第6話 27
「――うぁっ……!?」
あまりの眩しさに、わたくしは両手で顔を覆う。
……この胸の奥の……鼓動?
全身を巡る魔道は、あの子に魔法を教えていた頃のように正しく巡っていて――
――この魔道があれば、この国で上級に分類される魔法を騎乗者に教えるのも、あれほど苦労しなかっただろう。
そこまで考えて――
「――ッ!?」
わたくしは息を飲んだ。
――わたくしはカリーナ・ベルトランゼ……
――私は<神託>端末器――PDC-O/640……
わたくしは唐突に思い出される異界の――|遥か天上におわす、神々の世界の知識《決して長くはない、その一生》に恐怖を覚える。
ゆっくりと目を開く。
――再生治療室。
眩しく感じていたのは、天井に設けられた照明だったようだ。
人類会議同盟軍規格に則った造りの再生治療室の中、わたくしは直立した空の再生槽の内部に納められていた。
……わたくしは樹海から溢れた竜を倒して――それから……
急性魔膨症になって絶命したのだと記憶が告げる。
まだ幼い再従姉妹のイリーナが生まれつき魔膨症だったから、その苦しむ様は知っている。
だというのに、わたくし自身がそれによって死を迎えた場面は思い出せない。
自身の死について思い出そうとすると蘇ってくるのは、無慈悲なカウントダウンと使命を――騎乗者をこれ以上守れないという無念と……
「……モヒカンの兵騎……?」
信じられない速さで目の前に昇って来たそれは、音を超える速度でこちらを殴りつけ――私は死を覚悟した……
――ふたつの死。
――そして、二重の記憶……
私はこの状態を知っている。
「……<転生>だというのか? でも、わたくしもまた死んでいたはず……」
わたくしは目の前にあるコンソールを捉える。
再生槽から床に降りて、それを操作する。
この部屋で起きた記録を呼び出せば、目の前にホロウィンドウが開いた。
映し出された鹿型の愛玩躯体と壮年の男性が、再生槽に納められたわたくしの前で話し込んでいる。
あの愛玩躯体は、わたくしがかつてアルサス、ゴルバス両殿下やあの人――ベルンと共に大樹海の最奥にある御神体に踏み込んだ時に出会った、土地神様の化身――ウェザー様に他ならない。
となれば、ここは御神体――フォルス大樹海の最奥にある<天体制御樹>の中なのかしら?
と、映像の中で土地神様が、対面に立つ壮年の男性の名前を呼ぶ。
――スクォール、と……
「ああ……っ!!」
わたくしは思わず叫んだ。
知らず涙が溢れ出て、頬を濡らしていく。
映像の中のわたくしは、記憶にあるままの若々しい容姿だというのに、スクォールは壮年となっていて――正直、土地神様が名前を言わなければ、すぐには気づけなかったでしょうね。
でも……確かに――わたくしが知っているスクォールの面影が、その男性には確かに残っている。
彼があれほどに歳を経ているということは、世の中もまたそれだけの歳月が過ぎていると言うこと。
それだけの年月をかけて、彼がこの地を訪れた理由が……今、この身がここにある理由と共に推測できてしまった。
そして、それが正しい事を示すように、ホロウィンドウの中のスクォールはウェザー様に語る。
――わたくしを蘇らせたいのだ、と……
人生の大半をその為に捧げてきたのだと、スクォールは語ったわ。
……バカな子。|わたくしなんかの為に人生を捧げるなんて《この星でここまでの魔道理論を構築できるとは》……
わたくし達が抱いた正反対の想い。
けれど、私が抱いた想いは、わたくしが心の底に沈めた想いを率直に、素直に表わしていたように思う。
そうしてふたりは互いの魔道科学理論を擦り寄せ合わせ――
「……図らずも巫女の<転生>を再現した、というわけか……」
わたくしの魂の再稼働の為、ウェザー様は霊脈知性体――幽属に目覚める前の無意識体を利用しようとした。
その直前、死を自覚して自我に目覚めた私は必死にそれを回避しようと逃げ道を求め――この身体へと流れ着いたわけだ。
その為に巫女が求めていた、<青の鍵>の残滓が使われたというのは、巫女や騎乗者レントンにとって皮肉というか……<三女神>のいたずらというべきだろうか。
カリーナ・ベルトランゼの記憶と魂を持ちながら、<神託>の端末器の記憶と意思をも持っている異能体――それが今のわたくしだ。
巫女が公開している論文通りなら、やがて自我の境界は希薄となって、自然と統合されるという事だが……
「――それよりスクォールだわ!」
ホロウィンドウの記録映像が教えてくれた。
あの子は今、騎乗者レントンを襲撃者と思い、対応に向かっている。
「――スクォールを守らなくちゃ……」
二重の思考は、それぞれに想う対象が違っているのに――なそうとしている事が共通していて、わたくしは思わず苦笑する。
わたくしがこの状態にあるのもまた、運命を司る<三女神>の思惑なのかしら?
――互いにそんな想いを交わし合って、わたくしは再びコンソールを操作し、転送器を喚起する。
暗銀色の巨大樹を目前に、俺は一度停止して頭上を見上げた。
「――おい、クロ。御神体はウェザーの身体……一種の遺跡なんだろう? 入り口とかないのか?」
「バカだなぁ。ウェザーの身体だからこそ、アイツか主――あとは主に統御権を与えられた統制者にしか動かせないんだよ」
俺の問いに、クロは嘲笑しながら騎体の頭を叩く。
「ババアが作ったものなら、おまえはたいていは動かせるんじゃなかったのか?」
「――理屈の上ではね。
ただ、ウェザー達、<天体制御樹>は別系統の開発思想というか……」
クロは腕組みして首を捻った。
「う~ん、キミにとってのアリシアみたいなものっていうのが、わかりやすいかな?
――ボクがキミで、アリシアがウェザーだ。
キミが王権を持つように、ボクは主から主の開発物に対する特権を与えられているけど……」
と、そこまで言って、クロは肩の上から目の前の暗銀色の大樹を指差した。
「キミ、力づくでアリシアに言うこと聞かせられるかい?」
「……恐ろしい事訊くなよ……」
やってできないことは――今のこの身体なら、ないと思う。
だが、その際に発生する周囲の被害やら、その後に待ち受けるアリシアへのご機嫌取りを思えば、やりたいとすら思えない。
「――だろ?
<天体制御樹>もまた、ボク同様に主の側近となるべく生み出され、その過程で<天体制御樹>という躯体を手に入れた、いわばボクの従兄弟姉妹みたいな存在でね。
時間をかければ、無理やり服従させられるけど、そんな面倒な事はしたくないってワケ」
そうしてクロは頭上を指差す。
「そんなわけで、横着せずに身体を動かそうぜ?
その為に腕も直してあげたんだし!」
クロが言う通り、潰れていた騎体の右腕は素体だけとはいえ、治癒魔法で復元されている。
「……やっぱ、それしかねえのか」
「兵騎での登攀は、<竜牙>の山岳訓練でさんざんやったろう?
あれに比べればチョロイチョロイ!」
「まあ、そうなんだが……その後に<聖騎士>やスクォールとの戦闘があるかもしれないと思うとなぁ……」
正直な気持ち、逃げ出せるものなら逃げ出してしまいたいところだ。
「……そうも言ってられないトコロが辛いところだな……」
自分でもわかってるんだ。
こうしている間にも、レントンは<聖騎士>を修復しているかもしれない。
そして、スクォールは行方知れずのままだ。
さしあたって、居所のわかってるレントンの身柄を早急に押さえてしまわなければいけないわけで、今、それができるのは俺しかいないんだ。
「――クソ! この騒動が終わったら、俺はしばらく休暇を取るぞ!」
イゴウに任せてきたバートニー芋畑を、思う様構い倒してやるんだ!
「あはは! できると良いねぇ!」
クロのバカにするような笑い声を聞きながら、俺は膝を折って騎体を低く沈み込ませる。
「こうなりゃ全力だ!」
俺は地面を蹴って飛び上がり、大樹の幹に足を着けると、さらに足を踏み込んで飛び上がった。
――上へ。
ひたすらに上を目指して、駆け上がっていく。




