第6話 37
「――オレっちはアンタにふたつの道を示す事ができるっス。
どちらを選んでも悪いようにはしないから、よく考えて選んで欲しいっス」
――というウェザー様の言葉に、わたくしは顔を上げる。
彼のお方は目の前に片膝突いた姿勢で耳を傾けるレントンに向けて、丸い右手を挙げて――
「ひとつ目はこのままここに留まって、スクォール達と暮らす。
この場合、アンタの行動はしばらくオレっちの上官に縛られる事になると思うっスけど、オレっちが上手いこと間を取り持つと約束するっス」
続いてウェザー様は左手を挙げたわ。
「ふたつ目は――オレっちとしては、スクォールやカリーナの望みやアンタの立場的も考慮して、こちらを勧めたいんスけど、アンタにとっては辛い選択になると思うっす。
――樹海の外まで送ってやるっスから、スクォールが言ってた話をカイルに伝え、共にリグルドに対抗するって道なんスけど……」
レントンは眉根を寄せて呻いたわ。
「――オレに御館様を裏切れというのですか!?」
彼の反応を予想していたのか、ウェザー様はため息と共に頭を振って応える。
「アンタにとって、誰が大事なのかって話っスよ。
――スクォールの話を思い出すっス。
ヤツはカイルの子供の身体を狙ってるんスよ?」
「だが、イリーナという女性は先生が逃したのでしょう?」
ウェザー様に反論するレントンの表情は、苦悩に歪んでいたわ。
「ヤツは魔道器官の置換という術を知ってしまってるっス。
イリーナでなくとも、それに匹敵する魔道器官が見つかれば、アイリスのそれと置換するんじゃないっスか?
そして生まれた子を自らの身体にする……
そもそもヤツは魔動の強さよりむしろ、血の純化を重要視してるようにオレっちには思えるんスよ」
「……ああ。私もそう思う」
と、スクォールが目元を袖で拭いながら、レントン達の方に歩み寄る。
わたくしも彼の後に続いた。
「――レオン翁は自身の出自……天帝と機属の混血である事に、強い拘りを持っていた。
だからこそ、それを失敗作と断じた天帝とアグルス帝国を恨んでいるのだと……私には感じられたよ」
そう告げるスクォールに、レントンは顔をあげて――
「で、ですが……魔道器官の置換、ですか? それができるのは先生だけなのでしょう?」
「だが、君はこうして私の行方を求めて、この地を訪れているじゃないか。
騎士団を動かしている以上、私の行方はリグルドにも知られてしまっているんじゃないか?
ヤツに魔道器官の置換の記憶が残っているかどうかはわからなかったが、君や騎士達の派遣された事で、私は確信したよ。
――ヤツにはその記憶が残っているとね……」
断言するスクォールに、レントンは再び呻いた。
「……御館様は……孤児だったオレを導いてくれて、騎士まで引き上げてくれた恩人で……」
「酷な事を言うようっスけど、そのリグルドはもう居ないんすよ。
今、アンタが優先すべきはカイルとアイリスなんじゃないっスか?」
きっぱりと告げるウェザー様に、レントンは押し黙り、考え込むようにうつむいたわ。
「まあ、部屋を用意するんで、少し休んでよく考えるっスよ」
と、ウェザー様はレントンにそう仰って、スクォールとわたくしの方に顔を向けた。
「ふたりもそれで良いっスね?」
「――はい」
スクォールがそう応じて、わたくしも同様にうなずく。
「じゃあ、レントンは部屋に送るっス。
悪いっスけど下手に彷徨かれると困るんで、部屋のドアはロックしておくっスけど、用があったら声をかけてもらえればすぐ応えるんで、安心して欲しいっス」
「……わかりました」
レントンがうなずくと、ウェザー様は〈転送器〉を喚起した。
部屋を用意すると言っていたから、居住区に送ったのだと思うわ。
「さて、ふたりにも部屋を用意するっスけど?」
「あ、その前に……」
と、わたくしは破損した〈聖騎士〉を指差す。
「レントンを帰還させる為にも、あの騎体を修復させてください」
「……ふむ?」
わたくしの言葉に、ウェザー様はアゴに手を当てて考え込む素振りを見せたわ。
「レントンを送り出すのは、クロ姐達に頼むつもりだったっスけど……王城に帰ってからの事を考えたら、確かに武騎はあった方が良いっスね……
――でも……」
ウェザー様はわたくしに右手を向ける。
「<神託>って言ったっスか? アレを修復するのはナシっス!」
わたくしはうなずいたわ。
「すでに私はわたくしと混ざり合ってここにあり、私の意思ではもはや分かつ事はできません。
仮にそれができたとしても――わたくしから私が欠ける事はわたくしの死であり、私もまたわたくしが欠けたなら現在の――私という自我を保てないのではないかと思われます」
それは今の……私を自覚した、わたくしにとって死に等しい事だわ。
あのすべてが失われていく感覚は、二度と体験したくない。
わたくしに起きている状態が、私の予想通り巫女の〈転生〉に準じるものなら、いずれ私はわたくしと溶け合って、カリーナという一個の人格となっていくはず。
それはわたくしと私の続きだから受け入れられるけれど――
眠るように感じたわたくしの死と違い、私の死は自分という存在が消え去っていくのをはっきりと認識できたわ。
あの恐怖を思い出してしまったからか、わたくしは身体が震えているのを自覚して首を振る。
それから心配そうにわたくしの顔を覗き込んでいたふたりに、頬に手を当てて微笑を向けたわ。
「……大丈夫。ちょっと死にかけた時の事を思い出しちゃっただけ……
それよりウェザー様。騎体の修復をお願いします」
「わかったっス。んじゃあ、ちょっと運ぶっスよ」
と、ウェザー様が両手を挙げると、天井で駆動音がして搬送アームが二本降下してきて、〈聖騎士〉の肩を固定。
そのままアームは騎体を吊し上げて、最寄りの固定台へと搬送したわ。
わたくし達は固定台に設けられた階段を上り、開け放たれた〈鞍房〉の前までやってきた。
ウェザー様は床を蹴って胸部装甲に飛び上がり、そこから騎体の肩までさらに移動。
「――この両腕、どうしたんスか? 断面が炭化しちまってるっスよ?」
「それが……未知の騎体と戦闘になりまして。
外観形状は〈魔獣甲冑〉と類似していたのですが、アレはたぶん別種かと。
……騎体をプラズマ化していましたから」
思い起こせば、あのモヒカンの兵騎もあの場にいたと思う。
最初の衝突では、あの兵騎はそれほど脅威に感じられなかったのだけど……
再び死に瀕したあの一撃を思い出しそうになって、私は首を振りたくる。
「……騎体をプラズマ化。
あ~、ロイド坊や、ついに雷奏童子を使いこなせるようになったんスねぇ」
「ウェザー様はあの騎体をご存知なんですか!?
破損時の記録から分析した結果、あの時、私の――〈聖騎士〉の両腕に計四ヶ所、極小重力場が発生してましたよ!?
ひょっとしたらこの星では、重力干渉素子を発生させる技術――あるいは魔法を生み出しているのですか?」
兵器体系としては、〈魔獣甲冑〉は大昔――〈大航海〉時代に主力だった兵装で、〈大戦〉期の時点でさえ旧式扱いになっていたものよ。
当然、騎体をプラズマ化させる事はおろか、極小とはいえ重力場を生み出すような能力なんて搭載されてないわ。
「お~、〈雷崩牙〉まで使ってたっスか。
あの極小重力場は重力干渉素子によるものじゃなく、もっと力技――マイクロ単位の極小座標に大量の電磁波を叩き込み、電離・収斂させて発生させてるそうっスよ。
結果、そこにプラズマ化した騎体ごと《《墜ちて》》、回避不能な電磁崩壊攻撃を加えてるらしいんス」
「そんな事――演算炉がない今の私では計算し切れませんけど、その電磁波の収斂段階でさえ緻密な制御が必要ですよね?」
……具体的には戦略占星術士級の事象把握能力が必要になるはずだわ。
だって、動く標的に対して、的確に電磁波を照射し続けなければいけないんだもの……
「ま、あの騎体はそういう権能を持ってるとだけ言っておくっス。
詳しくは世界の真実に触れちまって、オレっちが語るには許可が必要なんで、勘弁して欲しいんス」
それからウェザー様は〈聖騎士〉の肩部装甲を渡って頭部へ。
砕かれた仮面の間から、光を失った合一器官が覗いている。
本来は虹色の球体をしているのだけれど、外殻を砕かれて内側に納められていたエフエスリキッドが流れ出てしまっていて、今はヒビ割れた水槽のようにも見えるわ。
「――あちゃー、仮面どころか合一器官が潰れちゃってるっスね。
〈天象騎〉のが流用できると良いっスけど……接続規格はわかるっすか?」
「はい、人類会議同盟軍のジェネラリティ・コネクタです」
「アンタらもGCPユニットを使ってるってのは意外っすね」
言いながら、ウェザー様は両腕を頭上で振り回したわ。
それに連動するように、天井からアームが降りてきて、〈聖騎士〉の兜を外し、続いたアームが壊れた合一器官を頭部から引き抜く。
「――意外、というのは?」
スクォールの問いに、ウェザー様は天井のアームを操りながら――
「ええと……この騎体を使ってる連中の組織には、頭のネジがぶっ飛んじまった魔道士も所属してるんスよ。
――そうっスねぇ……知識と技術だけなら、イリーナよりやべーヤツがゴロゴロしてると思って言いっス」
「イリーナって、ベルノール宗家の?
スクォール、あの子と知り合いになってたの?」
わたくしにとって再従姉妹に当たるイリーナとは直接の面識はなかったけれど、ラグドール領都で暮らしていた幼い時に、お父さんから話だけは聞かされていた。
ベルノール宗家に生まれた双子姉妹の妹が、恐ろしく強い魔動を持っているのだと。
わずか五歳で戦術攻性魔法――〈魔咆〉を喚起したとか、七歳で最上位結界魔法の〈停滞場〉を喚起したとか……とにかく魔道の大家ベルノール宗家の体現のような子だと、お父さんは熱っぽく語っていたわ。
「ああ。姉さんを蘇らせるのに必要な知識を惜しみなく与えてくれた――師匠だ……
……詳しい事はあとで話すよ」
と、スクォールは少し寂しげに薄く笑って、ウェザー様に視線を戻す。
「――つまり、それだけの知識や技術を持つ魔道士がいるなら、独自の騎体になっていても不思議ではないと――そういう事ですね?」
「そっス。まあ修理の手間を考えたら、合一器官みたいな主要部位に汎用品を使うってのは合理的ではあるんスけどね。
実際、オレっちの眷属騎である〈天象騎〉もそうっスし」
そんな話をしている間にも、合一器官の換装は終わっていた。
「……問題は腕っスよね。
部位培養で造ろうにも、組成がわかんねえっスから……」
先程の話ではないけれど、兵騎や武騎の素体こそ、騎乗者に合わせて微調整されている為、同型騎であってもその組成が微妙に異なっていたりするのよ。
「それならご安心ください」
言いながら、わたくしは〈聖騎士〉の〈鞍房〉に身を滑り込ませる。
合一するわけじゃないから固定具に手足は通さず、鞍に腰掛けて合一器の仮面で顔を覆った。
「私が主機の〈書庫〉から持ってきます」
元々、そうするつもりだった。
「――ちょっ!? カリーナ!? 持ってくるって!?」
「この騎体もまた、主機の眷属騎なんですよ。
だから、合一器官さえなんとかなれば、霊脈経由で専用チャネルに接続できます」
応える間にも、わたくしは〈聖騎士〉を喚起。
この星の衛星の向こうに停泊している母船の中にいる主機へと〈通神〉チャネルを接続する。
「――さっきも主機がどうこう言ってたっスね。
そして〈聖騎士〉が眷属騎って……つまり統合騎がいるって事っスか?」
「ええ。ウェザー様も、きっとご存知のはず……」
視界を情報界面に置いて主機を目指しながら、わたくしはウェザー様に応える。
主機に残されていた開発計画草案には、ウェザー様の名前もしっかりと載っていた。
「――今でこそ、この騎体は巫女によって〈聖騎士〉と改銘されましたが、元々は〈原象騎〉という銘なのです」
「――それって!?」
驚きに声をうわずらせるウェザー様に、私はうなずきを返した。
「あなた方、〈天体制御樹〉の試作機――竜星晶実証試験用試作星砕き、特型巨神カオスこそ、私の主機に与えられた躯体です」
「……なんで――アレは超重力のガス惑星に向けて射出したはずなのに――」
「巫女がどうやって主機を入手したのかは、私も生み出される前なので答えられませんが……」
恐らく巫女の肩書を告げれば、ウェザー様なら納得してくれるのではないかしら?
「巫女を示す肩書はいくつかあり……その中で最も有名なのが、マッドサイエンティストとしてのものなのです。
ドクター・サイコパス教室の〈特待生〉がひとり――〈強欲〉こそが、彼女に与えられた〈学位〉です」




