第6話 46
『――みんな! ウェザーを、俺のダチを救い出す為に……力を貸してくれ!
頼む! 俺を助けてくれ!!』
アルの叫びは、ハクレイ様を通してわたしに伝わり、〈天眼〉を介してこの場に集った全員に伝わりました。
ああ、この場にイライザとアリシアが居ないのが……この気持ちを彼女達と分かち合えないのが、本当に悔やまれます。
あのアルが……すべてをお独りでなさろうとしていたアルベルト殿下が……わたし達に助力を求めてくれたのです!
「……フン、ハク姉の助言があったとはいえ――そう叫べたのなら、成長したって事かね?」
セイラ様が銀杖を右手で一回転させながら、そう呟きます。
先程、あの巨人が現れた際に戻ってきたセイラ様は、明らかに焦っていました。
「――間に合わなかったかい!?」
と、そう仰って、今、わたしの足元にある巨大な弾丸状の防殻体――強襲揚陸殻を転移させたのです。
「――こんな事もあろうかとって言うタイミングを、完全に逃しちまったよ!」
セイラ様は心底悔しそうに歯噛みし、逸ったアルとクロちゃんの行動をこれでもかと罵倒しました。
――眷属であるクロちゃんの目を通して、アル達の状況は把握していたのでしょう。
既知人類圏独自の言い回しもあって、よくわからない部分もありましたが、セイラ様の言葉でわたし達はアルとクロちゃんがあの巨人――土地神ウェザー様を取り込んだ〈亜神〉に挑むつもりなのだとわかりました。
ちょうどその時、〈天象騎〉で逃れてきたスクォールさんが祭祀場にやってきて、セイラ様は彼が敵ではないと――マッドサイエンティストだと断じたのははやとちりであったと示す為に、彼の記憶をわたしを介して〈天眼〉でみなさんに伝えたのです。
そこからのセイラ様は、次々とわたし達に指示を飛ばしていきました。
わたしにはスクォールさんが逃した、緊急救命殻が魔物に襲われないよう〈女神の唱歌〉で守るように指示を出し――
ご自身はスクォールから意識を失ったカリーナさんを預かると、〈亜神〉エリスに再び取り込まれないよう、物理的にも魔道的にも一切干渉を許さない最上級結界――〈事象停滞場〉で彼女を保護しました。
その間にも、〈竜爪〉騎士団や黒狼団のみなさんには、〈小箱〉から取り出した弓を配りました。
兵騎までもが、配られた大弓を手に整列しました。
「――あんたらじゃ、アレが歩いただけでふっ飛ばされて、おっ死んじまうからね」
そうして再びわたしを介して〈天眼〉で告げられた作戦に、誰しもが目を見張りました。
「――相手が神を名乗るんだ。なら魔神が出たって、ヤツは文句は言えないだろう?」
そうわたしに片目をつむって見せるセイラ様は、すごく心強かったです。
問題は作戦の中心となるアルに、作戦を伝える術がない事でした。
アルが〈天体制御樹〉内部に飛び込んだと同時に、わたしとの〈天眼〉による接続が途切れてしまっていたのです。
ハクレイ様が仰るには、〈天体制御樹〉を構成している〈竜星晶〉の影響だろうという事でした。
周囲の霊脈を掌握して、独自の霊脈溜まりを生み出す〈天体制御樹〉の〈竜星晶〉の波動の前には、わたしの魔動なんて津波に呑み込まれる、さざ波のようなものなのだとか。
『――だから、ちょっとお姉ちゃんが行ってくるわ~』
そう告げたハクレイ様は、イゴウちゃん達のようなデフォルメ姿となって霊脈に潜って行ったのです。
「――なあ、このまま行けるんじゃねえか?」
と、ロイド様が巨人の腕を駆け上がるアルの騎体――〈幻創咆騎〉が肩へと辿り着き、そのまま宙に身を躍らせました。
「……いや、まずいね」
アルが魔道加速回廊の魔芒陣を喚起した瞬間、セイラ様がポツリと呟きました。
わたしもうなずきます。
〈亜神〉は痛がって身をよじらせ、アルを見失っている素振りを見せています。
――ですが、エリスは〈天体制御樹〉の試作機――戦闘さえ想定された躯体の統御体なのです。
その索敵精度は戦略占星術士には及ばないまでも、戦域予報士程度には正確なはずです。
『……なぁんちゃって!』
案の定、エリスは正確に〈幻創咆騎〉の位置を捉えていました。
アルが飛び立った背後から、巨人の肩装甲から二騎の〈天象騎〉が飛び出して、アル騎を拘束しました。
そして、巨人の一撃によって、〈幻創咆騎〉が地面に叩きつけられました。
「――チッ! やっぱこうなるか! 野郎ども、作戦開始だ!」
セイラ様のその言葉に、わたしは強襲揚陸殻に跳び乗りました。
その間にも、〈亜神〉の胸からは巣を守る蜂の群れのように、膨大な数の〈天象騎〉が吐き出されていました。
――スクォールの記憶にあった〈天象軍〉。
ウェザー様を守る艦載騎群です。
失われた右腕を〈〈天象軍〉を構成素材とすることで再生させ、それでもなお続々と吐き出される〈天象軍〉に、兵騎を持たない〈竜爪〉騎士達が息を呑みます。
〈天象軍〉がプラズマ・キャノンをアルに浴びせかけると、黒狼団のみなさんさえもが顔を青褪めさせました。
……無理もありません。
彼らにとってのアルは圧倒的な力を持った『心優しい暴君』で、みなさんは彼を英雄視していたのです。
敗れるところなんて想像もできなかったはずです。
けれど、わたしは知っています。
――やっぱり俺は独りなんだ!
そう内心を吐露した、彼の痛みを――弱さを……
「――あの夜……わたしは決してあなたを独りにしないと誓いました!」
なのに、あの人はいまも独りで、神を僭称するような存在に立ち向かおうとしています。
「――リディア!」
セイラ様がわたしを見あげ、銀杖で周囲を、それから遥か先にいるアルを指して言いました。
「――バカ共の目を覚ましてやんな!」
「はい!」
銀杖の石突きで打音を奏でれば、わたしの足元に魔芒陣が広がります。
「……三番基、五番基に接続……掌握。
――弾体選択……闇青銀弾殻に構造強化刻印を付与……弾芯には光子結晶を採用」
かつて大銀河帝国で騎士殺しと恐れられた弾体構成。
たとえエリスが大銀河帝国の騎士同様に光速に対応できたとしても、炸裂の瞬間にレーザー発振する弾芯には対応できないはず……
「……演算炉励起開始。
――仮想砲身展開……」
すでに同型基達からわたしの事を聞かされているのでしょう。
彼女達は驚くほど素直にわたしの指示に従います。
「――永久の眠りより目覚めて……破滅を奏でよ! <星墜とし>ッ!!」
紡いだ喚起詞に応じて、彼女達は弾体を射出しました。
にわかに空に黒雲が湧き立ち――それを押し退けるようにして、二筋の光条が巨人の膝を穿ちました。
――爆発。そして閃光。
業風が駆け抜けて、わたしは飛ばされてしまわないよう身を低くしました。
セイラ様が指を鳴らして祭祀場一帯を包み込む結界を喚起しました。
偏光処理がされているのか、眩しさが和らぎ――遥か先で巨人が後ろに倒れて行くのが見えました。
「――見ましたか!?」
わたしは声の限りに叫びます。
「たとえ神を名乗る存在であろうと、わたし達の攻撃は通じるんです!」
黒狼も〈竜爪〉も区別なく、騎士のみなさんはわたしを見ました。
「――いまこそわたし達は、アルベルト殿下の牙として、爪として、あの方の敵に立ち向かうべきでしょう!?」
……その時でした。
巨人が立ち上がり、こちらを見据えました。
『――アレはおまえの仲間か? アレを殺したら、おまえをより絶望させられるのかしら?』
その巨大な右手が――まるでアルに見せつけるように、ゆっくりとこちらに向けられます。
『そんなことで、俺は――俺達は折れたりしない……』
ぶわりと、高揚感が湧き上がってきました。
あの人は――アルは言ったのです。
――俺達、と。
そして続けられた言葉に、今度こそわたし達は歓喜しました。
『――みんな! ウェザーを、俺のダチを救い出す為に……力を貸してくれ!
頼む! 俺を助けてくれ!!』
『アハハハハハ!! イキった駄犬がついに泣き言を漏らしたわぁ!』
〈亜神〉が哄笑が、圧倒的な質量による暴虐で蹂躙されて跡形もなくなったフォルス大樹海の空に響き渡りました。
「――お師匠、わたくしが受けます! 補助をお願いします!」
そう叫んだのは、エレーナお姉様でした。
「あいよ!」
セイラ様が舞うように身を回します。
銀杖が笛のように鳴いて、エレーナお姉様の眼前から一直線に、徐々に規模を大きくしていく三十連の〈仮想砲身〉の陣列が描き出されます。
「永久の眠りより、目覚めてもたらせ! 〈魔咆〉!!」
お姉様の喚起と、〈亜神〉が砲撃を放ったのはほぼ同時。
ただでさえ強大な威力を誇るお姉様の〈魔咆〉は、セイラ様が生み出した〈仮想砲身〉を通過するほどに、その威力と太さを増して行って――二筋の光条が絡み合ったかと思うと、閃光を放つ光球となって弾けました。
――地殻が抉れて宙に舞い、光線が爆ぜた辺りに巨大なクレーターを生み出します。
その膨大な熱量で、地面は溶け出して灼熱していました。
『――戦艦主砲を持ってるなんてね! なら、これで!』
と、〈亜神〉が胸から〈天象軍〉を吐き出し、こちらに差し向けます。
「……かつてねぇ」
セイラ様が再び銀杖を鳴らして舞い踊りながら告げました。
「おギンちゃんの友人のバンドー武者が、弓撃ちで戦艦沈めてた――なぁんて与太話をしてたのさ」
――トン、と銀杖で地面を突けば、澄んだ金属音が周囲に広がりました。
途端、ひどく複雑な球状魔芒陣がわたし達の頭上に描き出されます。
込められた意味は強化と増速、その他もろもろの副次効果を乗せつつも、陣の大元に込められているのは――複製と転移。
「さあ、野郎ども! それに比べりゃ、相手はたかが武騎だ!
狙いはあたしが着けてやる! 撃て撃て撃てぇッ!」
セイラ様の声に従って、騎士のみなさんが次々と魔芒陣に向けて矢を放ちます。
同時に迫りくる〈天象軍〉の周囲に転移陣が無数に描き出され、音の速度を超えた矢が雨あられと飛び出して〈天象騎〉達を砕いていく。
「――ハン! なぜあたしが、統括制御体による群体制御騎構があるにも関わらず、艦載騎に〈鞍房〉を残したと思ってるんだい!」
セイラ様は遥か向こうの〈亜神〉の顔を見据えながら続けます。
「ヒトが合一した方が強いからさ! 所詮レギオンは本体守備用の防衛騎構に過ぎないのさ!
――操り手のないお人形が、玩具の軍隊を操って神サマ気取りなんて笑い草だ!」
『――黙りなさい! お前達の頼みの綱の神殺しは、妾に手も足も出なかったのよ!?』
セイラ様は鼻を鳴らしました。
「……ディランがぶっ潰したヤツもそうだったが、〈亜神〉ってのはずいぶんと思い込みが激しいようだねぇ」
『――なぁっ!?』
「造りかけの欠陥騎に勝てた程度で、そこまでイキり散らかせるんだから、ずいぶんとおめでたい頭をしていると言ってるんだ」
そして、セイラ様は銀杖を〈亜神〉へと向けます。
「――ヒトの魂の複製を得て神を気取ってる人形風情が――人類舐めるなよ……」
その瞬間、木々が消し飛んで地殻が隆起した先を、アルが跳び上がるのが見えました。
「――ロイド様、今!」
わたしの合図に、雷奏童子に化生したロイド様が強襲揚陸殻の後で両手を前に突き出しました。
『……アイツを頼む。リディア嬢ちゃん!』
強襲揚陸殻の周囲を膨大な電磁力の渦が包み込みます。
ふわりと揚陸殻が浮き上がりました。
「はいっ!」
わたしは自身を結界で覆いながら、ロイド様にうなずきを返し――
「――いいいいぃぃぃっけえええぇぇぇぇっ!!」
進路を〈念動〉で微調整。
雷奏童子に殴り飛ばされた瞬間――わたしを乗せた強襲揚陸殻は電磁力の渦に導かれて、超音速で撃ち出されました。
恐ろしい速度で超常の破壊の痕を残す大地を飛びながら、わたしの目は〈幻創咆騎〉の騎体だけを映して――
……ねえ、アル。みんなのお陰でこの瞬間を作り出せたわ……
そう心の中で呟いて、わたしは強襲揚陸殻の上に立ち上がる。
――あなたが助けてと言ってくれたから、みんなが全力で応えてくれたの。
銀杖を外殻に突き立てれば、強襲揚陸殻は先端から花開くように割れて、その中身を吐き出します。
「アル! みんなが願ったあなたの――本当の力を受け取って!!」




