第6話 50
〈幻創竜騎〉が放った渾身の一撃を――〈亜神〉は姑息にもウェザーを盾にする事によって、ギリギリのところで凌いでみせた。
〈舞い唄う詞〉に絡め取られる〈幻創竜騎〉を見た瞬間は、確かに私は絶望した。
そして、この状況を引き起こしてしまったけじめをつけようと、バートニー女男爵――いや、リディアをこの場に残し、やはり私も攻撃を仕掛けようと覚悟を決めたのだ。
アルベルト殿下は――アルは、こんなところで死なせて良いお方ではない。
あの方を解き放てたなら、まだ手はあるはずだ。
アルやリディア、それにウェザーのような方が、これからのローダイン王国を担ってくれるなら……きっとこの国の闇に潜む、あの狂える老人の企みだって挫いてくれるはずだ。
だからこそ――ここが命の使い処だ。
私程度の命では、〈亜神〉を倒す事はできないだろう。
だが、隙のひとつ……うまく行ったなら、拘束された〈幻創竜騎〉を解き放てるかもしれない。
「――リディア。私はアルを解放する為に攻撃を仕掛ける。
〈浮遊〉は喚起できるな?」
あの祭祀場にいた紫髪の変わった出で立ちの女に、勝るとも劣らない魔動を持つリディアならば、〈浮遊〉程度は使えないはずがない。
案の定、彼女はすぐにうなずき、けれど――
「攻撃はもうちょっとだけ待ってください。ほら――」
〈幻創竜騎〉を捕らえていた〈舞い唄う詞〉が、騎体の胸部装甲を剥ぎ取った。
そこから漏れ出る魔動と、白に混じった金色の輝きを見た瞬間、私は絶望一色だった世界に、確かに希望の色を見たのだ。
闇と狂気を詰め込んだ研究所の中で、唯一の彩りともいえたイリーナ師匠との日々が蘇る。
そして、その最後の日に見せてもらった、彼女の渾身の儀式と言葉も……
――わたしは本当に本当の――女神達なんかに仕立てられたんじゃない……この星が、ヒトが願った主役を生み出してみせる。
私が授けられたような、途中で意味を変えた模造品ではない。
あの輝きは、きっと紛れもなく完全完璧な完成品だ。
「……そうか……ここに繋がるのか! イリーナ師匠!」
思わず笑いが込み上げてくる。
やはり、あの人はすごい。
と、あの輝きを受けて、合一器官に取り込まれていたウェザーが頭を起こし――アルとなにか言葉を交わしたようだった。
直後、〈幻創竜騎〉は〈舞い唄う詞〉の拘束から抜け出した。
〈亜神〉がヤケになったように叫び、〈天象軍〉を右手に集め――巨大化させていく。
もはや私の理解を超えているが、ヤツがとてつもない攻撃を放とうとしているのはわかった。
そして――
『うるせえええええぇぇぇぇぇぇ――――ッ!!』
大音声で〈幻創竜騎〉は――アルは咆えた。
『――世界の願いだの主役だの! 王太子としてだの、知ったことか!』
……そうか。
あなたはそうなのだな……
だからこそあなたは、世界の……女神達の思惑を超えて、この場に立てたんだ……
『――ウェザーも世界も、全部まるごと救ってみせると、このアルベルト・ローダインが言ってるんだよ!』
それは魔道を刻む唄にも似て、明確に霊脈を通して世界に響いた。
「――フフ。やっぱりアルはアルですね」
私の手の上でリディアが笑みを漏らしながら立ち上がる。
「……多数の為の個の犠牲を打ち破り、道理を蹴っ飛ばして理想を押し通す……
――アルは否定してましたけど、それでこそ物語の主人公だと思いませんか?」
「す、すまない。私は小説などには疎くてな……」
あら、とリディアは口を手で隠し、驚き顔を浮かべた。
「それなら覚えておいてください。
我が国の王子様は……わたし達に寄り添ってくれるあの人は、この世界の外ではこう呼ばれるんです」
リディアは銀杖を回して〈浮遊〉を喚起すると、宙に石突きを打ち付けた。
澄んだ音が響き、彼女の周囲に多重球状魔芒陣が描き出される。
「――あらゆる嘆きを止める者。すべての犠牲を救い上げる者……ヒーロー、と。
でも……」
舞うように――いや、アレは恐らく事実として舞いなのだろう。以前、そういう風土儀式を見たことがある――リディアは魔芒陣の中で身を回し、銀杖をも回し振るって、周囲に笛に似た音色を響かせる。
「……じゃあ、そういう人の嘆きを、犠牲を救える人は?
〈三女神〉が生み出す主駒――主人公と舞台というシステムは、世界を護るというただ一点にだけ注がれていて、主駒そのものに多数の為の個の犠牲という運命論を押し付けるんです。
……だから!」
リディアの金色の瞳が私を捉える。
「――わたし達で舞台を整え直しますよ! スクォールさん!
指し手気取りの女神様と邪神に――駒にも意思があるのだと見せつけるんです!」
きっぱりとそう言ってのける彼女は、灼熱した戦場を飛んだ事で髪は乱れ、顔には汗が浮かんで煤まみれだというのに、ひどく美しかった。
「あるんでしょう? カリーナさん復活の際の――不測の事態を見据えた、あなたの奥の手が!
きっとそれがアルの願いを叶えます!」
「……そうか。君もイリーナ師匠の同類――お見通しというわけか」
「あなたほどの大魔導がなんの対処法も用意せずに、大魔法儀式に望むはずがありませんから!
わたしが霊脈を整え、機会を作ります。
――危険な役目になりますが……」
表情をわずかに曇らせたリディアに、私は首を横に振った。
「……この状況で役目があるのはありがたい」
そして、遥か眼下で対峙した舞台の主演達を見据えた。
「――それが主人公を助ける役目というなら、この上ない幸運だ!」
――ウェザー……友よ。今、君を助け出す為の力を、彼に届けるよ……
『――よくぞ咆えたわ! アルベルト・ローダイン!』
腕組みしたハクレイが、イゴウのように偉そうに俺を見落ろして言った。
『今、貴方は主駒を超え、人々の願いに引きずり出された主人公としての配役などでもなく、アルベルトとして舞台にあがったのよ~』
丸い両手を振り回し、ハクレイは続ける。
『――あのまま主人公で居続けるなら、きっとその頭に『悲劇の』ってついて、世界と運命は貴方をウェザーごと亜神を倒す道に導いたはずよ。
それが一番確実な時軸だから、お姉ちゃんもそう促してたしね。
……でも――』
ハクレイは俺の顔に右手を突きつける。
『誇りなさいな、アルベルト。
貴方はその道を選ばず、自身が自身のまま舞台に上がる道を選んだわ!
女神達の思惑を超え、人々の願いと想いに押し潰されず――それってとってもすごい事なのよ~?
だから……世界は――舞台はそう描き変えられる!!』
『――なんだ!? 接続詞? どこから……』
と、戸惑いを含んだクロの声。
『じゃ~ん! ここよ~』
その問いに応えて、ハクレイが剥き出しになった〈鞍房〉を指し示した。
ハクレイが光盤を開いて、内部の様子を映し出す。
鞍に座して固定されている俺の胸で、アリシアから預かったイリーナ叔母上の形見の魔道器が――あの宝珠が光り輝いていた。
いずれカイルと邂逅した時に返せるようにと、ババアに頼んで首から下げられるように加工してもらい、肌見放さず持ち歩いてたんだ。
『――〈伝承宝珠〉ッ!?
先生、相棒が接続者だってのか!?』
『――幻創咆騎の……いいえ、アルベルトの叫びに、彼女が応えたのよ。
霊脈の果てで、今もまどろむ彼女が、ね……
そして――』
ハクレイは頭上を指し示す。
『彼女達もまた、貴方の願いに応えるわ~』
そこには〈天象騎〉と、魔芒陣に覆われたリディアの姿があった。
なにをしようとしているのかはわからないが、きっと俺の為に動こうとしているんだろう。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。
女神達だのハクレイが言う、彼女だのは知らねえが……
『――クロちゃん、〈双子女神の歓喜〉の接続端詞に〈伝承宝珠〉の接続詞を。
マツド先生は、あの子達が進化の果てにそこに辿り着く可能性を考えて、どちらの動力炉にも接続端詞を設定していたはずよ』
『――あ、はい! あります! 接続詞、認証!
……三重連奏炉〈双子女神の唄〉……再点――うえええぇ!? 一気に臨界まで!?』
――ドクン、鼓動が跳ねた。
〈亜神〉に千切り飛ばされた星空の空間――〈幻創舞台〉が俺を中心に再び広がる。
流れ落ちる星々の中、俺は確かに感じた。
「……これは――霊脈……だよな?」
魔道器官を狂わされ、クロの心臓に置換されて以来、感じる事のなかった感覚。
『――そりゃそうだよ! これだけの魔動だ。周囲の精霊を掌握して、いまや周囲の霊脈がキミの魔道みたいなもんなんだ!』
『さあ、ヒーロー! かつて〈大戦〉を終結に導いた彼らのように、貴方も奇跡をもたらして見せなさいな!』
ハクレイが、いまや上半身が隠れるほどに膨れ上がった巨腕を掲げる〈亜神〉を指し示した。
『――すべてを救って見せるんでしょう?』
『――でも、どうやって……』
視界の中で、搭載兵装や魔法の一覧が上下する。
「……心配するな、クロ」
周囲の霊脈が俺の魔道だというのなら――今の俺には起死回生の……文字通り手があるんだ。
「――ウェザアアアァァァァァァ――――ッ!!」
俺の叫びに、深紅に染め上げられた巨神の合一器官で、彼は確かにこちらを見た。
「……俺と握手だ!」
そう告げて、俺は右手を突き出す。
――横へ。
その先には、かつてフォルティナ王が斬り飛ばしたという彼の右手が、まるでなにかを求めるように天に伸ばされている。
――ああ、アル……
ウェザーが笑顔を浮かべて、そう呟くのを俺は確かに見た。
――僕にもまだ、役割をくれるんだね、と。
『――接続端詞受領! 統御権だ。相棒!』
ファントム・ハートにウェザーの印が刻まれたのがわかる。
霊脈を通して右手に呼びかければ、その巨腕は宙に舞った。
その指差に触れ――
「……本番はこの後で、だな」
そうして俺は〈亜神〉を見据える。
「――エリス! 貴様の星を穿つ拳と――俺達が掴み取り、想いを乗せたこの拳! どちらが勝るか勝負だ!」
右腕を引き絞れば、ウェザーの巨腕も拳に握られてエリスに向けられる。
『良いわ! 結果は一緒だもの! そんなコトをしたら、どうなるのかもわからない低能なサルの為に、最後に付き合ってあげる!』
俺は全力で魔動を込めて、限界まで騎体を引き絞った。
「オオオオオオォォォォォォ――――ッ!!
咆えろ! 〈折れない願い〉アアアァァァッ!!」
『滅べ! 〈星砕き〉ッ!!』
世界に及ぼす唄が紡がれたのは、ほぼ同時。
――そして、流星舞い落ちる空の中、ふたつの巨腕が大気を引き裂いて激突した。




