第6話 35
「――御館様が……先代様だっただと……?」
スクォールが語った出来事は、魔道知識に疎いオレには理解できない言葉も多かったが、それでもなんとかそれだけは理解できた。
「……そうだ。そして私はリグルドが昏睡している間に、アイリスお嬢様を救う為――あの狂人が目覚めてなお、その狂気を失っていなかった場合に備えて……密かに行動することにした」
冒険者を介して王宮にコートワイル領にある、魔道研究所の事を密告したのだという。
「――だ、だが……あなたはアイリス様を襲ったのだと――そうだ、ご本人からそう聞かされています!」
オレの言葉に、スクォールが浮かべた表情はなんとも言えないものだった。
――後悔? それとも諦観?
今にも泣き出しそうにも見えるスクォールの表情に、オレは言葉に詰まってしまう。
「……私の推測なのだが――王都屋敷で君らが退室した後、アイリスお嬢様はひとり引き返したんじゃないか?」
「あ、ああ。あなたが王都に残る事になったから、孤児院で魔法を教えられる新たな魔道士を手配して欲しいと伝えるのを忘れていたと仰られて……」
そこまで言って、オレもアイリス様になにがあったのかを察した。
「……それでか……彼女が豹変した理由はそれでだったのか……」
スクォールが語った言葉が真実ならば――引き返したアイリス様は、知ってしまったのだろう。
御館様の――実の父は、狂気に侵された祖父に呑み込まれていて、信頼していたスクォールはいずれ自分に他人の魔道器官を移そうとしているのだ、と。
そして……恐らくなによりもアイリス様にとってショックだったであろう事は――
「……カイルと姉弟だという事も、知ってしまっていたんだな……」
力なく乾いた笑いを漏らすスクォール。
「ああ、道理であの子は、私を遠ざけようとしたわけだ。
あの憎しみに燃えた目は……私をリグルドの仇だと……そう思っての事だったんだな」
当時、オレやカイルは騎士学校の寄宿舎に入っていた為に、御館様が昏睡状態にあった事は知らなかったのだが……スクォールの説明によれば――昏睡から目覚めた御館様は、先代様だった記憶は確かに曖昧になっていたものの、その根底にあった狂気は――依然失われていなかったのだという……
「むしろ、リグルド自身がその狂気を望んでいるようにさえ見えて……ああ、アイリスお嬢様にしてみれば、私が彼をそうさせたように思えただろうな……」
仕草や口調は御館様そのままに、けれど、その性質は確かに先代様にとって代わられていたのだ……と、スクォールは苦渋に顔を染めあげて告げた。
そんなスクォールに、オレはうなずきを返す。
「……はい。アイリス様は当時、あなたに襲われたと仰っていましたが……」
「彼女をリグルドから守る為に、一緒に身を隠そうとしたんだ。
あの時は彼女の態度が理解できなかったが、あの会話を聞いていたなら、拒まれたのも理解できる。
……彼女にしてみたら、いよいよ魔道器官の移植が行われると思ったんだろうな……」
……スクォールは語る。
事情を知るサントスさんは王都屋敷にはおらず、使用人は悲鳴をあげたアイリス様の言葉を信じた為、スクォールは逃げ出す他なかったのだと。
「……孤児院のみんなを連れ出したのは?」
「私の密告が王宮に届き、研究所の摘発が決まったんだ。
王都を追われ、コートワイル領に立ち入る事すら難しくなっていた私にとって、イリーナを解放する最後の機会だった。
研究所に忍び込んだ私は、弟子達に頼んで奴隷商人を装ってアグルス帝国入りしてもらい……大学時代に知り合った共通の知人――ミスマイル公国のノーツ男爵に〈伝文鳥〉を飛ばして、彼女の受け入れを願った……
――そして……」
深い深い……長年の後悔を吐き出すようなため息。
「あの研究所の……ドニール導師の弟子達が、あの子達を実験体にしていた事を知った」
「――アイリス様は、あなたがやらせていたと仰ってましたよ!?」
「私がやらせていたのなら、君達にだって同様の事をしていたんじゃないか?」
オレは首を横に振りたくる。
「それはアリー師匠やアイリス様が常に目を光らせていたからで……」
「あのアリーの目を掻い潜って、孤児院の子供達を実験台にするなんて、私にできると思うかい?
言ってはなんだが、彼女は冒険者の中でも特別も特別だ。
いずれは勇者となるだろう。いかに私でも彼女の前であの子達に悪さはできないよ」
……確かに師匠は異常だった。
カイルと共に遺跡に連れて行かれた時は、実演と称して魔獣の群れをたった一人で殲滅してみせたほどだ。
スクォールも導師級の魔道士ではあるものの、純粋な戦闘では師匠には抗いようがない――と思う。
「あとで会わせてあげるから、訊いてみると良い。
……あの子達が実験体にされたのは、私とアリーが孤児院を離れた後――君らが騎士学校に入学した後だよ」
「――ちなみにドニールの弟子達が施した呪法刻印は、オレっちが解除しといたっス」
スクォールの肩の上で、鹿型のぬいぐるみにしか見えない土地神が告げる。
「……呪法刻印?」
「ああ。忌々しい事に奴らは私の研究――魔道器官や魔道に刻印を施す理論を元に、人の身体そのものを呪具とする術を生み出していたんだ。
発芽したなら我を失い――ただ殺戮を繰り広げる怪物となるように、ね……」
スクォールは大樹海に隠れ住みながら、それを解除する為に研究を続けていたのだという。
「……では、今朝、騎士達が襲われたのは……」
オレの言葉に、スクォールは再び重い溜息を吐いた。
「あの子達にしてみたら、襲ってきたのは騎士達だよ……」
部下達は……孤児院のみんなを襲っていたというのか……
「……なあ、レントン。
君は誰の命令でこの地を訪れたんだ? リグルドか?」
「い、いえ……アイリス様が――」
途端、スクォールは不思議そうに首を傾げた。
「……アイリスお嬢様が? いや、そもそもどうやってこの地に私が居ると知ったんだ?」
「――神託があったのだと……聖女となられたアイリス様に、神が叡智を授けたのだと仰ってました」
「……神? ああ、見えて来たっスね」
スクォールの肩の上で、土地神が短い手を振って<聖騎士>を指し示す。
「あの騎体の外装に施された闇月紋章、よく見たら懐かしの邪神教団のモノっスよね?」
「――教団? オーティスは神託の名前でしょう?」
「なるほど、知らされないままに騎体を与えられたんスね。
――スクォール! あの騎体の合一器官を破壊するっス!」
突然の土地神の過激な発言に、スクォールも驚きを隠せないようだ。
「と、土地神殿!? 急になにをっ!?」
「ああ、もうっ! 防衛機能が動く前に! いいっス! オレっちが――」
と、土地神が両手を挙げたその時だった。
「――それは困るわね」
不意にスクォールの背後で虹色の魔芒陣が宙図され、同時に現れた女性が静かにそう告げて、土地神の頭を掴み上げた。
「――カリーナ!?」
「――カリーナ姉さん!?」
ふたりが同時にその女性の名前らしきものを叫ぶ。
カリーナと呼ばれた彼女は、微笑みを浮かべてふたりを見つめ。
「久しぶりね、スクォール。ウェザー様も……」
まばたき。
その瞳が金色へと染まり。
「――そして初めまして。我が主機の後継……」




