第6話 44
ドラゴンの咆哮や中型魔物の攻撃さえ耐えるはずのクロの結界は、しかし木々を薙ぎ倒して地面に激突した瞬間に、衝撃の強さを物語るように砕け散り、俺とクロを抱えたスクォール騎は背中で地面を滑走して、地面に深い轍を残した。
直後、追い打ちをかけるかのように、御神体――〈天体制御樹〉から凄まじい衝撃波が駆け抜けた。
周囲の樹木が根こそぎ空へと舞い上がり、スクォール騎も同様に吹き飛ばされる。
たっぷり一キロは吹き飛ばされて地面を転がった頃には、俺達の周りは黒土を剥き出しにしていた。
そして……
『――あれは……』
スクォールが〈天象騎〉の中で呻いた。
身を起こした俺も、彼の視線を追って――
「……ふむ。そういう事か……」
天を突く暗銀色の大樹を抜け殻のように背後に置き、隻腕の巨人が空を仰いで哂っていた。
その常識を嘲笑うかのようなバカデカさは、昨晩ババアに観せられた〈巨神〉を彷彿させる。
立ち上がり、俺は雲に煙るヤツの貌を見上げた。
……吐息。
「――つまりヤツは、スクォールとウェザーに勝てそうにないと見て、カリーナからウェザーに乗り換えたんだな?」
「……あ、相棒?」
クロが乾いた声で呼びかけてきたが、俺は上空のヤツを睨んだまま拳を握る。
周囲の景色が陽炎のように揺らぎ、励起された精霊が真紅に染まって跳ね回った。
「……スクォール。悪いがここからは俺に代わらせてくれ」
『し、しかし、あんな巨人、どうやって相手取る!?
私だってウェザーは心配だ。だが……ここは一度退いて、領都に支援を求めるべきだろう?』
スクォールにとっても苦渋の決断なのは、その声色でわかった。
「ああ。貴方は退いてくれ。
樹海入り口の祭祀場まで行けば、〈竜爪〉騎士団が待機しているはずだ」
俺がこの場を離れる気がないのを察して、クロは〈天象騎〉の右手を叩いた。
「彼らに言って、射出した乗員室の子供達の救助を手伝わせると良いよ。
その後は騎士達と一緒に魔物や魔獣が樹海の外に溢れないようにしてくれると助かるかな」
スクォール騎が首を振る。
『――君らも一緒に!』
両手を差し出して俺達に促すスクォールは、やはりウェザーが認めただけあって、心根が真っ直ぐで優しい人物なのだろう。
……だからこそ、俺は彼に背を向けて声を張り上げる。
「――邪魔だって言ってんだよ!」
それまで抑えていた魔動を解き放てば、周囲の精霊光が瞬き、俺の周囲に紫電を走らせる。
「〈天象騎〉と合一するのが精一杯のおまえじゃ、足手まといになると、そう言ってるんだ!」
普段のように――ダグ先生達に教わった言葉をうまく紡げない。
辛辣な言葉が口を突くのは、それだけ俺も余裕がないのだろう。
「目的通り、人生を捧げるほどの女を蘇らせ――ウェザーを犠牲に〈亜神〉から救い出したんだろう!?
ならば、あとは全部、俺に押し付けて逃げろよ!」
ああ、ダメだ。
こんな風にスクォールを……ウェザーが認めた人物を怒鳴りつけたいわけじゃないのに――
「良いかい、スクォール。
ここからはじまるのは現代人……この星の人の埒外――神々の領域の戦いなんだ。
アイツはあんな言い方しかできないけど、キミの心配をしてるんだよ」
クロがそう俺を擁護して、再度、〈天象騎〉の右手を叩いた。
「……頼む……行ってくれ……」
これ以上、スクォールを傷つけないように、俺は押し殺した声で告げた。
『――ウェザーを……こんな私を相棒と呼んでくれた彼を……任せて良いんだな?』
俺はうなずく。
「彼は……俺の数少ない友人なんだ……」
スクォールがそうであるように……俺にとってもウェザーは特別な存在だ。
「彼は太古の昔からこの地を守り続け……人間なんて見捨ててくれても良いはずなのに、それでも人々を慈しみ、この国を支えてくれたんだ……
――そんな彼を……」
遥か上空の巨人と化した〈亜神〉を――その兜で奥の深紅の眼光を発するエリスを睨みつける。
『……そんなところに居たのねぇ?』
ヤツは俺が発する魔動に気づいたのか、こちらを見下ろして左腕を引いた。
そう、俺は怒っていたんだ。
イライザがビクトール・トランサーに襲われていた時。
アリシアがエルザに殺された時もそうだった。
視界が怒りに真っ赤に染まり、猛り狂った魔動が出口を求めて、身体の中を駆け巡っている。
その衝動のままに――
「この俺が! アルベルト・ローダインが見捨てられるワケないだろう!」
――心の底から叫んだ。
精霊光が俺の怒りを映して荒れ狂い、紫電をまとった突風が吹き抜ける。
『お、王太子!?』
「――行け、スクォール! おまえは守るべきものを守り抜け!」
『――は……ハッ!!』
右手を震えば、彼は反射的に胸に手を当ててうなずいた。
そのまま後方に数歩下がり、一気に跳躍して飛び去る。
『そして聞けっ! 亜神エリスよ!』
俺は拳を振りかぶった巨人に人差し指を突きつけて、さらに咆えた。
「――貴様ら〈神〉を殺す為の、人の……世界の願いの切っ先を見せてやる!」
まるで俺の怒りに応えるように、左手に宿った八角狼の紋章が強く輝く。
――そうだな。おまえにとっても彼は兄弟だものな……
「――解き放て! 〈幻創咆騎〉!」
俺を取り囲んだ精霊が集まり、背後に紋章が描き出された。
――ピシリとガラスが割れるような音が響いて。
「――ちょっ!? ウソだろっ!? ボクの〈小箱〉が――位相空間が内側から!?」
紋章が空間ごと砕けた。
『――――ッ!!』
現れた《それ》は巨人に向かって、人の可聴域を超えた声で咆哮し――指向性を持って駆け抜けた衝撃波に、振りかぶった〈亜神〉が体勢を崩した。
「――ああもうっ! 確かにここが使いドコロか!
でも、〈制約〉があるのを忘れるなよ!」
クロがいつもの愛玩躯体に戻って、俺にそう告げる。
鋼鉄の両手が俺を掴み上げ、開いた胸甲が噛み付くように俺を呑み込んだ。
固定具が俺の四肢を縛り上げ、仮面の内側が一瞬の暗転。
「――記せッ! 〈象創咆器〉ッ!!」
俺の詞に応じて、クロが燐光にほどけて騎体を鎧っていく。
『――デュアル・リンク・シール、正常動作。
ファントム・ハート出力制御……成功!
――補助動力炉、<戦女神の涙>点火!』
クロの言葉が響いて。
――目を開く……
『――アハハハハッ!! ここに来てロジカル・ウェポンなんて出してきても!』
頭上から大気を割って、壁のような〈亜神〉の拳が振ってくる。
『――<戦女神の涙>全開! やっちゃえ、相棒!』
「……俺のダチに……」
両脚を地に広げ、俺は左手を頭上に、右手を腰だめに構える。
そして、頭上から降り注ぐ巨拳に左手が触れた瞬間――全力を込めて右手を突き上げ、大地を蹴り割って、上方へ――〈亜神〉の拳へ捻りを加えて騎体を踊らせた。
「――手を出すんじゃねええええぇぇぇぇぇッ!!」




