第6話 51
「アアアアァァァァ――――」
王城の尖塔よりでかい巨腕同士の激突に、周囲の大気は灼熱して眩い閃光を生み出し、俺は業風に吹き飛ばされないよう、肩甲により魔動を注いで羽根を打ち振るう。
クロが遮光処理をしていてもなお白い視界の中――
『――あらあら、ずいぶん耐えて見せるじゃない! でも、これならどう?』
〈亜神〉の巨腕に無数の深紅紋様が、まるで蛇が首をもたげるように立ち昇った。
――俺は叫ぶ。
「――っ! ハクレイ、防御!」
『わかったわ~。
奏でて踊れ! 〈戦乙女の抱擁〉っ!!』
ハクレイの喚起詞に応じて肩甲の刻印が喚起され、虹色の燐光が駆け抜けた。
巨腕同士の間に城門ほどもある巨大な魔芒陣が描き出される。
位相差障壁によって目標とした事象を吹き飛ばす結界――と、合一した事によって刻まれた知識は言っている。
よくはわからないが、ババア達のいつもの埒外魔法ってわけだ。
エリスの思惑はわかっていた。
〈星砕き〉と〈天体制御樹〉の拳がぶつかり合わせることによる衝撃と灼熱する大気で、この星を滅ぼそうとしたのだろう。
そうでなくてもババアの記憶の中で見た、巨神同士の激突のように、俺諸共にこの周囲を焼け野原とするコトで、俺を消し去ろうとしたのか。
だが、クロ達が語る双子女神由来の結界兵装は、確かに巨神同士の渾身の一撃が生み出す慮外の暴威から周囲を守っていた。
……だからこそ、俺は次の行動に移れる!
「――かかったな! クロ、白ババアを幻創咆竜の予備合一器官に押し込め!」
これもまた騎体と合一した事によってわかった事だが、この騎体には合一器官が二つある。
騎乗者の生存を目的として、緊急時には幻創咆竜に合一し、〈鞍房〉を〈幻創咆騎〉から引き抜いて脱出できるように設計されてるんだ。
『え? え?』
「早くしろ! おまえも置いていかれたいのか!?」
『――ああ~、よくわかんないけど、先生、ゴメン!』
一瞬の視界の暗転。
『――二重合一によるコンフリクト発生! 武騎状態の維持ができない!』
クロが告げたように、激しい金属音を立てて、〈幻創咆騎〉と幻創咆竜の連結が解除されていく。
『ちょっ!? アルベルト! なにを考えているの!?』
なんでも見透かしたようなアイツが、驚きの声をあげてやがる。
胸がすく思いだ。
俺は中身を失って空っぽの甲冑となった幻創咆竜に足裏を押し当てて叫ぶ。
「――へっ! 演出家気取りの白ババアも、舞台にあげてやろうってんだ!
そのまま結界を維持し続けてろよ!! 少しは働け、白ババア!」
そうして俺は幻創咆竜を蹴って、宙に跳び上がった。
『……あ、あは……』
ハクレイが――
『あは――あはははははは――』
大爆笑をはじめた。
『そう、そうよね! 貴方達はそういう存在だったわ!
わたし達の計算も計画も全部ぶっ飛ばして、思うがままにすべてを救っちゃう!
いいわ、アルちゃん! 貴方を導くのではなく、共に戦う仲間として支えてあげる!
――行きなさい!』
「――ああ!」
リディアがそうしてくれたように、いやそれ以上の精度で、白ババアは俺の進路に結界の足場を的確に喚起してくれる。
「――もたらせ! 〈幻創回廊〉!!」
前面に描き出された五連魔芒陣を突き破って、俺は一気に加速する。
ハクレイが喚起した大結界――〈戦乙女の抱擁〉を超えて。
瞬間、激突していた二つの巨腕が砕けた。
虹色の輝きを放つ欠片が爆音と共に空高く舞い上がり――それを突き抜けて、俺は〈亜神〉の残された二の腕に取り付く。
『――なっ!? こいつ、また!? これが〈遺失神器〉の接続者が生み出す、運命法則だとでもいうのっ!?』
「オオオオォォォォ――ッ!!」
ヤツはとっさに振り払おうとでも思ったのか、残った右上腕を振るったが、俺は無心でそれを駆け上った。
『――無駄だって言ってるでしょうっ!?』
〈舞い唄う詞〉が足場となった〈亜神〉の腕から湧き上がり、騎体の足を縛り上げる。
「――まだだっ! クロ!」
『――ウェザーを、弟を頼んだぜ! 相棒!』
「ああっ!」
合一を解除すれば、世界を塗り替えていた夜空が消えて、抑え込まれていた暴風が吹き乱れる。
俺の身体を〈幻創咆騎〉の右手が掴んだ。
『――いっけええええぇぇぇぇっ!! アルベルトォォォォォォ!!』
もはや嵐のような業風を突き破って、俺はさらに上へ――
そして、遥か上空のスクォールに叫ぶ。
「――来い! スクォォォォォォォル!!」
『――っ! はいっ!!』
〈天象騎〉が水蒸気の輪をいくつも破って、俺の元へ辿り着く。
『――いまさら眷属騎が増えたところでッ!!』
〈亜神〉の左腕が振るわれる中、スクォールは俺を両手で抱えてそれを回避しながら……
『――かつて主役に成りそこねた彼女が求め、一時はその役に配された私を通して、主演となった貴方へ……』
それは独自に編み上げられた喚起詞。
〈天象騎〉の胸部装甲に隠された〈鞍房〉から、銀色の糸のような霊脈――いや、霊路が伸びて――
〈天象騎〉の顔が弾かれたように上方のリディアを見る。
『……ありがとう』
そう告げて、スクォールは俺の胸で輝く〈伝承宝珠〉に、銀糸を接続した。
『すべてを救うと願う貴方に、奇跡をもたらす鍵をここに!
――刻め、〈伝承宝珠〉!』
銀糸を通して、〈伝承宝珠〉を〈書庫〉として、ひとつの魔法が追記される。
それは〈伝承宝珠〉の中で俺に合わせて最適化され――
『――ああ、もう鬱陶しいっ!!』
業を煮やした〈亜神〉が、おびただしい数の〈舞い唄う詞〉を放った。
『……ふふ、私の役はすでに果たした。
物語なら、ここからはヒロインの役割だろう?』
スクォールはそう笑って、俺をさらに上空へと放り投げる。
『――アル! 今度こそウェザーを!』
「ああ!」
そう応じるのと、〈天象騎〉が〈舞い唄う詞〉に捕らわれるのはほぼ同時だった。
『――もう! チョロチョロと! この駄犬っ!!』
エリスが子供のように地団駄を踏み、その震動で大地がめくれ上がる。
ヤツの頭上まで飛び上がった俺は――
「――アル!」
待ち構えていたリディアが受け止めてくれて、〈浮遊〉でその場に留まらせてくれた。
激戦の中を決死の覚悟で飛び出し、俺の知らないところでもきっと力を尽くしてくれていたんだろう。
リディアは汗と煤にまみれて、ひどくくたびれた出で立ちをしている。
「――あ~……」
なにか声をかけようと思ったが、相変わらず俺の頭はこんな時に良い言葉を思いついてくれない。
そんな俺に、彼女は首を横に振って。
「……良いんですよ。無理に言葉を探さなくても」
花がほころぶような微笑みをくれた。
そうだった。彼女は――
「――わかってますから」
そう。あの冷たいだけの王城という舞台で王太子という役を演じていた俺に、彼女だけはアルベルト・ローダインとして――一個の人間として接し続けてくれていたんだったな……
仮面に覆われていて伝わらないだろうが、俺もまた微笑みを漏らした。
それからリディアは表情を引き締めて、俺の胸で輝く〈伝承宝珠〉を指差す。
「……もう、使い方はわかってますよね?」
「――ああ」
イリーナ叔母上がその器を生み出し、スクォールの〈書庫〉が作り上げたあの魔法が刻まれるコトで、正しい意味での神器――いや、叔母上の思惑通りなら、ババアとは異なる方式での法器となるシロモノだ。
「――では、その瞬間まで……この場は今代白の賢者たるリディア・ピュア・バートンが支えます!」
トン、とリディアが宙に石突きを突けば、鈴の音にも似た音が響き渡った。
『まだなにかやろうっての!? いい加減にしなさいよ!!』
巨大な合一器官に浮かんだエリスの顔が醜悪に歪み、そこから無数の〈舞い唄う詞〉が刃となって飛び出した。
「――始めるぞ!」
俺がそう告げれば――
「どうぞ、ご存分に!」
リディアが打てば響くように応じる。
迫る〈舞い唄う詞〉の刃の群れを見下ろしながら――俺は深く息を吸って両足を前後に。
ゆっくりと両手を上下に開いた。




