第6話 43
アルお兄ちゃん達がフォルス大樹海に向かった後、スズカ様とマリエお姉ちゃんは騎士や衛士を指揮して領都防衛に向かった。
アルお兄ちゃん達の戦闘に刺激されて、魔獣や魔物が樹海から溢れ出るかもしれないからだって。
あたしとシンちゃんは危ないから、領主屋敷にお留守番って事になったんだ。
シンちゃんをモフったり、シンちゃんに頼まれて中庭で組み手したりして時間を潰してたんだけど、急に大きな音がして楼閣の上で侍女さん――お屋敷では女中さんと呼ばれてた――が、悲鳴をあげたんだ。
「――な、なに!?」
「――ご、御神木が……」
音のした方を見ると、フォルス大樹海の中で一番大きな木から、煙を引いてたくさんの――なんだろ、アレ……楕円形の種みたいなのが飛び出してる。
「ん~、ここじゃ良くわかんないな……よし」
「よしって、マチネ?」
怪訝な声を漏らすシンちゃんの腰を抱えて、あたしは両脚に魔道を通した。
「えいっ!」
玉砂利を蹴って二階の屋根に跳び上がる。
「――うわわわっ!?」
シンちゃんは驚きの余り、ぎゅっとあたしにしがみつく。
「そうそう、そうやってくっついててね」
あたしはそう言いながら、さらに跳躍して楼閣の屋根を駆け上がっていく。
「――よいしょっと!」
最上階にテラスに着いてシンちゃんを降ろすと、さっき悲鳴をあげた女中さんは――お掃除中だったのかな。箒を取り落して目を丸くしてた。
「……マ、マチネ、今のは?」
「ん? 身体強化だよ。木登りと違って楼閣は足場がしっかりしてるから、たぶん、あたしの妹でもこれくらいなら登れるよ」
「さ、さすがにそれはウソだろう?」
シンちゃんは顔を引きつらせるけど、あたしはウソなんか言ってない。
あたしとダグが〈竜牙〉の兵騎に放り投げられておつかいに飛び回るのを見て、シーニャもルシオもマネしたがったんだよね。
それでふたりはアジュアおばあちゃんに頼み込んで、いつの間にか身体強化できるようになってたんだ。
今では秘密基地の横にある大樹にだって、平気でてっぺんまで登れるくらいになってる。
「――そんなことより!」
あたしはテラスの手摺りに身体を預けて、目に魔道を集中させる。
強化された視力は、シンちゃんが御神木と呼んだ、天を突く巨木をくっきりはっきりと捉えた。
暗銀色をした巨木の中腹から撃ち出された種みたいなのは、煙を引いて空を飛び、南にある石舞台みたいなところのそばに落ちているみたい。
その間も御神木はブルリと蠢いたかと思うと、金属が裂けるようなイヤな音を立てた。
バラバラと葉や枝が落ちて――その幹がめくれ上がって、大きな……すごく大きな巨人が姿を現した。
きっとあたし達が今いる楼閣なんか、あの巨人の膝にも届かないと思う。
「ヒ、ヒイイィィィ――」
あまりに常識はずれな光景に、女中さんが白目を剥いて倒れ込む。
「と、土地神様がお怒りなんだ……」
シンちゃんも尻尾を丸めて怯えたように呟いてる。
「ん~……」
あたしは幹から這い出して立ち上がった巨人を見つめた。
右腕の肘から先を失くしてる巨人は、左手一本で不器用そうに身体を覆う樹皮を剥ぎ取り、首を左右に振った。
またバリバリと金属が擦れる音がして、わずかに残った枝が折れると、巨人の頭部が現れる。
深い庇のついた兜の中に、兵騎の仮面の下にある合一器官みたいな虹色の球体が光ってる。
その球体に真っ赤な紋様が走ったかと思うと、兜が上から閉じて仮面となった。
血みたいな紅い目が光って――
『――――――――ッ!!』
巨人は身を仰け反らせて、空に咆えた。
ただそれだけで巨人の周囲の木々が吹き飛んで、駆け抜けた衝撃があたし達がいる楼閣までビリビリと震わせた。
「お、終わりだ……里の爺ちゃん達が言ってた。
土地神様が怒ったら、もう誰も止められないんだ……」
「そんな事ないでしょ?」
耳までも丸めて半べそを掻くシンちゃんを見下ろして、あたしは腕組みで言った。
「昔、荒れ狂った土地神を、フォルティナ王とこの地の獣属は力を合わせて調伏したって、エレーナお姉ちゃんに教わったよ?」
あの巨人が――土地神様がなぜ起きたのかは、あたしにはよくわかんない。
たぶん、アルお兄ちゃんがいつもみたいにしょーもない事言って、土地神様を怒らせたのかもしれない――ってのは思いはしても、お兄ちゃんの名誉の為にも言わないでおこう。
「な、なんでマチネはそんなに落ち着いてられるんだ!? 土地神様が起きたんだぞ!?」
自棄になったように叫ぶシンちゃんに、あたしはアリシアお姉ちゃんみたく胸を張って、鼻を鳴らしてみせた。
「こんなの全然、絶望する必要がないからだよ!」
そして、うずくまるシンちゃんの顔を両手で挟み込む。
「……あのね、シンちゃん。本当の絶望ってのは、もっとどうしようもなくやってきて、抗いようもなくあたし達を押し潰そうとするんだよ。
……グランゼスであたし達を襲った魔物はそうだった……」
「マ、マチネは魔物に襲われた事があるのか?」
「うん。侵災に遭ってね。
でもね、世界は――もうダメだって思った時ほど、それでもって頑張る人に優しく微笑んでくれるんだ」
あのグランゼスのお城で……あたし達はリディアお姉ちゃんとイライザお姉ちゃんに守られてるだけだった。
あのふたりは自分達だって怖いはずなのに、あたし達を抱き締め続けて勇気づけてくれたんだ。
その願いが通じたのか、マリーお姉ちゃん達が兵騎で駆けつけてくれた。
「……結界一枚隔てて魔物の群れに囲まれたあの日に比べたら、今はぜんぜん怖がるような状況じゃないんだよ」
言いながら、あたしはポーチに手を突っ込んで、アジュアお婆ちゃんにもらった地図の魔道器を取り出す。
映し出されたフォルス樹海の奥地――巨人のすぐそばを両手で囲んで拡大させて……見つけた。
あたしは拡大図を叩いて、光盤として地図の上に表示させる。
木々が吹き飛んで露地が剥き出しになった土砂の上で――クロちゃんの結界に守られ、手足の長い不思議な兵騎を背後に、その人は巨人を見上げていた。
「ほら――かつて土地神を調伏したフォルティナ王の末裔が……アルお兄ちゃんがここにいる……」
狼の仮面から伸びる真っ赤な髪を、溢れ出て周囲を陽炎みたいに歪めるほどの魔動に揺蕩わせて……
……お兄ちゃん、怒ってる?
周囲に揺らめく精霊までもが、怒りの赤に染まってる。
なにがあったかは、本当にわからない。
でも、あのお兄ちゃんがこんなに怒るなんて、ただ事じゃないと思う。
――ううん。そんな事、今はどうでもいいよね。
あたしは光盤の中のアルお兄ちゃんを指さし、シンちゃんに断言する。
「見てなさい、シンちゃん!
アルお兄ちゃんは……この国の真の王子様はあたし達を……民を守る為なら、神様だってぶっ飛ばしてみせるんだから!」
根拠なんて、どこにもない。
――でも、でもね……あたしは知ってるよ。
……あの人はいつだって、誰かを助ける為に全力を奮ってきたんだ。
だから、この状況をどうにかできるのは――アルお兄ちゃんしかいないと思うんだ。
シンちゃんには大口を叩いたけど、あたしだって確信があるわけじゃない。
真剣な表情で光盤を見つけるシンちゃんをよそに、あたしは手を組んで心の中で呟く。
――アルお兄ちゃん、信じてるからね……




