第6話 41
『そんなバカな話があるかあぁ――ッ!!』
カリーナ姉さんを乗せたあの騎体――土地神殿が〈亜神〉呼んだそれが咆哮し、開いた五指から閃光を放った。
「く――ッ!?」
反射的に両腕で頭部を庇うと、土地神様は先程のように未知の防護系の魔法――〈電磁場〉と言ったか――を騎体の周囲に張り巡らせてくれた。
魔道器官から魔道を吸い上げられる、慣れない感覚。
これが兵騎――いや、武騎と合一する感覚なのか。
『――スクォール。少し下がるっスっ!』
土地神殿が告げると同時に、純白に染まっていた視界が灰色がかったものへと変わって、周囲を認識できるようになった。
「は、はい……」
騎体との合一の感覚に慣れない私は、慎重に後ろに――空の固定台の陰に身を隠す。
その間も灰色の視界の中で、〈亜神〉はいまや両手の五指すべてに黒球を宿らせ、あの恐ろしいまでの破壊力を秘めた光条――光精魔法なのだろうか?――魔法を奮っていた。
宙を舞う〈天象騎〉達は、私が合一している騎体がそうであるように、稲妻を帯びた陽炎に覆われていて、〈亜神〉の光条がぶつかると、互いに弾かれたように軌道を変える。
捻じ曲げられた光条が天井や壁を灼いて融解させ、そこかしこに武騎より大きな穴を空けていく。
『――うろちょろと鬱陶しい!!』
〈亜神〉が叫ぶ。
「へへ~ん、なら捕まえてみなよ!」
と、土地神殿がクロ姐と呼んだ少女は、羽根を打ち振るって宙に留まったまま、まるで舞うように周囲に展開した球状魔芒陣に手足を走らせていく。
「……あの魔芒陣で騎体を制御しているのですか?」
『そうだと思うっス。
――ああ、やっぱクロ姐はすげえなぁ……』
純粋な憧れを孕んだ土地神殿の声色。
私自身にも覚えがある。
――カリーナ姉さんが初めて魔法を見せてくれた時。
――ヘンルーダ師の霊脈と人体魔道の関連性を記した理論を教わった時。
――そして、イリーナ師から〈賢者の偽鍵〉を託された時もだ。
偉大な先達が、惜しみなく知恵を授けてくれるその歓びを――感謝を、私はよく知っている。
先程のあの幼女の言葉や土地神殿の態度から察するに、彼女は土地神の姉にして師――私にとってカリーナ姉さんのような存在なのだろうか。
「……ならば……だからこそ、私達はあの力を使いこなせるようにならなくては……」
私はクロ殿の周囲に結ばれた魔芒陣に目を凝らした。
クロ殿は土地神殿の正しい使い方を教えると仰っていた。
それは恐らく土地神殿だけではなく、私にも仰っていたように思えるのだ。
多重化されているのは、それぞれの騎体に指示を与える為の補陣だろう。
主軸となっている魔芒陣の起点を探し――あった。
……その刻印に込められた意味を読み解いていく。
「……無意識霊脈知性体による仮想合一……と、霊脈場形成による統御者による統括管理……」
『あーっ! なるほど! なんでオレっちにあんな権能あるのか不思議だったっスけど、この為っスか!』
私の呟きを耳にして、土地神殿がなにかに気づいたようだった。
『ホラ、カリーナ復活にも使った、無意識霊脈地整体を集めるヤツっス。
ああやって無人騎の合一器官に集めて、動かす為だったんスね……』
興奮気味に私に告げ――
『――騎乗者の魔動算出。
……合一維持を考えたなら、稼働は二騎……いや、スクォールは魔道士だから攻性魔法を喚起することも考えて、一騎にしとくっスか?』
「と、土地神殿?」
途端、私の胸の奥――魔道器官から、喚起詞が浮かんでくる。
それはクロ殿が喚起している、あの魔法を唄う為のもので――
『……良いっスか、スクォール。
クロ姐は――オレっちの上官は、ああして〈亜神〉と戦ってくれちゃいるっスが、今はまだアンタの味方ってわけじゃねえんス』
この広大な工房に破壊を振りまく〈亜神〉。
クロ殿が操る〈天象騎〉達は、光条を掻い潜っては肉薄し、拳打や蹴撃を繰り出しては離脱を繰り返している。
『このままいけば、クロ姐は〈亜神〉を倒せると思うっス。
ただ、その時にカリーナは――』
土地神殿の言いたいことがわかってしまい、私は首を横に振る。
「――そんな……!」
『それが一番効率が良いっスからね。
あの人は正義の味方なんかじゃなく、あくまで人類の――この星の守護者なんスよ。
たったひとりの犠牲で人類を守れるなら、平気でそのひとりを生贄に敵を叩き潰すっス』
それは偽りなく事実なのだろう。
クロ殿の操る〈天象騎〉達は、執拗に〈亜神〉の胸部――その奥の〈鞍房〉を狙い、潰そうとしているように見える。
『……でも、非情になり切れない優しい人っスから、オレっち達にチャンスをくれたんス』
「――ああ、そうだろうな……」
と、いつの間にやって来たのか、先程〈亜神〉に破壊された奇抜な外装の兵騎の騎乗者が、私の左肩の上に乗っていた。
騎体同様、顔すべてを覆う狼の仮面を着けた奇抜な出で立ちだ。
腰まで伸びた赤毛が、戦闘による業風に煽られて炎のように揺れている。
「……君は?」
「――アルと呼んでくれ。
話は聞いていた。貴方は〈亜神〉に捕らわれた、カリーナ殿を助け出したいのだろう?」
問われて、私は即座にうなずいた。
「ならば、俺も力を貸そう」
と、彼はまるで戦友にでもするかのように、突き出した拳で騎体頭部に触れて、無造作に私の足元に飛び降りる。
拳を突き込む三点接地で着地したアルは、流れるように立ち上がり、両足を揃えて手指を揃えた右手を頭上へと回し、肘を曲げて顔の前へ。
左手もまた手指を揃え、腹の前で掌を床へ向けた。
「ふっ――」
吐息。
今も向こうで埒外の――もはや神々のそれとさえ言えるような激戦が繰り広げられる中、すっとアルの周囲だけがまるで切り離されたかのような……ひどく清らかな静寂に包まれたように錯覚してしまう。
「――彼の地にて微睡む永久の乙女の夢のまにまに、今、我が願いを乗せてこの音を奉る……」
よく通る声が、魔動を乗せた詞で唄う。
クルリと彼の左右の手が弧を描いて、上下の位置が入れ替わる。
「フッ――」
鋭い呼気。
それで一拍を置き、アルは左脚を上げ――降ろした。
鼓動のような震動がアルを中心に広がる。
「アァ――――」
意味や詞を排除した、原初の唄。
私はこれに似たものを、ヘンルーダ師と旅していた頃に見たことがある。
辺境の土着民族が行っていた祭祀だ。
『……白竜格闘術――いや、コレ、その元になった四季舞踊は春の舞いっスよね?
……育成と安寧を祈願するそれは――』
再びクルリとアルの両手が弧を描き、胸の前で打ち鳴らされた。
その音が……周囲の轟音さえ圧倒し、続く詞を高らかに響かせる。
「――陽風慈雨」
瞬間、アルの魔動が膨れ上がる。
それは私を騎体ごと包み込み――ああ、なんだこれは……
泣き出したいほどの安心感と、はち切れんほどの高揚感が胸の奥から溢れ出てくる。
『――やっべ! アル、やっべ! これがマジもんの春舞踊!』
土地神殿もこの感覚を体感しているのか、うわずった声で叫ぶ。
『白竜が奥義――無手故に自身を、そして他者をも武器として鼓舞賦活――強化闘士とする対軍強化の古式魔法!
スクォール! ケチくさい事言うのはヤメたっス!』
と、先程私に記された魔法が書き換えられていく。
『――さあ、唄うっスよ、スクォール! 今のアンタなら使いこなせるはずっス!』
私は――目を凝らす。
〈亜神〉の中で、それでも必死に抗っている小さな輝き。
それを奪い返す為に手を伸ばす。
『アンタのひたむきな願いを叶える為!
僕は君に統御権を預けよう!
叫べ、相棒! この僕の統御者として、僕を示す真の銘を!」
胸の奥から湧き上がるその銘は、喚起詞となって土地神殿――ウェザーと私を繋ぐためのもので――彼が主から与えられた本当の銘だ。
「――目覚めてもたらせ、〈折れない願い〉……」
――どくん、と。
胸の奥が強く脈打ち――
ああ、そうか……
彼が私に同情的なのが、なぜなのかわかった。
彼の――ウェザーの本質は、誰かを……他者を想う願いで。
だから、カリーナ姉さんの為に生きてきた私に、深く共感してくれたのだろう。
かつて魔道器官の封印が施されていた位置に、新たな刻印が刻まれたのがわかった。
――大樹を背負った稲妻。
きっとそれはウェザーの統御権。
こんな……世界の敵とすらなりえる私の為に力を貸してくれるウェザーとアルに、心からの感謝を込めて……
『――そして唄え! 姐さんが教えてくれた、僕の正しい使い方!
それを喚起する僕らの歌を!』
「――ああっ!」
強く応じて――
「――集え! 〈天象軍〉!!」
『――集え! 〈天象軍〉!!』
私とウェザーの声が重なる。
私の周囲にクロ殿同様の――いや、彼女よりさらに集積した多重魔芒陣が描き出された。
工房中の〈天象騎〉が、固定台から立ち上がるのがわかる。
『さあ、カリーナを救い出すんだ!』
ウェザーの鼓舞にうなずきで応え、私は周囲の魔芒陣へと四肢を伸ばす。
「……今助けるよ。姉さん!」




