第6話 47
〈亜神〉が放った光条が、祭祀場から放たれた強力な法撃と絡み合って消し飛んだ。
衝撃が地表を吹き飛ばし地殻が隆起して、辺りはまるでババアに観せられた、第一文明崩壊時のような有様だ。
「……手が出しようのなかった深部侵源も消し飛ばせたのは、幸運といえば幸運なんだろうがな……」
圧倒的な破壊の渦に巻き込まれた俺は、なかば地面に埋まった騎体を立ち上がらせながら、ぼやきにも似た呟きを漏らす。
周囲を見渡せば――
先程、〈亜神〉の両膝を砕いた〈星墜とし〉や、今の光閃の激突によって、周囲の木々は跡形もなく吹き飛んでいて、強引に持ち上げられた地殻が棘のように地面から――騎体の背を超えるほど高く伸び上がっていた。
熱を持った地面によって周囲が陽炎のように揺らいでいる。
『――懐かしいわね~。〈大戦〉初期の前線惑星を思い出すわ~。
坊や、知ってる? アルファちゃん――〈万能機〉一番基が戦線投入される以前、人類は敵の侵攻を食い止める為に、惑星そのものをこんな景色に変えてたのよ~』
と、ハクレイは笑顔のまま、なんでもない事のように告げた。
こいつもババアやクロ――そして、第一文明を崩壊に導いた連中と一緒だ。
強大すぎる力を持っているが故に、世界に対する基準が決定的に俺達とズレている。
長い時をこの星を守る為に過ごしてきたババア達の方が、ハクレイに比べればまだオレ達の観念に近いだろう。
「……これだけの破壊を前に――」
吐き捨てるように呻くと、ハクレイはぬいぐるみじみた顔を俺に寄せてきた。
『――あら、この破壊をもたらした半分は確かに〈亜神〉だけれど~、もう半分は貴方が願った結果よ~?』
彼女の言葉に、俺は息を呑んだ。
さらに顔を寄せて、ハクレイは続ける。
『貴方を信じる人達が、貴方の為に全力を尽くした結果がこの光景なの。
……仲間達を誇らしく思う反面、その行いに震えを覚える――その気持ちを大切に覚えておきなさい、幻創咆騎……』
その丸い手が騎体の仮面に触れると、彼女の記憶が流れ込んでくる。
その記憶の中で、ハクレイは多くの騎士や衛士を指揮する立場にあった。
第一文明よりよほど発展した居住惑星に、俺達が知るそれが雑魚にしかみえないほどに、バカでかい魔物の群れ。
非戦闘員を逃す為に続々と星船が空に向かい、その逆に星の海から地表めがけて、次々と撃ち出されていく強襲揚陸殻は、その多くが地表に辿り着く前に魔物の攻撃によって撃墜されていた。
運よく地表に降着できた強襲揚陸殻が、中に搭載した武騎や兵騎を吐き出すが、グランゼス城での侵災が、いっそ小規模にさえ感じられるほどの魔物の数だ。
やがて降下部隊が劣勢で――かつ守るべき非戦闘員が、もう地上には残っていないとの報告を受け、ハクレイは決断する。
――ミンダニアⅥを放棄します。
ハクレイの記憶によれば、当時の『惑星を放棄する』という言葉は、その星を犠牲に魔物の群れに対処するという事に他ならない。
この時はミンダニアⅥに星の海の艦隊から集中砲火をかけたようだ。
結果、この星は地表どころか大気さえもが吹き飛んで、人が住めない星になってしまったそうだ。
『……あれだけやっても、お姉ちゃん達はあそこにEX-Tの眷属をたった一ヶ月ぽっち休眠状態に――足止めするのが精一杯だったけどね……
そして、あの星から撤退する時……人が住めなくなった、あの星の光景を生み出したのが自分の指揮の結果だと思うと――吐いちゃったわ……』
……その気持ちが、今の俺には痛いほどによく分かる。
『――貴方の特性は一部はお姉ちゃんと同じ――周囲の運命をも手繰り寄せるタイプだから、よく気をつけて……
――まぁ……お姉ちゃんと違って、先を征って引っ張る貴方はまた別の答えを見つけられるんでしょうけど……』
ハクレイは咳払いして、まるで俺の事など忘れたように祭祀場に注意を引かれている〈亜神〉の方を示した。
連続した景色を変えるほどの大破壊に巻き込まれ、〈天象騎〉はその数を減らしている。
『……今もみんなは貴方の力となるために、全力を尽くしてるわ~』
〈亜神〉の胸部から今も続々と吐き出され続けているものの――
「……アレは――矢を転移させているのか……」
たしか母上が若い頃、アグルス帝国との戦争で編み出した戦術のはずだ。
後方に配した宮廷魔道士達に儀式規模の転移陣を構築させて、そこに前線に立つにはまだ実力不足な見習い兵や従騎士達に矢を放たせる。
陣によって転移された矢は、アグルス本隊主攻の頭上から降り注いだそうだ。
『おセイちゃんって、ホント、小器用よねぇ』
頬に手を当てて、ハクレイが告げる。
「あれをババアが?
……いや、あんなデタラメな転送ができるのは、ヤツしかいねえか」
俺は合一していて表情の変わらない仮面の中で、それでも気分だけは苦笑する。
『――さあ、貴方もみんなも覚悟を決めたわ~!
次の一手に進むわよ~!!』
ハクレイはそう告げて周囲を見渡し、五〇メートルほど先にある空高く伸び上がった地殻を指し示した。
『坊や、アレを駆け上りなさいな~。それが勝利への第一歩よ~』
『ハクレイ先生は既知人類圏最高の戦略占星術師でもあるんだ!
――意味わかんないだろうけど、従え、相棒!』
ババアがそういう素振りを見せるように……アリシアの記憶の中でイリーナ叔母上がそうであったように、ハクレイもまた未来を見通す力を持っているということか。
俺はハクレイにうなずきを返して、指示に従って駆け出す。
三歩で地殻に達し、それを踏んで先端までを一瞬で駆け上がる。
『――クロちゃん、騎体を右に四十二度旋回~! 坊や、四肢を広げなさい!』
指示に従って騎体の姿勢がクロによって微調整され、俺もまた言われた通りに手足を目一杯広げた。
『来るわよ~!』
兵騎特有の広い視界の中、祭祀場の方で何かが光ったのがわかった。
それは見る間にでかくなり――
『――強襲揚陸殻っ!?』
それは祭祀場にあった、でかい黒色の半紡錘だった。
そしてその上には結界を張ったリディアの姿。
「――なんで、こんなトコまで出てきてるんだ!?」
俺が叫ぶ間にもハクレイの記憶にも出てきた、強襲揚陸殻のその先端が十字に割れる。
俺の強化された視力が、強襲揚陸殻から宙に舞い上がった、リディアの口の動きを捉えた。
――アル! あなたの――みんなが願ったあなたの、本当の力を受け取って!!
瞬間、強襲揚陸殻の中で銀色の粒子が溢れ出し、それは飛び出す。
「――竜っ!? いや気圏戦闘機!?」
ババアの記憶の中で、ああいう形状の空飛ぶ魔導兵器はそう呼ばれていたはずだ。
『おセイちゃん銘々、幻創咆竜よ!
――クロちゃん、〈戦女神の涙〉を緊急停止! 拡張詞を開放!」
『は、はい!』
俺もクロも意味がわからないまま、ハクレイの指示に従う。
騎体に溢れていた魔道が急速にしぼんでいくのを感じながら、俺は騎体に通す魔動を増やして四肢を広げた。
『――合体制御はこちらでするから、クロちゃんは彼女の受け入れと同期を!』
瞬間、気圏戦闘機の主翼が左右に開き、機首が持ち上がって胴部へと滑り上がる。
『――副腕展開! 肩部固定!』
展開した主翼が、王騎やアリシアの竜姫のような逆涙滴型の肩甲となって固定された。
『補助動力炉〈戦乙女の涙〉接続詞抽出! クロちゃん、受け入れを!』
背中に衝撃が来て、胸の奥から狂おしいほどの魔道が湧き上がる。
『……そんな――こんな事って……主は相棒にそれだけのモノを賭けてるっていうのか!?』
クロが呆然と呟く。
『――クロちゃん!』
『そうだった! えと、えっと〈戦乙女の涙〉接続!
両補助動力炉の同期ヨシ!
――双発動力炉〈双子女神の歓喜〉……点火!!』
瞬間、ハクレイが右手を掲げて飛び上がった。
『さあ、目覚めなさい! 世界最新のヒトの願いの切っ先!!
リディアが――みんながこの瞬間を組み上げたわ!
だから、いまこそその真の姿をもたらすの!』
肩甲の中から伸び上がった構造体が、両手を鎧って腕となる。
同時に背中に接続された幻創咆竜からもまた、構造物が伸びて後ろから騎体の両脚部を覆った。
最後に幻創咆竜の機首が割れて、騎体頭部で下顎を形造り――
「……これは――」
『合体変形構造はおセイちゃんの妹――おフウちゃんの論文にある勇者特騎からの引用ね。
でも、万能機のカケラを今まで隠し持ってたなんて、ほんと、ツンデレ!』
ハクレイが笑みと共に漏らす中、俺は感動に打ち震えていた。
――王騎だ。
それも武騎となった王騎だ。
幼い頃から憧れ続け、けれどあの日、カイルに奪われた王権の証であるあの騎体そっくり意匠をした武騎と、俺は今、合一している!
『……王騎は――初代の当時は竜騎って呼ばれてたけど、幻創咆騎の素体構造設計を流用してるんだ。
たぶん外装デザインも、失った幻創咆騎に造るはずのものを流用したんだと思う。
そして……主はキミがあの騎体に、どれだけ思い入れがあったか知ってるからね。
――だから!』
クロに応じるように騎体が咆えた。
『――幕を開け! 〈主人公〉!』
クロが唄う喚起詞に応え、世界がめくれ上がって夜空を生み出す。
『――さあ……』
その夜空へと誘うように右手を差し出し、ハクレイは告げた。
『……今こそ名乗りなさい。仮面の坊や……いいえ、アルベルト・ローダイン!
人々に望まれて舞台に上がった、主役たるその名を!
竜騎を超えた、万能機の末たるその銘を――世界に示しなさい!』
合一器官を通して、俺の魔道器官にそれが湧き上がる。
俺は――湧き上がる魔動に乗せて、世界にそれを咆え告げた。
「――描き出せ!! 〈幻創竜騎〉!!」
めくれ上がった夜空に、俺の咆哮が轟く!




