第6話 38
「……サイコパス教室の〈特待生〉……」
「――それは?」
顔をしかめたオレっちに、スクォールが不思議そうに訊ねてきたっス。
「オレっちもクロ姐――上官から聞かされただけなんで、あんまし詳しくはねえんスけど……」
まだ躯体を与えられる前、船団で幽属もどきだった頃、オレっち達、兄弟はクロ姐から様々な事を教わっていたっス。
その中でドクター・サイコパスとその教え子達については、主の明確な敵として教わっているっスよ。
「――ドクター・サイコパスってのは、災厄人類指定三号……つってもわからないっスよね……
アンタら風に言うなら、神々の中から生まれ出た神々の敵ってトコっス」
「……邪神という事ですか?」
この星に現在広まっている〈三女神〉の各宗派が伝える、聖典、経典には明確に名を記された邪神ってのは存在しないっス。
けれど、前文明の教訓を伝える為に悪しき神という形で、詳細がぼかされて描写されている人物や事象は存在するっスし、なんならアースやエアも現在の経典の中では、人類を驕りに導き、世界を崩壊に導いた悪しき巨人とされてるっス。
「ま、そういう認識で良いっスよ」
ヤツの所業としてクロ姐がオレっち達に話してくれた、とある星間国家の星系ひとつをまるごと巨大構造体で包み込み、それを王竜に牽かせて次元跳躍させた――という実験例を挙げたところで、スクォールには理解できないはずっス。
主やクロ姐は、竜属の次元跳躍が『単純移動』なのか『空間置換』なのかを確認しようとしたんじゃないかって推測してたっスけど、正直、オレっち達にもその違いがわかったところでなんなのか理解できなかったっス。
「んで、カリーナが言う〈特待生〉――スカラー・シックス・シンズってのは、その邪神サイコパスの六人の直弟子……眷属みたいなモンなんスよ」
ドクター・サイコパスの弟子自体は、自称も含めると既知人類圏で数百人はいるって話っスけど、その中でも直接対面して知識を与えられた連中の事を〈特待生〉って呼ぶらしいっス。
そして、それぞれ本人の特質に沿った研究テーマと、〈学位〉と呼ばれる二つ名を与えられてるんだとか。
主とクロ姐は、サイコパス達と直接の面識はないみたいっスけど、主と仲良しだったという銀の賢者ギンナ・シロガネ・マツド女博が、〈暴食〉の学位を持つ〈特待生〉と大戦期の遺産を巡って争った事があるってクロ姐が言ってたっス。
「……なるほどっス。
確かに〈特待生〉級の狂魔道科学者なら、カオスを見つけ出して回収できるかもしれないっスね……」
「――はい。巫女は七賢者の研究成果を蒐集するのを好んでいるので、たいそう喜んだそうですよ。
そして……入手したなら、使ってみたくなるものです」
〈鞍房〉の中で鞍に腰掛けたまま、カリーナが応じたっス。
「――〈神の卵〉を載せたんすね?」
「……当初はそれを試したそうですが……あの躯体を動かすのには、魔法喚起が――すなわち魂とそれが発する意思が必要でしょう?」
……その通りっす。
それこそが主がオレっち達を〈天体制御樹〉という躯体に容れた理由でもあるっス。
主の研究テーマは物理界面を主題としたものがメインで、情報界面が絡むと、途端に面倒くさがりになるっス。
なもので〈天体制御樹〉を拵えた時も、専用の空想人格を生み出すのを早々に諦めて、オレっち達の躯体にするように言ったんスよ。
邪神教団教団の騎体に搭載されている〈神の卵〉は、ごく一部の例外を除けば大銀河帝国の騎構の応用っス。
そこに納められた<神託>は、基本的に応答を返しはするもののそこに魂――意思はなく、ただ騎乗者を補助を目的として稼働する魔道器っスから、その躯体を駆動させるのに、制御体そのものが魔法を喚起する必要のあるカオスを動かせなかったんスね。
「……これは私がこの状況となった為に、客観的に推測できるようになったのですが……」
そう前置きして、カリーナは続けたっス。
「主機は恐らく、巫女自身の魂の複製が〈神の卵〉に封じられ、神格と成す事で生み出されています」
「――本当に目的の為なら、手段を選ばないんスね……」
物理界面の躯体を持たないオレっち達ならともかく、ヒト由来の種属は自らの肉体を失う事に、生理的な嫌悪と恐怖を覚えるはずっス。
「……〈強欲〉の意志力によっては、複製体は発狂も考えられると思うんスけど……」
「主機は恐らく巫女であった時の記憶は消去ないし、隠蔽されているのだと思います。
今の主機は巫女に呼ばれるままに巨神カオスに宿った、女神エリスであると自身を定義付け――」
その瞬間だったっス。
まるで暴風のような魔動を感じ、オレっちはそちらを見たっス。
レントンが〈聖騎士〉で空けた天井の穴――そこから今まさにこちらに飛び込もうと、宙に喚起した結界を足場にして天地逆さまに身を屈めるモヒカン兵騎が見えたっス。
アルの部下が騎乗していた騎体。
「――いや、あの魔動はアル自身っスか!?」
あの眩しいくらいに純白の魔動は間違いないっス。
と、そのモヒカン頭を踏み台にして。
「先手必勝っ! やああああぁぁぁぁ――――っ!!」
腰から飛行ユニットを生やしたクロ姐が、短刀を交差させた両手に構えて飛び込だしたっス。
一直線に宙を駆けるクロ姐が目指すのは、胸部装甲を開け放って剥き出しになった〈鞍房〉の中のカリーナっス!
「――姐さん、待って!」
慌てて声をかけてもクロ姐は止まらない。
「――カリーナ姉さん!!」
スクォールが〈鞍房〉の前に両手を広げ、目前に結界を張って立ちはだかる。
「ローカル・マッドサイエンティストまで居るのなら、諸共だっ!!」
錐揉みしながらスクォールへと迫るクロ姐。
「おおおおぉぉぉぉ――――っ!!」
さらに天井の穴からモヒカン兵騎のアルが飛び込んできて、床を蹴り立てながら雄叫びをあげてこちらに突っ込んでくる。
「待つっス――――ッ!!」
オレっちが大声で叫んだのと同時に――
「……え? ズルいって……誰? 誰なの?」
ひどく戸惑ったようなカリーナの声が〈鞍房〉から響いた。
そして――
「……それは遍くを静寂へと誘う――いや! やめてっ!?」
カリーナが喚起詞を唄い――けど、なにかに抗うように途中で悲鳴をあげた。
「――ハァッ!!」
クロ姐はスクォールに突っ込んだかと思うと、スクォールの結界を短刀で斬り裂いて身を回し、そのまま回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐうぅ――――ッ!?」
スクォールの身体が、ものすごい勢いで〈聖騎士〉の首元に叩きつけられたっス。
「――スクォール!? あ……」
〈鞍房〉の中――カリーナがスクォールの名前を呼んだ直後、彼女の目は迫りくるアル騎を捉えたようだった。
「やだ……私だけじゃなく……わたくしもスクォールも殺そうと言うの!?」
助けを求めるようなカリーナの叫び。
「ん? 女? レントンじゃない!?」
と、クロ姐がようやく疑問を持ってくれたのか、〈聖騎士〉を前に空中で止まってくれたっス。
「――なんだって?」
クロ姐の声が届いたのか、アルもまた火花を散らして床を滑って制動をかけた。
けれど――
『――今ならまだ間に合う。その身体、妾に寄越しなさいな』
〈鞍房〉の中から、知らない女の声がした。
「――カリーナ!?」
彼女の名を呼びながら、オレっちは中を覗き込んだッス。
……彼女が着けた仮面に、真紅の貌が浮かんでいた。
『さあ、救いを求めるのなら唄いなさい!
……妾を願うその唄を――』
その鋭角的なラインで描かれた口が、嘲笑めいた声色でそう告げて。
「……それは……遍くを静寂へと誘う……慈愛の腕……」
カリーナが再び唄い始める。
――かと思うと。
「――ダメ。ウェザー様、スクォール、わたくしを止めて!」
抗うように頭を振りたくり、両手で仮面を引き剥がそうとしたっス。
『邪魔をするな!』
と、仮面に描き出された口から、深紅の刻印が宙図され――
「きゃあああああ――っ!?」
カリーナが刻印によって後ろ手に縛り上げられたっス。
「……それは汎ゆるを鎮めて守る……慈悲の抱擁……」
直後、ひどく落ち着いた韻律でカリーナは唄い――
「――ウェザー! なにが起きてる!? 説明っ!」
羽根を羽ばたかせてやってきたクロ姐が、オレっちの角を掴み上げて訊ねたっス。
「お、オレっちにも、なにがなんだかさっぱり――」
「あーもうっ! キミの記憶を観る! 接続鍵を寄越せ!」
不測の自体に明らかにイラついてるクロ姐は、オレっちを振りたくりながら、そう言ったっス。
「は、はいっス!」
魔道を通して言われた通りに、接続鍵を送る。
瞬間――
「――いまここに降臨し、その威光を顕し給え……」
カリーナの唄が結ばれたみたいっス。
「目覚めてもたらせ……〈強欲の女神〉」
〈鞍房〉から膨大な深紅の刻印の奔流が溢れ出たっス――




