第6話 48
『――描き出せ!! 〈幻創竜騎〉!!』
アルのその詞が響き渡った瞬間、夜空を幕開いた世界が震えました。
――ああ……やっと……
そんな歓喜に詰まったようなか細い女声がどこからか聞こえ、わたしは周囲を探りましたが、どこにも声の主は見つけられませんでした。
きっと、乱れに乱れた霊脈が発した雑念かもしれません。
――今はそれより!!
『――バートニー女男爵!』
わたしの回収役を担ったスクォールさんが、〈天象騎〉で飛来して、わたしをその手に乗せました。
『あの騎体を殿下が?』
彼が見つめる先には、銀を基調に深い蒼の外装をした武騎があります。
「ええ。大銀河帝国近衛蒼竜隊制式騎、蒼竜騎五式のデザインモデルを採用されているので、蒼竜騎五式・改とも言えるのでしょうが……」
それはセイラ様が外見に拘りがないからで、実際中身に関しては企画の段階から別物の騎体なのです。
「――正しい銘は〈幻創竜騎〉。
それが世界に刻まれた銘です」
『――世界に!? では、あれは正しく神器ということに……』
〈三女神〉の各宗派の伝承によれば、高位の魔道器は世界に銘を刻まれ、誰であろうと見ただけで、その銘がわかるようになるそうです。
それは選定の宝珠のような、ローダイン王室とセイラ様のでっち上げの呼称ではありません。
アリシアの特騎に隠された〈青の旋風〉を始めとする〈虹閃銃〉のような――世界に干渉する事を運命づけられた人を助け、あるいは導く為に現れ、その存在を世界が認めて銘を霊脈に刻む、一種の祝福なのです。
誰が見てもそうとわかってしまう特性から、セイラ様は〈青の旋風〉をアリシアに持たせるのではなく、奥の手として〈竜姫〉の中に隠すしかなかったようですけどね。
「セイ――大賢者様はその上位……〈世界〉そのものに呼びかける為の魔道器として、法器と呼んでましたけどね」
わたしは〈天象騎〉の仮面を見上げて応えます。
アルの助力を受けたとはいえ、一度は金眼に至ってウェザー様の統御者となったスクォールさんと、彼が復活させたカリーナさんはきっと、セイラ様の『監視下に置く』という名目の弟子入りを許される事でしょう。
というより、彼らの立場を考えたなら、今後を平穏に暮らす場合、それ以外に道はないのです。
なら、多少、この世界の外の知識をわたしが教えたところで、早いか遅いかの違いでしかありません。
『……世界に呼びかける……法器〈幻創竜騎〉……』
その銘を噛みしめるように呟くスクォールさん。
わたし達の見つめる先で、〈幻創竜騎〉の純白の仮面に金色の貌紋様が描き出されました。
肩部装甲から銀の粒子が舞い散って、虹色の燐光を持った羽根を生み出します。
『――あの騎体も飛べるのか!?』
「ええ! 大賢者様が長年かけて複製し続けた重力干渉素子を大盤振る舞いして組み上げた、重力制御器と慣性制御器による空間騎動器の翼です!」
この作戦を実行するに当たって、わたしはあの騎体の詳細についてセイラ様から記録共有を受けています。
正確には補助騎構として先行していた、ハクレイ様に伝える為の共有でしたが、わたしにも閲覧と理解は可能でした。
『――その騎体……まだ手を隠していたという事かしら?』
急速に膨れ上がって世界を震わせたアルの魔動に気づいて、〈亜神〉が〈幻創竜騎〉に振り返ります。
『へっ! 危機からの大逆転は、物語でのお約束だろう?』
ダグくんが語っていた事を誇らしげに告げる辺りが、すごくアルらしいです。
『そして……その場に立たせてくれた、みんなのためにも!』
「――スクォールさん! 上昇を!」
わたしは慌ててスクォールさんに警告しました。
セイラ様から共有されている、あの騎体性能通りなら、アルと〈亜神〉の周囲は破壊の坩堝と化すでしょう。
その余波だけで、わたしはおろかスクォールさんの〈天象騎〉もバラバラにされてしまうかもしれません。
『――上昇? 後退ではないのか!?』
「あの二騎の激突によって乱れた霊脈で新たな侵災が発生しないよう、整調し続ける必要があるんです!」
アルは――アルベルト殿下はどれほど自身を平民だとうそぶいていても、その根底にある考え方は王族だから……
自らの行動によって民に被害が出てしまったら、きっとまた隠れて悔やむのでしょう。
「わたしはあの人を支えると決めたから!
その隠した後悔を、涙を、少しでも減らせるなら、持てる限りの力を振るうのです!」
『……バートニー女男爵……キミは……』
騎体と合一しているので表情で判断できませんが、スクォールさんはくぐもった声でわたしを呼びました。
「どうぞ、リディアとお呼びください。
正直なところ、わたしは田舎娘ですので、姓や爵位で呼ばれるのに慣れていないのです。
――そして……」
わたしは上昇する〈天象騎〉の手の上で、遥か下方となった〈幻創竜騎〉を指し示しました。
「……彼の事も、今は殿下ではなくアル、と。
王族と臣とではなく、仲間として出会ったあなたがそう呼んだなら、その方がきっとあの人は喜んでくれますから」
『……それが……王太子アルベルト・ローダインのあり方か……
――ああ、リグルド、フローラ……』
そうしてる間に、わたし達はあるが開いた夜空から元のフォルス大樹海上空へと抜け出しました。
『……空が戻った? いったいあの空間は……』
「わたしも完全に理解できているワケではないのですが、一種の結界のようです」
それも内側に閉じたものです。
アルが敵と認めた者と対峙する為の舞台。
既知人類圏では似たような大魔法で、〈戦場〉という、艦隊で構築する儀式魔法があるそうです。
その上位が<女神の唱歌>になります。
一見するとアルのアレは、そういった魔法に似ているように見えるのですが、セイラ様とハクレイ様のお話を伺う限り、どうもそれだけではないようです。
「……敵を捕えて、戦闘の余波を外に漏らさず……主人公を主人公たらしめる舞台――らしいです」
『――なら、その希望を刈り取る事で、妾はおまえ達にさらなる絶望をもたらしてあげる!』
〈亜神〉の胸から、また多数の〈天象軍〉が放出されました。
まるで槍のように戦列を成して、〈幻創竜騎〉に迫る〈天象騎〉。
『俺は貴様から友を取り戻す事で、みんなに報いよう!
――描き出せッ! 〈幻創光路〉ッ!!』
半径十数キロに渡って球状に広がった夜空に、アルの喚起詞が響き渡ります。
〈幻創竜騎〉の前面に魔芒陣が描き出されました。
そこに込められた意味は自身の光速化。
『またそれ? それが通じないって、いい加減理解しなさいな……』
〈亜神〉が〈天象騎〉を射出させながら、嘲笑を浴びせかけました。
けれど、アルが開いた夜空の外にいた、わたし達は気づけたのです。
『……魔芒陣? これだけの規模を単騎で描き出しているというのかっ!?』
スクォールさんが驚愕したのも無理もありません。
アルが描いた魔芒陣は騎体の前面のものだけではなかったのです。
星々がまたたく球状の夜空を縁取るように、大規模な――儀式級さえ小規模に見える大型魔芒陣が描き出されていたのです。
〈幻創竜騎〉の背後で、虹色の羽根が大きく打ち振るわれました。
――騎体が魔芒陣に吸い込まれ……
『――奏でて響け! 〈戦女神の一撃〉っ!!』
蒼銀が光の矢に変わりました。
『――だから、それはもう見たって言ってるでしょう?』
――瞬間。
それはまさに刹那の間の事でした。
雷光と化した〈天象軍〉が、〈幻創竜騎〉と〈亜神〉を隔てる壁のように立ちはだかりました。
けれど――
『――なっ!?』
〈亜神〉がはっきりと焦燥を含んだ声を発しました。
〈天象軍〉に激突する寸前で、〈幻創竜騎〉が転じた光の矢は、直角に上昇したのです。
さらに鋭角に折れ、あるいは回って進路の〈天象軍〉を掻い潜り、〈亜神〉の頭部へと辿り着いて――
『おおおおおぉぉぉぉ――――ッ!!』
『どっ――せえええぇぇぇぇぇいっ!!』
アルとクロちゃんの叫びが響き渡り、〈幻創竜騎〉は〈亜神〉の仮面に光速の蹴りを叩き込んだのです。




