第6話 29
……深い溜息と共に吐き出すように、スクォールは続けたっス。
「――あの時……私はある指示を与えられた」
まるで告解のように……目を伏せて、静かにそう告げる。
「イリーナ・ベルノール……カイルの母の魔道器官をアイリスお嬢様へ移植するというものだ……」
それはかつて、主もまた再生人類を救う為の模索のひとつとして大罪人相手に研究した手段だと、クロ姐から教えられてるっス。
オレっちにとってはそれ以上に……アルメニア共和国の魔道科学者達による魔属への対抗手段――強化猟兵を生み出す手段として、よく知った手法っス。
……彼らは主が模索したのとは逆――ただ純血種に対抗できる兵を生み出す為に、魔道器官の置換を研究していたっスけどね。
捕らえた魔属の肉体に、アルメニア人の魔道器官を埋め込む。
そうして彼らは、一代限りとはいえ純血種に匹敵する魔動を持った兵を生み出していたっスよ。
……その研究内容は、オレっちとアースの決戦の地となったアルメニア共和国首都と共に消滅し、その断片すら現代には残っていないはずっス。
だからこそ主は今の世になってから、試行錯誤の末、イチから研究・実験したんだと思うっスよ。
――第二文明の……すべてが狂っていた為に至った魔道科学者達の発想と同じ手段を、主もまた再生人類のための模索のひとつとして実験していたと――そう、クロ姐に聞かされた時ほど、感情描写を調整できるホロボディで良かったと思ったことはなかったっスね。
……だってそうじゃないっスか。
あの万能と思われていた主を――劣等思想と上位種排斥思想に凝り固まっていたアルメニア人が、一時とはいえ上を行く発想をしていたんスから。
フォルティナがオレっちに見せてくれたように……純血種も再生人類も区別なく、やっぱり人類はすげえって思い知らされた気分だったっスよ。
クロ姐にお仕置きされるのがイヤで平静装ってたっスけど、内心で大爆笑だったっス。
――そして……スクォールもまた、そういう特別な発想を持つ魔道士だったっス。
まあ、だからこそ主は彼をマッドサイエンティストだと思ったんスけどね。
「――カイルの母!? ベルノールだと? アイツは先王太子妃の……あのアルベルトの双子の弟だろう?」
「……そう、今のリグルドは主張しているらしいが……彼は先王太子妃レリーナの双子の妹の子だよ。
双子なのは、そのふたりの母親だったというわけだ」
レントンは縋るような目で、オレっちに目を向けてきたっス。
「……事実っスよ。彼女の存在は貴族名鑑などからも抹消されてるはずっスけど、ミハイルやレリーナと同世代の貴族なら……当時、ベルノールと親交のあった家なら、あの子の事を覚えてる人もいると思うっス」
「――それでは!」
「……最後まで話を聞きなさい。そして真実を――カイルとアイリスお嬢様に伝えて欲しいんだ……」
激昂の兆しを見せるレントンに、スクォールは諭すように静かに告げたっス。
それでもレントンは、悲しいほどに狼狽を見せたっス。
そりゃそうっスよね。今の彼には――親友にして、仕えるべきと定めた王の正当性が失われたように感じられてるはずっスから……
「――そ、そうだ! 父親は? カイルは選定の宝珠にその正統性を認められているのです!
きっと父親が先王太子――」
と、早口にまくしたてるレントンを遮るように、スクォールは静かな……けれど、きぱりとした口調で断言したっス。
「――父親はリグルドだよ」
「――なんだって!?」
衝撃を受けたように、よろよろとその場にへたり込むレントン。
「選定の宝珠というものがどういうものかは知らないが、血統の正統性を明らかにするものなのだとしたら、なるほどカイルにも反応するだろう。
なにせイリーナのベルノール家も、リグルドのコートワイル家も王族から派生し、その後、何度もその血を受け入れている旧家だ」
「で、では……カイルに王の資格がないわけでは……アイツが行ったのは、正義のない簒奪ではなかったという事なんですね?」
オレっちは返答に詰まったっスよ。
――再生人類はローダイン王とは認めない。
それは主がこの国を興してから、ずっと続けられてきたしきたりっス。
確かにコートワイルは血統の上では王族だったっスけど、リグルドの父――レオンはアグルス帝国出身の再生人類血統で……だから、リグルドはそのしきたりの枠から外れてるっス。
けれど、それは主に教育を受けた王族にしか通用しない理屈っス。
この世界の外を知らなければ、理解すらできない道理に基づいたものなんス。
「……良いかい、レントン。
今、問題なのは血統ではなく――カイルがリグルドの言いなりとなって、王となってしまった事なんだ……」
オレっちが言葉に窮している間にも、スクォールは続ける。
「なぜそこで御館様――リグルド様が出てくるのです!?」
「彼が……その内に潜んでいる存在が、アグルス帝国への――天帝への復讐だけに囚われた亡者だからだよ」
「……内に潜んだ? 天帝への……復讐?」
スクォールは深い……長年胸の内に積もらせた想いを吐き出すような、深い溜息を吐いたっス。
「私がリグルドに誘われてコートワイル領の……あの魔道研究所の研究員になったのは、昔話したね?
そこである日、私はイリーナと――カイルの母親と出会った」
そうして語られる……イリーナの壮絶な日々。
呪具によって身体の自由を奪われ、優れた次代の母体となる為に繰り返された、リグルドとの行為。
「……すべてはあの狂える老人――レオン翁の指示だった」
「……先代様が?」
「ああ。君があの孤児院に引き取られた頃には、もう亡くなった事になっていたから、アレがどれだけ苛烈で……道理の外を行く御人か知らないだろう」
顔を歪めてスクォールは、さらに続けたっス。
リグルドとイリーナの子を、王太子夫妻の子――アルと取り替え子とし、自らの血を王族に加えようと画策していた事――
スクォールは気づいていないようっスけど、レオンはこの段階で王族の血統主義に――それを頑なに維持しようと暗躍する主の存在に気づいてたのかもしれないっスね。
王太子の子を取り替え子とする事で、主を引きずり出そうとしていたのかもしれないっス。
「……カイルを産み落としたイリーナだったが、しかしレオン翁の目論見はこの段階で破綻する。
なにせ髪色がはっきりと異なっていたんだからね」
スクォールの記憶の中のカイルって子は、リグルドのそれを映したような金髪っス。
一方、アルは――ライオット兄貴を思い出させる……鮮烈な赤っスからね。
取り替えなんて、できようもなかったはずっス。
「思惑通りに行かなくなったレオン翁は、時期を同じくして生まれていた、リグルドと正妻フローラの娘――アイリスお嬢様に目をつけた」
レントンの表情が凍りつく。
「人並みの魔道器官しか持ち得なかったお嬢様に、イリーナの優れたそれを植え付け――その能力をもって生まれたばかりの王子と番わせようと考えたんだ……」
「狂ってる……そんなこと――人の身で赦される事じゃない!」
「ああ。あの時あの場に居た者は、誰しもあの老人の狂気に引きずられて、正気じゃいられなかったんだ……」
異を唱えたなら、自分が実験される側になるのがわかっている中で、誰が逆らえるというっスか。
それを口にして言い訳とせず、あえて自分もまた狂っていたのだと認めてしまうスクォールに、オレっちは……悲しさで堪らなくなっちまうっスよ。
けれど、オレっちの感傷をよそに、スクォールはまっすぐな目でレントンを見つめたっス。
「そんな……狂気が支配するあの研究所で――私はそれでも正しさを失わない――そう、人の勇気と希望を……確かに見たんだ……」
それこそが彼自身を正気に留まらせた――救いだったのだと、彼の目が静かに告げていたっス。




