第6話 42
「――おっと!?」
制御下に置いてたはずの〈天象騎〉が、不意に脱力し、それからボクの思惑を外れて動き出した。
ボクの演算炉に仮設していた〈天象騎〉の制御権が消失している。
「……こいつぁ……」
頭を巡らせると、スクォールが騎乗した〈天象騎〉が多重魔芒陣――〈天象軍〉の統御陣を描き出していた。
ボクが統制していた六騎だけじゃなく、この大工房で稼働可能な〈天象騎〉が次々と動き出し、〈亜神〉目掛けて飛び込んで行く。
『――スクォール! 破損は気にするな! 今ならバンバン行ける!』
ウェザーの声が響くと同時、床や壁の刻印に光が灯り、この大工房のまだ無事な設備が動き出した。
培養槽の中で素体が構築され、また別ラインでは外装が組み上げられていく。
天井のアームがせわしなく動いて、〈天象騎〉を組み上げては固定台に駐騎させると、騎体はどんどん列を成した。
隙あらばボクを狙おうとしていた〈亜神〉は、スクォールに統制された〈天象軍〉への対処で、もはやそんな余裕はないみたいだね。
前後左右だけではなく、上下からさえ攻め立てられ、〈亜神〉は防戦一方になっている。
〈電磁場〉を干渉させて、同じように〈電磁場〉に包まれた〈天象騎〉を弾き飛ばし、それを掻い潜られたら多重結界で攻撃を無効化する。
だが、圧倒的な物量の前に〈亜神〉の多重結界は着実に砕かれて行っている。
「……また心を預けられる相棒を得たんだね。ウェザー……」
スクォールの事情を知った時、ボクはそうなるんじゃないかって思ったんだ。
長い孤独に耐えてきたあの弟分は――いつの間にかすっかりスレて、斜に構えた風を装っていたけどさ……
ボクは覚えてるんだぜ?
ライオット達がアルメニア共和国の旧文明遺産研究所に踏み込んだ時、兄弟達の誰よりも目を輝かせていたキミを……
……文明に幕引きするしかなくなって、そんな事をする為に生まれたんじゃないって慟哭していたキミをさ……
「……英雄に誰よりも憧れていたキミはさ、今度こそ――誰かを……スクォールとカリーナを救うためにその身を使えるんだ」
そして……
スクォール騎の前で、白竜格闘術奥義を舞踏するアルベルトに視線を移す。
純血を維持し、赤目に至ったスクォールとはいえ、ハイソーサロイドによる統御を前提とした<天体制御樹>の艦載騎群――〈天象軍〉をあそこまで完璧に制御下におけるわけがない。
それを可能としているのが、アルベルトのあの舞いだ。
現在既知人類圏で主流となっている、〈書庫〉閲覧式の喚起魔法以前――大銀河帝国の始祖が遺した、己のすべてを音に響かせて〈世界〉に訴え、その有り様を書き換える古式に属する魔法儀式。
タイガによってこの星に持ち込まれ、主によってローダイン王統に伝えられている四種の秘法であるそれを、アイツは――アルベルトは、完全に演じ切っていた。
紫竜剣術に属する秋舞踊――月下穂群を演じられだけでも驚かされたけど……アイツ、ここに来て陽風慈雨まで舞って見せるなんてさ。
味方の魔道器官を規格や強度なんてまるっと無視して賦活強化し、帝国騎士級まで引き上げるそれによって、タイガは圧倒的に不利なはずの再生人類達を純血種達に抗わせて見せたっけ。
「……キミはできる事をしただけだって……きっとなんでもないことみたいに言うんだろうけどさ……」
他人の願いの為に持てる限りを尽くそうなんて、誰にでもできる事じゃないんだぜ? アルベルト……
アイツにとってはボクと一緒に〈亜神〉をぶっ潰した方が、絶対に楽だったはずなんだ。
例えばボクが〈天象騎〉達で〈亜神〉の気を引いている間に、月下穂群を舞ったって良い。
〈亜神〉の〈鞍房〉をボクがこじ開けられたなら、あの演舞は瞬く間に〈亜神〉エリスに憑かれたカリーナの首を刈り取っていたはずだ。
でも、アルベルトはそれを良しとしなかった。
確かにボクは、ウェザーが行動するのに期待したけどさ……スクォールがアイツの想いに応えられるかどうかはわからなかったし、なにより魔動不足ってオチも十分ありえると思ってたんだ。
「キミはやっぱり、この冷たく悲しい世界を塗り替える……本当に本当の主人公なんだろうね」
……恥ずかしいから、絶対に本人には言ってやらないけどね。
きっとまだ誰も気づいてない。
だから〈三女神〉だって、今、スクォールを〈亜神〉にぶつけてるんだろうさ。
「……それを可能としたのは、アイツだっていうのにね」
だから、せめてボクだけは――
宙を飛んで、ボクは無心で舞踊を続ける相棒の前に降り立つ。
……キミが護ろうとするすべてを掬い上げられるように、ボクがキミを守ってやるよ。相棒……
常に感覚を強化している相棒に聞こえないように、ボクは心の中だけで呟き、相棒を結晶結界で包み込む。
そうして〈亜神〉に視線を向ければ――
『な、なぜだ! 何処からこれほどの騎数を稼働させる魔動を!?』
もはや結界維持すら難しいのか、ヒビ割れた結界をそのままに〈亜神〉は〈天象軍〉の攻撃を掻い潜りながら叫んだ。
ヤツの進路にいた〈天象騎〉が、頭部を手刀で引き裂かれて大破し、轟音を立てて床に墜ちて火花を散らす。
〈亜神〉はわずかにできたその間隙に身を滑り込ませるが、すぐに別の〈天象騎〉が進路を塞いで攻撃を加えた。
そして――
『ええい! こうなれば――』
ヤツは咆えて、両手に特大の黒球――圧縮場を出現させた。
――いまだ!
「言ってやれ、ウェザー! バカめ、だ!」
『――え!? は、ハイ! バカめッ!』
素直にウェザーがボクの指示に従って叫ぶ間にも――
『――まとめて消し飛ぶが良いっ!!』
〈亜神〉は両手の黒球を胸の前で打ち合わせ、瞬間、すべてが白に染め上げられる。
瞬間――ピシリと乾いた音がした。
『――ん?』
ひどく場違いな〈亜神〉の疑問詞。
――ようやく、この時が来たようだね。
熱風が駆け抜け、閃光が晴れると、ヤツの周囲を覆っていた〈天象騎〉は消滅していた。
床は灼熱し、外壁も溶け落ちて空の青と樹海の緑が見えた。
だが――〈亜神〉の両腕もまた割れ砕けて肩から失くなっている。
「――権能を持つ雷奏童子だって騎体構築に時間制限があるんだ!
あれだけプラズマ撃ちまくってたら、そりゃそうなる!」
戦闘経験の浅い〈亜神〉を煽り、ボクは右手を振るって〈亜神〉を指さした。
ヤツの胸部装甲は、至近で膨大な熱量を受けた為に溶け落ちていて、〈鞍房〉のハッチが丸見えだ。
「……古来から乙女を捕らえた〈邪神〉は、強き心を持った英雄に討たれるんだぜ?」
それもまた、運命論に定義づけられた事象のひとつだよ。
「さあ行くんだ、主人公! 世界は今、確実にキミの味方だ!」
『――スクォールっ! カリーナを取り戻せっ!!』
ボクとウェザーの声に押されて、スクォールが駆け出す。
結界がなかったら、吹き飛ばされるような勢いだ。
『あああああぁぁぁぁ――――』
水蒸気の輪をいくつもくぐり抜け、スクォール騎が〈亜神〉と激突する。
〈亜神〉の膝から先が砕けて、もつれ合った二騎は大工房の壁に空いた大穴へと飛び込んだ。
『――クッ! 騎体が崩壊しかけている……なにが置きているの!?』
――轟音。
もうもうと舞い上がる粉塵の中で、スクォール騎の影が、壁に押し付けた〈亜神〉の胸部をこじ開ける
粉塵が晴れる。
「……んん!?」
そこに広がっていた光景に、ボクは思わず呻いた。
……ここに来て……そんな展開に持っていくのか!? 〈三女神〉っ!?
武騎である〈天象騎〉より、さらに倍以上大きな球体。
虹色に輝く液体を納めた《《それ》》は、ウェザーの躯体――〈天体制御樹〉の中枢統御器官だ。
スクォールが〈鞍房〉から這い出て、〈亜神〉の中からぐったりとしたカリーナを引っ張り出した。
彼はカリーナの顔から無貌となった仮面を引き剥がそうとしたけれど、まるで同化してしまっているかのようにうまくいかなかったようだ。
「――スクォール! 同一器に〈記憶消去〉を!」
エリスの記憶を失わせる事で、ヤツがここに存在する理由を失わせ、カリーナから引き剥がそうと言うのだろう。
「――急げ、スクォール!」
――ヤツがそこに気づく前にっ!!
と、スクォールがカリーナの仮面へと手を伸ばした瞬間――
『ああ、そういえば……』
カリーナの顔を覆う仮面に再び深紅の貌が描き出される。
「――っ!?」
驚愕に息を呑むスクォール。
カリーナは身を仰け反らせて背後を――〈亜神〉が押し付けられた、中枢統御器官を見上げる。
『――クフフ……まさかまさか妾にそれが起きるとはね……』
仮面から深紅の〈舞い唄う詞〉が溢れ出し、スクォールの肩に乗ったウェザーを縛り上げた。
「ぐぅ――!?」
「――ウェザーっ!!」
スクォールが手を伸ばすより速く、仮面はカリーナの顔から剥がれて、ウェザーを〈舞い唄う詞〉で縛り上げたまま、〈亜神〉の頭部へと飛び上がる。
スクォールが慌ててカリーナを抱きとめた。
『……世界規定設定理論の補足理論、「世界改変時における抑止力の発生」――通称「大逆転論」よ……』
――ヤツの言う事はきっと正しい。
『おまえを強引に金目に――ハイソーサロイドクラスにまで引き上げた者がいるでしょう? だから世界は均衡を保つために、妾を生かした……』
そう告げながら、エリスが宿った仮面はゆっくりとウェザーの顔へと収まり――
「ス、スクォール……僕の制御が生きてるウチに、子供達を――乗員室を離脱させて――」
その身が深紅の刻印に包み込まれ、ウェザーは仮面ごと滑るように中枢統御器官へと背を預ける。
そして、仮面は愉悦の貌を描き出し、確かにボクを見た。
『――クフフフ……弟のモノは姉のモノ。
確か古来から決まってるのよね? なら、妾もそうだと思わない?』
「クソっ! やっぱりそうなるか!!
――スクォール! 離脱を急げ!」
「――ですが、ウェザーが!」
カリーナを抱いたまま、スクォールは叫び、ボクと捕らわれたウェザーに視線を彷徨わせた。
そうしている間にも、仮面を着けたウェザーの躯体が中枢統御器官に溶け込んでいく。
『ここの設備を使えば、記録を辿って妾も受肉できるわ……
――ならば、まずは妾を消し得る連中を消しておかないと……』
「いいから、今は生き延びる事を考えろ! せっかく取り戻したカリーナまで巻き込みたいのか!?」
「――クッ……」
唇を噛んだスクォールは悔しそうに頭上のエリスを睨みつけ、それでもカリーナと共に〈鞍房〉に潜り込んでくれた。
「……よくわからんが、厄介な事になったようだな」
と、背後から舞いを止めたアルベルトが声をかけてきた。
「……ホントに! まさかここに来て、キミが世界の敵と判断されるとはね。
頭の硬い法と太陽の女神辺りの独善だと思うよ!」
「……ふむ」
大穴の向こうで、中枢統御器官が〈舞い唄う詞〉の深紅に侵され、周囲を呑み込んで行く。
スクォール騎が宙を駆けて――ボクらを両手で拾い上げ、そのまま外壁を抜けて工房の外へ――
深紅の刻印は触手のようにのた打ちながら、さらにボクらへと迫って。
「――チッ!! 間に合え!!」
多重結界を張ったけれど、まるで紙でも裂くかのようにあっけなく破られた。
――衝撃。
深紅の刻印に殴り飛ばされて、スクォール騎は宙をかっ飛んだ。
瞬く間に地面が迫って来て……ボクらは衝撃に備えた。




