域を超えた狂気に……
「……だから、だからさ……こいつを滅ぼして終わりってのは……違うだろう?」
俺は世界に――その法則を支えているという女神達に願う。
俺に〈世界の法則〉に干渉する力があるというのなら、今こそ使い処だと――強く強く想う。
そして……俺は〈神封じ〉と対になった、喚起詞を唄った。
「……奇跡を……もたらせ……〈神奉じ〉……」
棺型の魔道器がほのかな光を発して喚起される。
俺は――急速に全身から力な抜け落ちていくのを感じながら、液体に満たされたその縁にもたれかかった。
――うん。聞き届けたよ。本当によく頑張ったね。アルベルトくん……
そんな幻聴を聞きながら……俺の意識もまた、急速に暗転していく――




