第6話 28
身体強化を喚起できる者なら一足飛びの間を空けて、スクォールとレントンは対峙したっス。
――こんな再会……<三女神>の導きだとしたら、あの方々はどれほどに人間を試すのが好きなのかと言わずにはいられないっスよ。
カリーナの魂を彼女の記憶で満たす為、オレっちはスクォールが<青の偽鍵>から見出した、<記憶収集>の魔法を喚起したっス。
彼女が生まれ、暮らし、そして亡くなったこの地の――ラグドール領の霊脈はオレっちの本体を中心に形造られているから、魔道儀式の場としては最適だったっス。
霊脈に残ったカリーナの記憶の残滓を統合し、組み上げるのも、オレっちにとって慣れたものだったっスね。
フォルティナにぶん殴られて目覚めてからずっと――ひとりぼっちのオレっちはそうやって、外界の記憶を眺めることで、クロ姐が言う『寂しさ』を誤魔化してきたんスからね。
そしてオレっちは自分の記憶の中のカリーナと、スクォールの記憶もまた吸い上げて……その過程の中で、彼の記憶もまた観てしまったんスよ。
なるほど、主がローカル・マッドサイエンティストと呼ぶにふさわしい――いくつもの外道を行ってきていたっス。
でも――でも……っスね。
今のオレっちは――彼の外道の裏にあった感情を観ちまったオレっちは、彼がそうじゃないとはっきりと言えるっスよ。
……彼はいつも謝っていたっス。
……彼はいつも失うことを恐れて……怯えていたっス。
――大切なものを持てば奪われる。
それを恐れて……大切なものなどないのだと――外道を演じて哄笑することで周囲を欺き、隠した心で誰にも知られる事なく涙してきたっス。
その気持ちは――他でもない、オレっちにはよく理解できるっス。
……かつてオレっち――僕達もまた、そうして人類の敵を演じた事があるっスからね。
あの時、狂わされたアースとエアは、人類最後の希望と呼ばれてたっス。
そして、人類を滅ぼそうとする僕らは<災厄樹>なんて呼ばれ――その統制者となったライオット兄貴達は、世界規模で指名手配されたっス……
それでも僕らがあの七日間を戦い抜けたのは、なにも知らない人類がアースとエアを使って、この星に再び<巨神大戦>を引き起こしてしまう未来が予想できたからっス。
前文明の遺産である僕らを入手したアルメニア共和国では、再生人類こそこの世界の人類であるという思想が広まり、強靭な肉体と魔動を持つ純血種は魔属と呼ばれて迫害され、数も大きく減らしてたんス。
それでもアルメニア共和国の人々は、そのわずかな純血種の存在に恐怖し、殲滅を願ってしまった。
そして、その目的を叶える為に使われたのが……アースとエアのふたりっス。
――仮に目的を果たせたとして、次はアースとエアを使っての内戦になるだろうさ……
というのが当時の主の見解だと、クロ姐が言ってたっスよ。
――落とし物のナイフを拾って玩具にしてる子供みたいなモンさ。それがどれほど危険なものかを理解できていない。
だから、主はライオット兄貴達を支援して僕らを奪取させ――第二文明を終わらせる事にしたんスよね……
自分達がいかに過ぎた力で遊んでいたのか――その恐怖を人類に見せつける為に……
――すまない……
ライオット兄貴もウィル兄も……おチビのミウやおタマさんも……<通心>で繋がっている間、ずっと心の底で泣いてたっス。
自分たちを迫害してたアルメニアを――再生人類を……世界を滅ぼすしかなくなった事に……魂が慟哭していたのを……僕だけは忘れちゃいけないと思うんス。
そして……だからこそ――オレっちは、スクォールの味方でありたいと思っちまったんスよ。
彼は……ずっとずっと――
「……先生、あなたは……」
レントンが重い口を開いたっス。
けれど、どう切り出して良いのかわからないというように、彼は首を左右に振ったっス。
「恐らく君が訊きたいのは、なぜアイリスお嬢様を裏切ったのか……そして、孤児院の子供達がどうなったのか――そんなところだろう?」
スクォールの言葉に、レントンはがうなずく。
「……今の君に信じてもらえるかはわからないが……私はアイリスお嬢様を裏切ってはいないつもりだ。
むしろ彼女の為に、彼女の元を去ったと言っても良い……」
「なんだと……?」
「……いつか……目的を果たせたなら、君やカイルの元を訪れて話そうと――そう決めていた……」
彼の記憶を観たから、オレっちは知ってるっス。
スクォールはフォルス大樹海の深部――あの集落付近まで迷い込んでしまった冒険者から外の状況を聞いて、ある程度は世情を把握してたっス。
カイルが――かつての教え子にして、友人と呼んだ男の子供が、王位に就いたのだと。
――その裏に蠢く歪んだ思惑がある事も、スクォールには推測できてたみたいっスね。
「それが……それこそが――私にできる、この国への……いや世界に対しての贖罪となると思っていたんだ」
「……なにを……言っている?」
スクォールの本心を知らないレントンは、信じられないというように首を振ったっス。
そんなレントンの動揺を解きほぐそうとでもするかのように、スクォールは彼に不器用な微笑みを向けて――
「……先に言っておこう。孤児達は無事だよ。
あの時、連れ去られた子も――奴隷とされてアグルス帝国に売られた子も、弟子達が可能な限り救い出したそうだ……
今はそれぞれの地で、弟子達が親代わりとなって暮らしている」
決して真実を悟られないように、スクォールは心を凍らせてレントンに説明する。
確かにそういう子供達もいるっスけど、それがすべてじゃないっス。
スクォールの記憶の中で、アグルス帝国に連れ去られた子の……一部の不幸だった子らの末路は<伝文鳥>で報されてるっス。
粗雑な環境と悪辣な扱い――恐怖した子供は、あの研究所で魔道士達に埋め込まれた種を急激に芽吹かせ――異形の怪物として、その場で討伐されてるっス。
それをレントンに正直に説明したところで、彼が混乱と激昂するのがわかっているから、スクォールはあえて隠したんスね。
少なくとも大半は――この地に流れ着いた子供達は、今は無事なのだから。
「――そして、私が連れて逃れた子達は、全員、ここに連れて来ている」
「ホントっスよ。治療が必要な子は治してる最中で、無事な子は部屋で休んでるトコっス」
オレっちはスクォールの言葉を肯定して、彼の肩の上で跳びはねて見せたっス。
その時になって、レントンはようやくオレっちに気づいたように、目を見開いたっスよ。
「……先生、ソレは?」
「――君もアリーに聞かされた事があるだろう? この地を守る旧き神――土地神だよ」
アリーってのは、レントンにとって武の師となる人物の事っスね?
常に全身甲冑をまとった少女なのをスクォールの記憶で観たっスけど、あの甲冑、どう見ても大銀河帝国軍衛士の制式機動鎧なんスよね。
あれを使いこなせてる冒険者なら、きっとかなりの能力を持ってると思うんスよ。
あれは最小の兵騎みたいなモノっスからね。
機械的、魔道的に膂力を引き出すあの魔道甲冑を四六時中身につけて活動できてる彼女は、恐らく現代のこの国では屈指の存在になってると思うっス。
スクォールの言葉に、レントンはうなずく。
「……確かにカイルと共に聞かされた覚えがあります。
先王陛下が若かりし頃にフォルス大樹海に挑み、その最奥にて拝する事ができたとか……」
アグルス達の奇行は、冒険者にとっては羨望をもって語られる武勇譚となっているみたいっスね。
「その最奥ってのがここっス。
ここはオレっちの――土地神の御神体の中なんスよ。
――そして……」
そうオレっちは説明し、スクォールの頭を叩いて見せたっス。
「オレっちの名――この地の霊脈を任された土地神<天象騎>の名に誓って、スクォールは正しく事実を語っていると宣言しておくっス」
言ってない事があるのは事実っスけどね……それはスクォールがレントンを慮ってのことだから、オレっちはあえて触れずにおくっス。
「望むなら、この後あの子達に会わせる事もできるっスよ。
――ただ……」
横目でスクォールを見ると、彼はオレっちにうなずきを返す。
「その前に、私がアイリスお嬢様の元を離れた理由を……あの子達を連れて身を隠さざるを得なかったワケを、君に伝えておきたい」




