第6話 49
俺が――〈幻創竜騎〉が放った渾身の蹴りは、巨神の仮面を砕いて吹き飛ばした。
――だが……
『うふふふふ……おまえ達、物理界面に生きる存在――ヒトはそうよねぇ?』
巨神のバカでかい合一器官を深紅の〈舞い唄う詞〉が染め上げ、エルザによく似た女の顔を描き出している。
蹴りの姿勢のまま、俺はヤツを睨んで吐き捨てる。
「……クソっ! ここまで来て……まだ届かねえのかっ!!」
伸ばした右の爪先――あと数メートルで、合一器官まで届くというところだったんだ。
だが、止まるしかなかった。
俺の爪先の向こうには、ウェザーがいた。
〈舞い唄う詞〉に絡め取られ、躯体のなかばを合一器官に沈められて融合したウェザーが……
「――いや、まだだっ!!」
『――待ちなさい、坊や!』
ハクレイが止めるのも聞かず、俺はウェザーに手を伸ばす。
『うふふ! さ~せない!』
〈亜神〉が愉しげに言い放ち、合一器官から〈舞い唄う詞〉を縦横に放って俺を縛り上げた。
『……〈世界〉に――いいえ、霊脈の深奥に眠る〈世界の法則〉に呼びかけて、世界そのものを描き変えてるのね?
――この界の中で、おまえの幸運度が極大化してるものね?
ま、それを見逃す、妾じゃないのだけれど……』
そう言いながら、〈亜神〉は巨大な両手を俺が開いた夜空の空間――幻創舞台に差し込んだ。
『こう……ね?』
途端、夜空が布を引き裂くような音と共に千切れ飛んだ。
世界にフォルス大樹海が還ってくる。
『――〈竜星晶〉の願望具象化事象だ!
ちくしょう! 〈亜神〉、〈天体制御樹〉の特性をよくわかってやがる!』
『……〈舞い唄う詞〉による空間干渉の合せ技ね~。
いくら極大進化したアルファちゃんの構築素材だとしても、それだけじゃこの騎体が作り上げた舞台は引き裂けないもの~』
クロとハクレイがなにやら言っているが、今の俺にはそんな理解できない話なんて、どうでもよかった。
『どう? 絶望した? 頼みの綱の騎体も妾には手も足も出ない!
ほらほら、今なら泣いて命乞いしたなら……さっきも言ったけど、おまえは毛色が変わってるから、下僕として飼ってあげる!
妾って優しいでしょう?』
――この場をやり過ごすには、それも手か?
そんな考えが脳裏を過ぎる。
みんなの願いを背負ってその気になってしまったが、結局はこの体たらくだ。
クロは主人公などと俺を呼んだが、やはり俺はそんな器じゃなかったようだ……
この場を〈亜神〉に従ってやり過ごせたなら、その間にババア辺りが対抗手段を練るだろう。
ババアにはロイド兄やアリシア、白の賢者となったリディアという手札もある。
あいつらが〈亜神〉に対峙できるだけの時間を稼ぎ出せるなら……どうせ悪逆王子などと呼ばれて玉座を追われた、愚かなこの身を捧げるのも悪くはないんじゃないか?
――と、俺の中の冷静な……王族としての思考がそんな計算を導き出す。
しかし……
『ああ、ちなみに下僕になるなら、アイツらはおまえが片付けるのよ?
――妾は口先だけの狗はいらないから!』
と、ヤツが指差したのは、祭祀場にいるみんなだった。
俺を縛り上げていた〈舞い唄う詞〉が蠢く。
手足が拘束されたまま、胸部装甲があらわになり、深紅の紋様によって強引に剥ぎ取られた。
俺の魔動によるものなのか、剥き出しになった〈鞍房〉からほのかな光が漏れているのが見えた。
そこにまるで触手のように〈舞い唄う詞〉が流れ込む。
きっと、俺自身の身体をも拘束しているのだろう。
『――さあ、どうするの? 考えるまでもないんじゃない?
他者より自身を大事に思い、生き延びたいと思うのはヒトの――意思ある者の本能でしょう?』
勝ち誇ったように〈亜神〉が告げる。
『――〈双子女神の歓喜〉稼働効率低下!
ああ~……相棒、諦めんな! 今、ボクがなにか手を……』
クロの声に合わせ得て、視界に兵装や〈書庫〉が目まぐるしく上下する。
『……詰み、なのかしらね。
坊やの心がここまで脆いなんて――
王族なら個を切り捨てて多を取る選択なんて、できて当然でしょうに……』
諦めたようなハクレイの声。
……いや――
『ほらほら、早くお返事なさい! ご主人様を待たせるなんて、ホント、駄犬ね!』
俺は唯一自由になる頭部を巡らせて、祭祀場を見る。
みんなを犠牲に生き延びるなんてありえない。
アイツらはそれこそ、ローダイン王国という国家の狗としての生き方しか知らなかった俺に、人間らしさを教えてくれたんだ。
……だが――
俺はさらに頭部を回して、深紅に染まった合一器官に捕われたウェザーを見た。
「……ウェザー、ここまで来たんだ……」
と、まるで俺の声に応えるように、ぐったりとしていたウェザーの頭が持ち上げられる。
『は? 端詞すべてを断絶してるのよ? なぜ動けるというの!?』
〈亜神〉が驚愕する。
「……ああ……アル……そうか、君が僕を終わらせてくれるんだね……」
ウェザーは俺を――騎体の〈鞍房〉に居る俺自身を見つめて、か細い声で訴える。
『そうか! その光の源……それが統御体と強引に接続したのか!
――おまえ、その騎体にそんなモノを隠してたなんて――』
「……きっとイリーナは、その為にそれを……用意してたんだろうね……」
そうして、ウェザーは顔を上げて、騎体と合一した俺と視線を交わらせた。
「……アル、僕はもう良いんだ。
長い……気が遠くなるほど長くをまどろみの中で過ごし――でも、最後にスクォールという統御者に会えた……」
……かすれたウェザーの声色が、わずかに弾む。
「それだけじゃない……文明を滅ぼすしかできなかった僕が、最後の最後に……スクォールの願いを……カリーナ復活を叶え、孤児達を救う事さえできたんだ……」
ウェザーが……力なく微笑んだ。
「――そんな僕が邪神の言いなりなんて……冗談じゃない……
頼むよ、アル……友達だって言ってくれたろう? このまま……かっこいい僕のまま終わらせてくれよ……」
その想いは――縋るような願いは、他ならぬ俺自身が先程まで考えていたことだ。
「……諦めるなよ……ウェザー……」
彼の気持ちが理解できてしまうからこそ、俺はそう漏らしてしまった。
そんな俺にウェザーは、俺を気遣う微笑みで、首を傾げて言ったんだ。
「……アルっちは、次の王なんスよ? オレっちなんかより、大勢を見なきゃダメっス……」
――王太子だから……
胸に突き刺さるその言葉。
……それでも友人だと認めてくれたウェザーだからこそ……
俺にそうあれと告げた彼の覚悟に、息が詰まるような感覚に苛まれる。
『――もう下僕なんていらないわ!』
その間にも、エリスが〈舞い唄う詞〉で巨大な刃を描き出し――
『おまえがそれに接続できるなら、ここで潰して――え、なんで!?』
不意にその声が戸惑いに変わった。
振り上げられた深紅紋様の刃がダラリと垂れ下がり、騎体の拘束が緩む。
「……へん、どうっスか? それが端詞を遡って躯体を操作される感覚っスよ」
『――行けるっ! 〈双子女神の歓喜〉全開!
奏でて踊れ! 〈戦乙女の抱擁〉っ!!』
肩甲に施された刻印が瞬いて虹色の燐光を発し、騎体を取り巻いていた〈舞い唄う詞〉を消失させる。
「――ウェザーっ! クソ! クロ! 戻せ! まだ彼を助ける手があるはずだ!」
だが、クロは自由になった騎体を操り、〈亜神〉から距離を取った。
「……さあ、この世界が……人々が願った主人公……今こそ世界を脅かす邪神を仕留めるんだ……
……ヒーローを見せてくれよ、アル……」
強化した聴覚が、やけにはっきりとウェザーの言葉を捉えた。
『――チッ! 対位相変換防御まで搭載しているなんて……
こうなったら――』
と、〈亜神〉は右手を掲げ、そこに〈天象軍〉を集わせる。
焼け野原となったフォルス大樹海に、まるで王都の鐘中の鐘を集めたような大音声が響き渡った。
『――星間近接戦闘兵装を使おうってのか!?
しかも〈天象軍〉で質量を増やして……あれじゃ疑似〈星砕き〉じゃないか!!』
クロが意味不明な焦りを見せて叫び――
『――うふふ、この躯体を失ったとしても、顕界した〈遺失神器〉を消し去れるなら安いモノ!』
〈亜神〉が勝ち誇ったように叫んだ。
俺は――最後の時を待ち受けるように、こちらに顔を向けて目を伏せたウェザーを見つめて……
「うるせえええええぇぇぇぇぇぇ――――ッ!!」
――全力で咆えた。
「――世界の願いだの主役だの! 王太子としてだの、知ったことか!」
右手を振るって――ああ、まるで駄々をこねる子供のように叫んだ。
「……全部だ!」
『――へ?』
『はぁ?』
クロと〈亜神〉が、同様に怪訝そうな疑問の声をあげるのが、いっそ心地良かった。
俺は魔法を喚起するように、はっきりと世界に詞を刻み込む。
「――ウェザーもみんなも世界だって!
……ひとりも欠ける事なく、全部まるごと救ってみせると、このアルベルト・ローダインが言ってるんだよ!」




