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悪逆非道な暴虐王子が追放されて、心優しい王子が即位した結果 ~これなら俺のがマシじゃねぇ?~  作者: 前森コウセイ
第6話 英雄の資質

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第6話 31

 その日から、私はイリーナの魔道器官を調べるという名目で、彼女の部屋に籠もる事になった。


 彼女はまず私の至らない知恵を埋めるため、私の記憶の中にある西方諸島のあの遺跡を読み取り、未知のまま放置せざるを得なかった箇所をわかりやすく教えてくれた。


 ああ、そうだ。


 イリーナはヘンルーダ師に次ぐ、私の師と言っても良いだろう。


 だが彼女は、私にそう呼ばれるのを頑なに拒み――


『感謝なんて必要ないよ。これは利害が一致した故の取引――ううん……むしろ選択肢のないあなたを引き込んでいる時点で……』


 ――と、悲しげな笑みを浮かべるのだ。


 その言葉の意味を――私は彼女がその願いを口にするまで気づけずにいた。


『――ただし、わたしの知恵を得たのなら、あなたはこの世界を護る存在から敵と思われるかもしれないよ……』


 イリーナと出会ったあの日、彼女はそう告げていた。


 その真剣な目に、私自身の覚悟を問われているのだと――


「――それでも私は……この身を捧げてでも、あの人を……カリーナ姉さんを取り戻したい」


 そう応えれば、イリーナは困ったような……それでも何処か嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 そして――


『……先生。これがヒトの――想いの力よ……

 たとえ先生の思惑から外れるとしても……わたしはその助けとなりたい……』


 彼女が呟いた言葉が、私にとって印象的だった。


 結局、最後まで教えてもらえなかったが、彼女には先生と呼ぶ師がいて、当時の私からしたら魔道の深淵としか思えない叡智も、その人物から教わったのだけは想像できた。


 私の前任のドニール導師がそうなのかとも考えたのだが……


『――確かに彼は優れた魔道士ではあったけど、所詮はヒトの枠の中での話だよ』


 と、そう応えるばかりで、ついぞ詳しくは語ってくれなかった。


 ……口ぶりから、彼女の師は埒外の存在なのだと推測はできたのだが――





 彼女と出会い、二年が経つ頃――レオン翁は完全に寝たきりとなった。


 五十歳をわずかに越えたばかりだというのに、だ。


 人属(ソーサロイド)機属(アーティロイド)の混血種だという彼は、イリーナが言うには人属より寿命が短いようだった。


 機属(アーティロイド)と言えば長命種の代名詞のような存在だったから、その混血種が人属より短い寿命しか持ち得ないというのを意外に思ったのを覚えている。


『――機属(アーティロイド)そのものなら、構成素材を置換できるんだろうけど、あの老人は人属(ソーサロイド)とのミックス……騎種(シンセサイザー)のできそこないだからね。

 この世界じゃ、延命にも限界があるんだよ』


 と、イリーナはレオン翁が置かれている状況を端的に私に説明した。


 あの頃、研究所の魔道士の多くが、あの老人の延命に駆り出されていた。


 あの老人の寝室には聖泉が設けられ、一日中、治癒液に浸かったまま、時折意識を取り戻しては魔道士達に延命の進捗を聞いているらしい。


 私自身も時折呼びつけられ、あの狂った目で訊ねられるのだ。


 ――魔道器官の移植はできるようになったのか? と……


 実際のところ、イリーナの導きによって、私はその術をすでに修めていた。


 霊脈に魔道を伸ばし、そちら側の視点で魂を置き換える――それは私がカリーナ姉さんを取り戻す為に必要な技術だった。


『――そして、それはあの老人の望みを叶える術ともなる……』


 私が彼の老人の魂の置換に躊躇しているのを知っているイリーナは、私が霊脈の果て――彼女が情報界面(スフィア・レイヤー)と呼んでいる領域に、視点だけとはいえ至れた際にそう告げていた。


『……あなたはそれを避け――あの老人が衰えて亡くなるのを待っているのでしょうけど……世界は――特にこの星はそんな風に優しくできてはいないのよ……』


 そうして彼女は、まるで未来を見透かすように……いや事実、彼女にはそれが視えていたのかもしれないが――レオン翁がこのまま亡くなった場合に起こり得る事態を教えてくれた。


 アグルス帝国への怨讐を果たせないままの特異体――レオン翁は、恐らくはその種属的、そして天帝の血脈に連なる魔道的な異才によって、周囲の霊脈をその狂える想念によって侵すだろう、と。


 それによって引き起こされるのは、ローダイン王国がこれまで経験した事のないほどの大侵災。


 その隙をアグルス帝国が見逃す訳がなく、程なくして彼らはグランゼス領へと侵攻を開始するだろう、とイリーナは語った。


 ローダイン王国は大侵災調伏と対アグルス戦の二正面作戦に追われる事になり、世論はアグルス帝国への恨みに染まっていくはずだ、と告げたのだ。


 なし崩し的に――ローダイン王国は国民世論によって、レオン翁が望むアグルス帝国との全面戦争に突入していく事になるのだ、と。


『……あの老人が持つ狂気は、もはやそこまで来ているの。

 まるで……いいえ、恐らくは天帝から辿って、()()()の<駒>となるよう、目を付けられていたのね……』


 ――後半の呟きに関しては、その段階では私には理解できないものだったが……


 イリーナの予言めいた言葉は、決して妄想などではなく、このままでは本当に起こり得る未来なのだということは、私にもわかった。


 霊脈の側――世界を外から観測し、私が未だに至れない領域から未来を見通しているのだろう、と。


 ……だが。


「それならばどうしたら良い?

 殺すことで大侵災を引き起こすような存在を……人の身に過ぎない私達はどうしたら……」


 私だけじゃない。リグルドとフローラもまた、あの老人が衰え、息絶える日を希望に生きてきたというのに……


『――今はまだ……駒が揃っていないの。そしてわたし達がここで出会ったのは……きっとその人が自ら盤上に上がる為の時間稼ぎなのよ……』


「……あの狂人を滅ぼす者が現れる、と?」


 苦悩し、涙さえ零れ落ちそうな絶望の中で――彼女はいつもの困ったような微笑みを私に向けてうなずいた。


『……この冷たく悲しい理不尽な世界で――それでも人がその魂の輝きを失わない限り……いつかきっとは現実となって、その理不尽をねじ伏せるわ』


 まるで儀式魔法の喚起詞を唄うかのように、イリーナは私にそう告げた。


 それもまた、未来を見通す彼女の――予言のように思えた。


 同時に……愚かな私は、それこそが彼女が出会った時に言っていた『願い』なのだと、思い込んでいたんだ。


『リグルドとフローラに相談なさいな。

 わたしの言葉と共に……あのふたりなら、きっと伝わるはずよ』


 私はイリーナの勧めに従い、この件をリグルド達に相談し――そして、激しい後悔に苛まれる事になる……





「――君は彼がそういう選択をするとわかっていて、私に話させたんだなっ!?」


 聖泉もどきのあるいつもの研究室を訪れると、私は宙を漂うイリーナに怒鳴りつけた。


 彼女は悲しげにうなずき、私の目の前へと降りてくる。


『……そう。やっぱりあの人は、それを選んでくれたのね……』


「君が背負った痛みに比べれば、大した事じゃないとまで言ってのけたさ!」


 叫ぶ私に、イリーナは深々と頭を下げた。


『ごめんなさい。でも、他に手はないの……』


「わかってる! 私も……リグルドもわかっているからこそ――クソッ!!」


 イリーナはただ、現状持ち得る手札であの狂える老人に抗おうとしているだけだ。


 彼女の状況を考えたなら、私が彼女の知恵を借りて完成させた聖泉で、自らの身体を癒やし、ここから逃げ出そうとしても不思議ではなかったんだ。


 だが、彼女は一言もそれを口にはしなかった。


 ただただ真摯に私に魔道の叡智を授け、あの狂人をどうにかしようとしてくれた。


 ああ、そうさ! だから彼女に怒鳴るのは、八つ当たりなのはわかってる。


 でも、そうせずには居られなかった。


 ――ならば、僕の身体を使ってくれ……


 あの心優しい親友は――事もなさげにそう笑った。


「私は……罪人を使えばいいと、勝手にそんな事を考えていたんだ!」


 リグルド達に求めていたのは、その後どうするかで……


『そうしたらあの老人は、いよいよ歯止めが利かなくなるでしょうね。

 ――気に入る身体を手に入れるまで、魂の置換を繰り返すはずよ……』


「ああ! リグルドもそう言ってたよ! なら最初から自分の身体を使うべきだ、とな!」


 親子だけあってレオン翁に酷似した魔道器官を持つリグルドならば、魂の座としてさぞかし馴染むだろうさ。


 それを以て、父の狂える魂を自身の肉体という檻に封じ込めようと……リグルドはなんでもない事のように語ったのだ。


 レオン翁と違い、リグルドは魔道知識にそれほど明るくないはずなのに、私が語るイリーナの話を真剣に聞き、そして自分なりに理解した上でそう選択したのだ。


『……脳の洗浄をしなければ、リグルドの人格と記憶は残るわ。

 いずれ魂が持つレオンが主体となっていくでしょうけど……それもまた時間を稼ぐ手段となる……』


 冷静に語るイリーナが……いつもなら頼もしく思える声色が、あの時はひどく冷たく感じられたものだった。


「……具体的にはどのくらいだ?」


『治験数が少なくて断言はできないけど……最低でも三年から五年は、リグルドが主体のまま――そこから先は彼の意識が途切れた時だけ、徐々にアイツが表出できる時間が増えていくと思う』


「その事をリグルドに伝えるべきだと思うか?」


 正直なところ、私は伝えるべきではないと思った。


 自らの意識が徐々に塗り潰されていく恐怖を――親友に味合わせるべきではないと……


『いいえ。伝えなさい。彼とフローラなら時間が限られていると知れば、その間にあの老人が目覚めてから活動しにくいように、下準備をしてくれるはずよ。

 それは彼らでなければできない事でしょう?』


 いかに導師と呼ばれて領に招かれたとはいえ、私はあくまで平民に過ぎず、リグルド達が生きる貴族社会では無力な存在だ。


『……彼らは彼らの力で、戦ってくれるはずよ……

 ――他に手があったなら、どんなに良いか……ごめんなさい。愚痴だったわ』


 そう。彼女ほどの叡智をもってしても、世界が定めたこの理不尽な行き詰まりから抜け出す方法は限られているのだと……私は思い知らされた。


 私は心を凍らせて、レオン翁の魂をリグルドへ封じる法をイリーナから学び――一週間後……それを実行した。


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